鬱ゲーの嫌われているボスキャラに悪役転生した俺、死亡フラグを折り続けていたら、世界を救う側になっていた
三口三大
第1話 悪役転生
目覚めたら、見知らぬ部屋にいた。いわゆる汚部屋というやつで、物が散乱している。
あと、臭い。うまく表現できないが、とにかく臭い。
「どこだここ?」
壁に地図があった。その地形に見覚えがある。
「『オールドー』か?」
オールドーは、『それでも俺は!』(それ俺)というアクションRPGの舞台だ。
英雄スキルを有する6人の少年少女が、世界の破滅を目論む闇の組織と戦うゲームなのだが……。
「どうしてオールドーの地図がここに? もしかして、転生した?」
そんな馬鹿な。どうして俺が?
……そう言えば、昨日の帰り、仕事が嫌すぎて、神社でゲームの世界に転生することを願ったっけ。
もしかしたら、神様がその願いを叶えてくれたのかもしれない。
「でも、転生先が『それ俺』の世界なのは、普通に性格が悪いな」
『それ俺』は、有名な鬱ゲーだ。
マルチバッドエンディングが採用され、どのルートに進んでも、だいたい世界が滅ぶ。
それが嫌で、途中で止める人が続出。
かくいう俺も、クリアしたのはAルートだけで、他のルートはやっていない。
そんなゲームの世界だから、転生できても素直に喜ぶことができなかった。
「で、俺はどのキャラに転生したんだろう?」
鏡があったので、確認してみる。
そこに映っていたのは、肩にかかるほど髪が伸びている太った少年だった。
「誰だ、これ?」
俺の知らないキャラである。こんなキャラはいなかったと思うが。
「どうかしましたか?」
若い女性の声だった。しかし、周りに女性らしき人はいない。
「幻聴か?」
「幻聴ではないですよ」
足元から声がした。
見ると、少女を模した木製の人形が俺を見上げていた。
まさか、この人形が?
いやいや、そんなことがあるはずはない……よな?
「もしかして、今の声は君が?」
「そうですけど」
――気を失いそうになった。
が、膝をついて何とか意識は保つ。ここで気を失ったら殺されるかもしれない。
「あの、大丈夫ですか?」
「……まぁ、何とか。それより、君は誰?」
「えっ、私のことがわからないんですか?」
「うん」
「その冗談、つまらないですよ」
物悲しそうな声音で人形が言う。
と言われましても、マジでわからない。
こんな人形で喋るキャラなんていたっけ? いや、いなかったと思う。
いずれにせよ、この状況を理解するためには彼女から情報を聞き出すしかない。
「ごめん。実は、記憶喪失になったみたいで、自分のこととかも忘れてしまったんだ」
「ええ!? そうなんですか? 大丈夫ですか?」
「体調と言う意味なら、大丈夫。でも、いろいろと思い出すことができない。とりあえず、俺の名前って何だっけ?」
「あなたの名前は、ジャック・シューですけど」
「ジャック・シュー……って、あのジャック・シューか!?」
人形が小首を傾げる。俺がなぜ驚いているのか理解できない様子だ。
それも仕方がないことだろう。
現実世界にて、ジャック・シューがどれほど嫌われているかを彼女は知る由が無いのだから。
ジャック・シューは、『それ俺』の世界で最も嫌われているボスキャラだ。
闇の組織の一員で、世界を滅ぼすために活動している。
ジャックが嫌われている理由は二つ。
まず、倒すのがとても面倒くさい。
ジャックは、災害スキルの【厄臭】による強力なデバフ・状態異常攻撃を多用し、HPも高いことから、戦闘時間が長くなりがちで、とにかくストレスが溜まる。
もう一つの理由は、ジャックのせいで主人公の幼馴染が死んでしまうからだ。
ジャックは主人公たちが通う学園に乗り込み、災害級の悪臭を振りまいて、生徒たちを殺していく。
その被害者の中に主人公の幼馴染がいて、ジャックは主人公の前で幼馴染の唇を無理やり奪うと、災害級の口臭を流し込んで殺害し、主人公とプレイヤーの脳みそを破壊した。
だから、嫌われている。
ジャックの嫌われっぷりは、ジャックの死亡シーンが動画サイトで100万回以上再生されていることからもわかる。
ジャックは、主人公たちに敗北すると、下水道にぶち込まれ、汚物まみれになりながら溺死する。
その姿は見ていて気持ちの良いものではなかったが、コメント欄は「ざまぁ」で溢れかえっている。
それほど、この男はヘイトを集めていた。
ちなみに俺がこのゲームを知ったのも、その動画がきっかけだ。
よりにもよって、そんなキャラになってしまうとは……。
そんな業を背負うようなことをした覚えは無いが……。
むしろ、ブラック企業で率先的に働くなど、たくさんの徳を積んできたはずなのに……。
しかし、妙だな。俺の知っているジャックとは外見が異なる。
今のジャックも太ってはいるが、俺の知っているジャックは、人間ピラミッドと形容すべき桁違いの肥満体型だった。
「ごめん。今ってさ、オールドー歴、何年?」
「996年です」
「なるほど」
外見が違う理由がわかった。
ゲーム内では、オールドー歴999年にジャックと戦うので、俺は3年前の時間に転生したみたいだ。
だから、ゲームで出会う頃よりは痩せている。
ただ、部屋の臭いから察するに、【厄臭】はすでに有している。
【厄臭】は常時発動型のスキルで、体臭が災害級に臭くなるらしい。
自分のスキルだから耐性はあるみたいだが、それでも臭い。
改めて部屋を見回してみる。
窓には鉄格子がはめられているし、扉は分厚い鉄の扉で閉じられ、幽閉されているようだ。
この臭いなら仕方がないか。一応、確認してみる。
「俺は、どうしてこの部屋にいるんだっけ?」
「はい。ジャック様は去年、つまり、12歳になったときに、神より災害スキルの【厄臭】を与えられてしまい、それで臭いが気になられて、こちらの離れで生活するようになりました」
「なるほど。俺が自分の意思でここに来たように聞こえたんだけど、俺は自分の意思でここに来たの?」
「はい。皆さんに迷惑が掛かるから、とおっしゃいまして」
「へぇ」
意外だった。俺の知るジャック・シューは、もっと利己的な男のはずだが。
いずれにせよ、俺がジャック・シューに転生したことは間違いないだろう。
今までいろいろなガチャを外してきたが、転生ガチャまで外れてしまうなんて、神様は本当に俺のことが嫌いみたいだ。
そしてこのままだと、俺が下水道にぶち込まれてしまう。
せっかく、ゲームの世界に転生できたのに、汚物扱いされて死ぬなんてまっぴらごめんだ。
……なら、やるしかない。
幸いなことに、時間はある。
この三年で、下水道エンドを回避してやる!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます