(終)13.願い

 さて、どうやら私の語りも終わりが近づいて来たようだ。冒険者の彼らは迷い決断し、戦いの舞台に立った。この勝者の無い戦いに最後まで立つのは誰か。では、始めよう。冒険者達の最後の物語を。


 その日の昼下がり、南北両軍が激突した。戦場での中核となる歩兵の質は、南軍が練度の低い民兵が大半であるに対し、北軍は練度の高いドワーフ正規兵が主戦力であった。その上、北軍の新兵器である速射型クロスボウが威力を発揮し、南軍の弓兵よりも遥かに早い装填力と高威力で南軍歩兵をなぎ倒していく。ともすれば南軍の戦列が崩れ、早々に決着が付いた可能性が高かった序盤戦において、南軍を踏みとどめたのは一人の牧師であった。

「さあ、掛かって来なさい、異端者ども。戦場で散る事で、その犯した罪の大きさを償うのです!」

ガロア牧師の体術はドワーフ兵を悉く薙ぎ払っていく。そして、速射型クロスボウでさえも、「矢が、勝手に逸れたじゃと!」

「あれは、対遠隔防御魔法か?!これでは矢弾の無駄打ちになってしまう。」

たった一人の男が北王軍の進軍を止める。

「俺が相手をする。」

そう言うと、一人のドワーフが前に出る。

「誰であろうと同じ事。貴方も戦神の元でその罪を償うのです。」

「なら、俺が死んだら祈りの一つでも奉げてくれや。俺の名はブロウニー=ブラン。元戦士の鍛冶職人だ。」

ブロウニーは大斧を構え、牧師に突進する。

「その速さで突っ込んだところで、当たりなどしませんよ。」

「そうかな?」

(相手の動きは右からの振り下ろし。ならばそのまま相手の右に回り込み、デッドリーストライクを・・)

しかし、ブロウニーの大斧は振り下ろされる事は無く、牧師を追尾する形で、ブロウニーの左拳が牧師の左わき腹を捉える。

「ぐはっ!」

「終わりだ、牧師様。」

ブロウニーは大斧を持ち直し、牧師の右わき腹を両断せんと水平に振り抜く。

しかし、牧師はバックステップで回避、その勢いで味方陣営にまで転がり込んでしまう。

「やるな、アンタ。俺の拳で悶絶しなかったのは、人間族では初めてかもな。」

味方の兵士に起こされながら牧師は答える。

「いえ、十分悶絶しています。確かにアナタは戦士だ。私が名乗らないは失礼と言えましょう。私の名はエイブラハム=ガロア。アナタを戦神の御許へ導く者。次は仕留めます。」

「そうかい。じゃあ再開といこうや!」

再びブロウニーがガロアに突進する。そして大きく振りかぶり、ガロアに向かって斬りかかる。しかし、ガロアは反撃しない。

「どうした、反撃しないのか?!」

「ええ、する必要はありません。アナタは老練の戦士。故に持久力に限界がある。いくらドワーフといえど。だから、私は・・・」

ブロウニーの手が止まった瞬間、ガロアの反撃が始まる。

「見て御覧なさい、周囲の兵士が我々の闘いに熱狂している。つまり、この闘いは、ただの戦場での一幕などでは無い、南北両軍の士気を決する闘いなのです!」

「なら、俺が負けなけりゃいい話だな。」

ブロウニーは、諦めたように大斧を投げ捨てる。

「殴り合いで私と勝負するつもりですか?なぶり殺しになるだけですよ。」

「いいから来い、小僧。」

「分かりました。では。」

ガロアは、徹底したアウトボクシングでブロウニーの体力を奪う。

いつしか両軍分け隔て無く歓声が沸き上がっていた。

(まさか、私の方が体力を削られるとは・・・)

