第2話 忍び寄る死神の影

 下水道エンドを回避するために、俺がすべきことは死亡フラグをへし折ることだ。


 このゲームでは、死亡フラグが多ければ多いほど、悲惨な最期を迎える。


 そして、今の俺に立っているフラグは一つ。


 『災害スキルを有している』


 今後、立ちそうなフラグとしては二つある。


 『闇の組織に加入する』


 『主人公の脳みそを破壊する』


 闇の組織と脳破壊についてはとくに心配しなくても大丈夫だろう。


 俺が気を付ければ、何とかなる。問題は災害スキルだ。


 これに関しては、フラグ関係なく、対応したい。


 カメムシみたいに、自分の臭いで死んでしまいそうだ。


 ゲームでの攻略法をもとに考えてみる。


 ゲームでは、主要キャラの一人である聖女マリアの英雄スキル【浄化】や、風魔法が有効だった。だから、この二つが糸口になるかもしれない。


 ちなみに英雄スキルとは、人類に大きな利益をもたらすスキルのことで、その対極的な存在である災害スキルは、人類に大きな損失をもたらすスキルだと考えられている。


 そして、このどちらにも該当しない一般スキルも存在し、多くの人は一般スキルを有している。


 つまり、良くも悪くも俺は特別な存在だった。


「あの、ジャック様。何か思い出すことができましたか?」


 人形が俺を見上げている。やばい。彼女のことを忘れていた。


「ごめん。思い出せないや」


「そうですか……。お医者様をお呼びしましょうか?」


「いや、必要ない」


 医者にどうこうできる問題じゃないと思うし。それに、医者もこんな所に来たくないだろう。


「承知しました。それでは、私のこともまだ?」


「……うん。ごめん。名前を聞いたら思い出すかも」


「ルナです」


「……え?」


 今、聞こえちゃいけない名前が聞こえた気がする。


「ルナと言った? もしかして、ルナ・テイラー?」


「はい! 思い出してくれましたか! って、どうしたんですか!? 頭を抱えてっ!?」


 これはまずいことになった。ルナ・テイラーと言えば、操作可能な主要キャラでは無いものの、主人公の幼馴染ということもあって、人気ランキングでも上位に入るキャラクターだ。


 そして、俺が将来的に殺してしまう人物でもある。


 そんな彼女が、なぜ、ここに? ジャックと関係があったなんて聞いてないぞ。


「あ、あの! 大丈夫ですか?」


「……ヤバいかもしれない」


「えぇっ!? どうしよう」


「あのさ、ルナと俺ってどんな関係なの?」


「え、どんな関係? そうですね。主と従者とでも言いましょうか。厳密に言うと、私の主は旦那様なのですが、ジャック様がこの離れで生活するようになってからは、私がジャック様のサポートをしています!」


「そうだったのか。いつもありがとう」


「いえいえ、むしろ、人形のせいで思うようにサポートできず、すみません」


 確かに、部屋は荒れ放題だし、人形だとできることは限られているのだろう。


 って、そこじゃない! やはり彼女はジャックと関係があるらしい。


 そういえば、メイドをしていたが、愛想をつかして辞めたみたいなことは言っていた気がする。


 そのとき仕えていたのが、ジャックだったのか……。


 他のルートをやっていれば、詳細なことが明らかになっていたのかな? くそっ、大事なことはAルートで全部明らかにしておけよ。


「あの、ジャック様?」


「ああ、ごめん。ちなみになんだけど、ヒカリーノって知ってる?」


「はい。ヒカリーノ・センシィですかね? だったら、私の友達ですよ」


 ですよねー。ワンチャン、ルナが別人であることを願ったが、そんなことはなかったか。ヒカリーノは主人公である。


 これはマズいことになった。


 ゲームでジャックがルナを襲ったのも、過去の関係があってこその必然だったのか。


 なら、主人公の脳みそ破壊フラグが立ち始めているんじゃないか?


 いや、でも、まだ慌てるような時間じゃない。どのみち、俺が彼女を襲わない限り、フラグは立たないはずだ。


 ひとまず、他のことについて確認しよう。


「……というか、ルナって俺のメイドなんだよな?」


「はい。そうですけど」


「うちって、結構裕福なの?」


「はい。旦那様の爵位は『辺境伯』です」


「へぇ」


 はい。今、死亡フラグが一つ立った。


 『高貴な身分である』


 これは、この世界において死亡フラグでしかない。


 闇の組織に扇動された貧民によって、貴族はリンチされるからだ。


「大丈夫ですか?」


「……ああ、うん。ちなみに、父親はどの地域を担当しているの?」


「ウエスト・ハシーンです」


 壁の地図に視線を移す。ウエスト・ハシーンは、オールドーの西側地域だ。海に面し、漁業や他国との貿易で栄えていた気がする。


 そして、地図を見ていて気づいた。


 マリアが住む大聖堂が、ウエスト・ハシーンと中央地域(セントラル)の境界付近にあった。


 行こうと思えば行けそうな距離。だから、このタイミングで彼女に会っておくのも1つの手だろう。


 年代から考えるに、マリアは俺と同い歳だから、【浄化】のスキルを与えられているはずだ。


 現段階で【浄化】を受けたら、災害スキルも消えるかもしれない。


 あと、単純に、マリアに会ってみたい気持ちもある。


 だって、このゲームで一番好きなキャラだし。性格も性能も良いキャラだった。


「……ルナ。俺って、ここから出れるの?」


「旦那様の許可が無いと出れません。どこか行きたい場所が?」


「ああ。大聖堂に行きたい」


「大聖堂、ですか? どうして?」


「マリア様に会って、このスキルをどうにかできないか相談したいんだ」


「なるほど。旦那様に聞いてみます。少々お待ちください」


「よろしく」


 父親からの返事を待っている間、俺は部屋を物色した。


 今の俺に必要なのは情報である。


 机の引き出しを開けたとき、外から見た引き出しの高さと内側の高さが合っていないような気がして、違和感を覚えた。


 中のものを全部取り出し、底を確認してみる。すると、二重底になっていて、数十枚の紙が隠されていた。その紙を見て、不快な気分になる。


『死ね』『消えろ』『くせぇんだよ』


 そこには様々な悪口が、乱暴な文字で書いてあった。違う紙を確認する。そこにも悪口。さらに、違う紙にも悪口。


 悪口ばかりの紙をめくっていくと、最後の一枚だけ悪口以外の言葉が一文だけ書いてあった。


『どうして、俺なんだ』


 ……。


 紙を引き出しに戻す。


 俺は今、何も見ていない。


 そう思った方が良いに決まっている。


 もしも、このことについて考え始めたら、『闇の組織に加入する』フラグが立ってしまうだろう。


 というか、着実に死亡フラグが立ちつつあるこの状況はヤバくね?


 背後に、死神の気配を感じるのだが……。

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