第4話 この先生き残るためには

 また来ます! と言って、マリアは帰った。


 彼女がいなくなってから、すぐに木製の人形が、猫が出入りするような小さな扉から現れる。


「ジャック様、大丈夫ですか!?」


「ん、大丈夫。ルナの方こそ大丈夫? 叫んでいたみたいだけど」


「あ、はい。大丈夫です。ちょっとビックリしましたが」


「ちょっとどころには見えなかったけど……。まぁ、無事そうなら良かった。ごめんね。【浄化】が闇魔法にも効くことを忘れていた」


「いえ、私の方こそ失念していました。それより、マリア様とどのような話をされていたんですか? 嬉しそうに見えますけど」


 そりゃあ、ゲームで好きだったキャラと会えたのだから、テンションは上がる。しかし、そのことを説明するのも面倒なので、誤魔化した方が良いだろう。


「まぁ、マリアさん可愛いかったし」


「ふーーーーーん。ジャック様はああいう方がお好きなのですね」


「あれ? 何か怒ってる?」


「べつに怒ってませんけど」


 その割には、語気に怒りみたいなものが滲んでいる気がする。いや、そこを指摘するのは無粋か。とりあえず、そっとしておこう。


 俺は地図を確認する。人形から突き刺さるような視線を感じるが、気づかないふり。今はそれよりも優先すべきことがある。


 マリアのスキルでも【厄臭】を無効化できないのだとしたら、風魔法でどうにかするしかない。


 多分、風魔法も俺のスキルを弱体化させるだけで、本質的な解決にはならないとは思うが。


 それでも、現状を変えるためには風魔法が必要だ。


 この世界には、スキルとは異なる概念の魔法が存在し、魔法は精霊と契約することで使えるようになる。


 精霊は、この世界のいろんな場所にいて、彼らと交渉することで契約が成立する。また、精霊ごとに格があって、格が高い精霊と契約すると、より強力な魔法が使えるようになる。ただ、その分、格が高い精霊は危険な場所にいることが多かった。


 そして、俺は今、上級の風精霊『クイーン・シルフィード』と契約を結びたいと思っている。彼女と契約を結べば、強力な風魔法が使えるようになるからだ。


 それにゲームでも、皮肉な話だが、ジャックを攻略するために彼女と契約を結んだから、彼女と契約を結ぶための道のりみたいなところはわかっている。


 彼女はウェスト・ハシーンの西側にある『風の峡谷』にいて、ここは、海から吹き込む風が谷の複雑な構造で増幅された結果、常に暴風が吹き荒れる危険な場所だった。魔物と呼ばれる魔力を使って人間に危害を加える生物も存在し、ゲームでの攻略推奨レベルは60~70だ。


 今の俺がどれくらいのレベルなのかはわからないが、厳しい道のりになることは予想できる。


 でも、やるしかない。下水道で死にたくないし。


 それに、マリアと出会って、思った。


 頑張れば、自分だけではなく、マリアの運命も変えることができるのではないか、と。


 俺は彼女の悲惨な運命を見るのが嫌で、やり込むようなことはしなかった。


 それは、自分ではどうすることもできない現実からの逃避に他ならないが、今の俺なら、その現実に干渉することができる。


 だから、マリアの運命を変えることだってできる……はず。


 傲慢だろうか。それもすべて、『風の峡谷』に行けばわかる。


「なぁ、ルナ。一つ、頼まれてくれないか?」


「何ですか?」


「父さんに、『風の峡谷』へ行きたいと伝えてくれ」


 ――しかし、俺のやる気は父親に邪魔される。


「駄目だそうです」


「え、何で?」


「危険だからだそうです」


「……そこに父親がいるの? いるなら、代わって」


「この魔法はちょっと特殊でして、私とジャック様しか会話ができないようになっているんです。なので、お手数をお掛けしますが、私に言っていただけると」


「……わかった。なら、上級の風精霊と契約することで得られる風魔法で、臭い対策をしたいからと伝えてくれ」


「はい。承知しました」


 それから、ルナを介して父親と交渉するも、外出許可は出なかった。


 埒が明かないので、正規の方法での外出は諦め、別の方法を探ることにした。


 再び部屋を物色し、ベットの裏から鍵を見つける。


 扉の鍵穴に差し込むと、ロックが解除された。


 俺にもまだ、運は残っているらしい。


「それで出て行かれるつもりですか?」


 ギョッとして振り返る。人形が俺を見ていた。


「すまん、ルナ。俺は行かなくちゃいけないんだ。だからこのことは、内密に頼む」


「わかりました。――なら、私も連れて行ってください」

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