ガロアの強烈な右浴びせ蹴りがブロウニーを打つ。が、ドワーフは怯むことなく前に進み、左フックをガロアの右わき腹を狙い打つ。

「あばらの一本や二本、安いものです!」

相打ち覚悟で、ガロアは左手の呪文を発動させる。

「デッドリーストライク!」

呪文の直撃を受けたブロウニーは大きく宙を舞う。

「終わりです。ブロウニー=ブラン。」

ガロアはわき腹を押さえつつ、ブロウニーの死を弔う。

「行け・・・魔斧よ。」

次の瞬間、ガロアの死角から襲い掛かるブロウニーの大斧。

その威力は、ガロアの身体を両断するに十分過ぎるほどだった。

「先に行って待っててくれや、牧師様よ。」

そう呟き、戦士は息絶えた。


ガロアとブロウニーの死闘は、両陣営にも届いていた。

南王軍大本営。

聖騎士アンリは、騎士団の進軍許可をルフィアに要請する。

「現在、南王軍は劣勢の状況下にあります。騎士団を左右両面から挟撃させ一気に北王軍を瓦解させます。」

「承認した。貴公も出陣するのか。」

「いえ、私はルフィア殿をお守りします。第四騎士団はケインに指揮を任せます。」

「良いのですか?貴公の古参兵から不満が出るのでは。」

「私の意見に不満を漏らす者であれば、この戦いに参加しないでしょう。ご安心を。」

「そうですか・・・」

「貴女は名目上であれ、南王軍総大将です。くれぐれもお忘れなく。」

一方、北王軍。

「親方ぁ、騎士団が動き始めましたぜ!」

浮遊する魔術師が、ドワーフの職人衆に声を飛ばす。

「よおし、投石機の準備始めろぉ!仲間を巻き込むんじゃねぇぞ。両翼を狙って、アチアチの鉄火弾をお見舞いしてやれ!」

 さらに一方、ギルド軍は小高い丘から両陣営が激突する様子を北王騎士団と共に静観する姿勢を取っていた。

「しかし、北王騎士団そのものを買収とはのう。北王陛下の威光も堕ちたものじゃ。」

ギームは首を振って大きく嘆く。

「騎馬を使えるのは人間だけですからね。寝返るなら全員になります。現北王のドワーフ族偏重の優遇策には我々も不満の限界に来ていました。この戦いで勝っても我々が得る物はありませんから、モルゲス殿からお誘いを頂いた時はむしろ感謝したほどです。」

北王騎士団長は、切実に内情を吐露する。

「ですが、お話した通り僕達の目的は厄災龍撃退にあります。全員が生き残れるとは思わないでください。」

「もちろんです。給金の分は働きますよ。」

すると、どこからともなく、馬のいななく声がする。現れたのは騎乗したシアナだった。

「ソルディック、ごめん。やっぱりもう一度ケインと話したい。」

「貴女の事ですから、止めても行くのでしょう。僕の本心も同じです。応援します。」

「ワシも思いは同じじゃ、行って来い。」

「ありがとう、行ってくる!」

そう言い残し、シアナは戦場へと向かっていった。


ガロア牧師とブロウニーの死闘が終焉を迎えると、戦局は再び動き出す。先に北王軍の両脇を南王騎士団が突き、北王軍は窮地に追いやられる。

(騎兵が動いたって事は、本陣は手薄。アンリならルフィアが暗殺されるのを嫌って本陣を動かないはずだ。)

シュロスは混乱する戦場をかいくぐり、主を失った空馬を見つける。

「それじゃあ一気に本陣に・・・」

手綱を引き馬を進めようとしたその時、それは落ちてきた。

轟音と共に吹き飛ばされる騎士団の兵たち。投石機からの煌々と燃える鉄塊が地上で次々に炸裂し、騎士団の統制は瞬く間に崩れ去っていった。

「全員持ち場を離れるな、散開したら敵の思うツボだぞ!」

ケインはただ一人、味方を鼓舞し孤軍奮闘を続ける。

「劣勢の中、一人ご苦労な事だね、騎士様。」

「シュロス、か。やはり、ギルドの仲間も加わっているのか。」

「いいや。ギルドは加わっていない。オレは単独で狩りに来ただけさ。」

「狩り?」

「が、その前に準備運動をさせてもらいましょうかね、ケイン殿。」

シュロスは馬を走らせ、ケインに突撃を掛ける。

ケインは盾を取り、シュロスの突撃に対応の構えをする。

「戦場は、そんなゴッコ遊びじゃないでしょう?ってな。」

シュロスは馬から滑り落ちる寸前まで体全体を傾け、ケインの馬の前足を切り落とす。

馬は痛みで大きく反り返り、ケインを地面に叩き落とす。

「がふっ!」

シュロスは、同じく馬から降りケインの元に歩み寄る。右手で長剣を抜き、かかとを鳴らすと同時に一気にケインの前まで踏み込む。

「くっ!」

ケインは、シュロスの攻撃に備え、盾を構え反撃の体勢を取る。しかしシュロスはケインの想像を遥かに超えた跳躍でケインの背後を取る。背面を取られたケインは身体を捻り反撃しようとするも、今度はシュロスの水面蹴りがケインの足元を救う。ケインは思わずよろけ腰砕けになる、その瞬間を逃さずシュロスの長剣が左下腹部を貫いた。

