第3話 英雄スキル【浄化】
翌日。
「来ましたよ」
ルナの言葉で、窓の外に目を向ける。
窓からは家の裏庭が見えるのだが、洋館の方から三人の修道女がやってきた。
「あの三人だけ?」
「はい。あ、旦那様や私も一緒に行こうとしたのですが、マリア様が自分たちに任せて欲しいとのことでした。旦那様は、奥様と一緒に洋館の方から見守っていらっしゃいます」
「そうなんだ」
マリアたちの人数を知りたかっただけなのだが、気を遣ってか、ルナは父親たちとのことも教えてくれた。
俺が父親たちに不信感を抱いていると思ったのだろう。そんなことは無いのに。
昨日の今日でマリアをここに呼んでくれたのだから、それだけで父親には感謝している。
マリアたちに視線を戻す。
先頭を歩く若い修道女がマリアだった。栗色のウェーブがかかった髪を揺らし、碧い目を輝かせている。
ゲームのキャラが目の前にいることは、実に奇妙な感覚であったが、悪い気はしない。むしろ、嬉しすぎて平静を保つのが大変なくらいだ。
同じ次元に生きる彼女は、想像よりも大人っぽくて、薄く発光しているように見えた。あれは彼女のスキルによるものだろう。彼女が有する【浄化】には、俺の悪臭を含む不浄なるものを清浄する効果があって、常に発動している。
その後ろにいる二人の修道女は、鳥みたいなマスクをつけている。その足取りは、どこかぎこちなく、俺の臭いで体調に異常をきたしているのがわかる。【浄化】を持たない彼女たちに、俺の臭いはきつすぎるようだ。
そんな二人の様子に気づき、マリアが声を掛ける。そして、二人を離れた場所に残し、マリアだけやってきた。
俺は窓を開けて、彼女を迎える。
遠くにいるはずの修道女たちが咳き込むのを見るに、開けた瞬間にとんでもない悪臭が外に放たれてしまったのだろう。
改めて、自分のスキルの恐ろしさを知ると同時に、昨日見つけた罵詈雑言がちらつく。
しかしマリアは、俺の臭いなんかを気にも留めず、正面に立って微笑んだ。
「こんにちわ、ジャックさん」
陳腐な表現かもしれないが、それは天使の微笑に見えた。
その挨拶だけで、昇天しそうになるが、何とか彼女と対面する。
俺はちゃんと笑うことができているだろうか。キモいと思われていないだろうか。
「こんにちは、マリア様。あの、俺」
「大丈夫です」とマリアは優しい顔で俺の言葉を遮る。「事情はすでにお聞きしています。いろいろと大変でしたね。でも、安心してください。私があなたを苦しみから解放してみせます!」
「よろしくお願いします」
「はい。では、いきます!」
マリアは胸の前で手を組むと、小さな声で祈り始める。
すると、彼女を包む光が大きくなって、範囲が広がった。
俺の体も彼女の光に包まれる。
そして――。
「ぎゃああああああ」
人形が悲鳴を上げて逃げ出す。
俺も部屋の奥へ逃げる。叫びはしなかったが、死ぬかと思った。彼女の光で全身が焼けるように熱くなった。どうやら、俺自身が不浄なるものらしい。
窓の外に目を向けると、マリアが困惑している。
「あ、あの! 大丈夫でしょうか?」
「うん。俺は大丈夫だけど……」
人形は床に伏せたまま動かなくなっていた。
闇の魔法で動かしていたから、浄化されてしまったのかもしれない。
ルナ本人に影響がないと良いのだが……。
「すみません」
マリアが曇った表情で俯く。
「私のせいで、辛い思いをさせてしまって」
「いや、それは、まぁ。それより、俺のスキルって、どうなりましたかね? 俺自身では、確認しようがないので」
マリアは申し訳なさそうに首を振った。どうやら、俺はまだ臭いままらしい。
「私のスキルがあなたのスキルに反応しています。なので、そのスキルはまだ残っています。すみません。お役に立てず」
ワンチャンを期待したが、マリアのスキルじゃ、俺が苦しくなることだけはわかった。
むしろ、無駄に気を遣わせてしまったので、反省が必要だろう。
もう少し、いろいろと考えてから、行動すべきだった。
とりあえず、悲しんでいる彼女を元気づけなくては。
「いえ、大丈夫です。確かに、スキルにはそれほど効果がなかったかもですけど、マリア様の【浄化】は、俺の『心』に効きましたから」
「え?」
きょとんとした顔で見返されてしまった。場を和ませるつもりが、より微妙な空気に。これだからコミュ障ってやつは! 急いで弁明する。
「あ、いや、ほら。俺ってば、ずっとこんな場所にいて、何と言うか、すげぇ暗い気持ちになっていたんですけど、マリア様のおかげで、その気持ちが晴れたと言うか、ネガティブな考えが吹き飛んで、今、すげぇ、ハッピーですわ」
早口でまくしたてるように言ってしまった。くっ、またコミュ障が出てしまったか。恥ずかしくて、穴があったら入りたい。
しかし、彼女を笑わせることには成功した。マリアは「ふっ」と吹き出すと、くすくす笑った。俺の視線に気づき、「あ、ごめんなさい」と恥ずかしそうに目を伏せる。
「ジャックさんって優しい人なんですね」
「え? 優しい?」
マリアは笑って誤魔化し、真剣な表情で俺を見返した。
「ジャックさん。確かに、今、必要なのは、ポジティブな気持ちなのかもしれません。大丈夫。きっと、ジャックさんが抱える問題を解決する方法はあります。私も一緒に考えるので、頑張りましょう!」
「……はい!」
マリアの言葉で、俺は嬉しくなった。
俺の知っているマリアがそこにいたからだ。
ゲームでも、マリアは正義感が強い、優しい前向きな少女だった。
そんな彼女を間近で見ることができただけで、転生してよかったと思える。
しかし、同時に胸が苦しくなる。
彼女の死亡フラグを確信したからだ。
彼女には、今、三つのフラグが立っている。
『英雄スキルを有する』
『善人である』
『可愛い』
特別な力を有する可愛い善人は、この世界で確実に死ぬ。
そういう変態が作ったゲームだからだ。
実際、マリアはどのルートでも死ぬ。
俺はAルートだけしか見ていないが、他のルートをする気が起きなかったのは、マリアの死が確定していたことも要因かもしれない。
本物のマリアを見て、そんなことを思た。
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