(コイツ、鎧の隙間を狙って・・・)

「オイ、まだくたばるなよ。勝負は始まったばかりだろう?」

ケインは盾を構えると、じっと防御の姿勢で呼吸を整える。

「黙ったままかい?じゃあ、オレから聞かせてもらうわ。姫様に仕える騎士の気分から目が覚めたかい?」

「どういう・・・意味だ。」

「言葉どおりさ!窮屈に感じただろ?、この騎士団がよぉ!」

シュロスは、右の長剣でケインの盾に連撃を浴びせ続ける。

「貴様に何が分かる、故郷を失ったこの俺の悔しさが!」

ケインの長剣がシュロスの左わき腹を狙う。が、その攻撃は、シュロスの左の長剣に受け止められてしまう。

「二刀か!」

「誘いに乗ってくれてありがとよぅ!」

シュロスの弾きに大きくバランスを失ったケインに、再びシュロスの剣が突き刺さる。

「すぐには死ねないぜ。急所の多くはその鎧で守られているからな。」

「・・・なぶり殺す気か、俺を。」

「違うな。オレは傭兵だ。お前みたいな弱い連中から搾取する側。」

ケインの振り払う長剣がシュロスの顔面をかすめる。

「届かない!?」

「届くと思ったか?それがお前という人間の限界なんだよ。」

「殺すなら一思いに殺せ!」

「まだ分からねぇようだな。」

シュロスの、バネを利かせた蹴りがケインの下腹部を直撃する。

「直に厄災龍とかいうバケモノがここに出現するらしい。ギルドはその為にこの近くに待機している。」

「それが俺に関係あるのか。」

「参謀のソルディックからの通達なんだよ。“大剣のケイン”を見た者は攻撃をせず、本部に報告せよ、と。ヤツはそのバケモノ退治にお前の力が必要と思っている。ティムってガキも、ギームとかいうドワーフも、バカみたいにお前を信じて待っている。当然、あの人も。」

「シアナの事か・・・ゴフッ、ゴフッ。」

ケインは、剣を杖代わりに何とか立ち上がると盾を捨て剣を構える。

「それを伝える為だけに、この戦場に紛れ込んだのか、貴様は。」

「ご冗談を。これはあの人への義理立てさ。」

「義理立て?」

「喋り過ぎたな、さぁ続きを始めようか。」

シュロスが再びケインに斬りかかろうとしたその時、一本の矢が二人の間をかすめ飛ぶ。

「止まりなさい、二人とも!」

声の主は、騎乗し弓をつがえるシアナだった。

「シュロス!アンタ一体何の・・・」

「それよりも彼氏の方を見てやった方がいいぜ。相当量の血を失って普通なら虫の息だ。」

「!?」

「その鎧も外した方がいい。そろそろ高値の付く騎士団の装備品目当てに南北の歩兵どもが群がってくる時間だ。」

「シュロス、アンタはどうするの。」

「狩りが、まだ終わってない。」

「冗談でしょ?!厄災龍を討伐しなければ何もかも終わりなのよ。」

「それは、ケインの役目だ。オレじゃねぇよ。」

「それじゃあ、アンタの役目って何だっていうの!」

シュロスは空馬になっていた馬に飛び乗ると笑って答える。

「ケインに伝えてくれ。ルフィアの事はオレに任せろ、って。」

「え?」

「じゃあな、シアナ。最後に会えて嬉しかったぜ!」

「待ちなさい、シュロース!!」

シアナの声に未練を見せる事無く、シュロスの馬は南軍大本営へと駆けていった。


投石機の投石が止む頃には、もはや両軍入り乱れての大混戦となっていた。

騎士の装備品に群がる歩兵たちは、もはや南北関係なく奪い合いを始める。中には速射式クロスボウを奪って南王騎士を打ち落とす南王兵まで現れる始末。

そんな中、シアナがギルド本営までケインを連れて戻った。

「ギーム、回復、回復魔法をお願い!」

「分かっておる、ケインの生命力を信じろ。」

ギームはケインに回復魔法を唱え、傷の治療を行う。

「恐ろしい男じゃの、シュロスとやら。後少し刃の位置がずれていたら致命傷になっておったぞい。」

「そうだよ、だってアイツは【ウロボロス】だもの。」

フィリスの言葉に周囲がざわめく。

「彼が自分からそう言ったのですか?」

ソルディックの問いかけにフィリスは静かに頷く。

「多分、シュロスはルフィアを助けたいのだと思う。多分、ルフィアは罪悪感で押しつぶされている。自分の命令で沢山の人が死んだ現実に。だからシュロスが行った。戦争の現実を一番身近に知る彼だから。」

フィリスはケインに寄り添うシアナに告げる。

「だからシアナが落ち込む必要は無い。アイツは死なない。そういうヤツ。」

「・・・ありがとう、フィリス。」

シアナはフィリスの励ましに笑顔で返し、互いに微笑みあう。するとその二人の間隙を縫うように、メルルンが大慌てでソルディックに走り寄り警告する。

「ソルディックさぁん、来ますぅ、来るのですぅ。」

「メルルン、残り時間は?」

「分かりませぇん、でも急いだ方がいいでぇす。」

「各員、戦場へ向かう用意を。魔術師、神官は可能な限りの強化魔法の配布を始めてください!」

「俺は・・・生きているのか。」

ケインは目覚めると上体を起こし、うわ言の様に言葉を吐き出す。

「すみませんが、早速お仕事です。ケイン。」

「お帰り、の一言も無ぇのかよ。」

「その代わりに先に報酬を渡しますよ。」

ソルディックがケインに見せたのは、鈍く銀色に輝く大剣と鎧だった。

「ブロウニーさんに依頼して製作して頂いた、ミスラル銀製の大剣と重装鎧です。

感覚は以前の鋼鉄製装備と同じになるよう調整していただいています。」

「すげぇ・・・」

ケインは、その出来栄えに感嘆の声を漏らし、装備を始める。

「討伐対象は、厄災龍【カラミティ・ドラゴン】。その巨体から、地上に這い上がるまで一定の時間を要するはずです。もし這い出し、飛び立たれた場合、僕達の敗北となります。」

「つまり、這い上がる前に仕留めろ、ってか。面白ぇ。」

ケインは大剣を大きく振り下ろす。次第に秘められていた彼の闘志が前面に現れた事を示すかのようにケインの口角が大きく上げる。

「心配は無用でしたかね。」

「何の事だ?」

「いえ。全てが無事に終わったら、分かりますよ。」

「了解。」

突如、大陸全土を巨大な地震が襲う。震源地は・・・

「来ましたぁ!厄災龍【カラミティ・ドラゴン】ですぅ!」

大きな地割れが南北両軍の激突する地点出現し、兵士たちを飲み込んでいく。

その暗い地の底から這い出る巨大な龍の顔。

「ギルド軍、北方騎士団、全軍突撃です!」

ソルディックの号令に併せ、鬨の声を上げ、厄災龍に突撃する軍団兵たち。今、1000年の安息を賭けた戦いが始まろうとしていた。


時はさかのぼり、シュロスは南軍大本営を駆け抜ける。

「侵入者だ!取り押さえろ!」

「おい、総大将。隠れてないで出て来いよ。シュロス様が挨拶に来てやったぜ。」

兵士たちを振り回し、とうとうシュロスは本陣までの到達を決める。そして天幕から姿を見せる、鎧姿のルフィアと聖騎士アンリ。

「何故貴方がここまで。」

「最初は見捨てるつもりだったさ。でも、その男の実体を知らずに処分されるのは忍びなくてね。」

「お下がりください、ルフィア様。この様な男のたわ事など聞く必要ありません。だろう?傭兵【ウロボロス】」

「久しぶりだなぁ、聖騎士様よぉ。」

「シュロス、何を知っているのです?」

「いいか、コイツは聖騎士でも何でもない、根っからの『戦争屋』なんだよ。二年前の戦争時、ラインフォート領領主の援軍にコイツの軍団は行くことが出来た、でも行かなかった。被害が拡大してから遅参した。その理由は、北方領の勝利が新たな大乱の呼び水になる事を計算していたのさ。ガキの頃から傭兵やって来たんだ、コイツの戦い方は勉強したさ。それで、だ。お嬢ちゃんには分からないだろうが、今日の戦場は南軍の動きが鈍い。おまけに新参のケインを自軍の副将にして出撃させた。なぁ、実は本気で勝つ気無いだろう?聖騎士様。」

「それは本当ですか?アンリ。」

「勝つ気が無い、とは失敬な。現に兵士は勇敢に戦っている。騎士の装備品を売り大金を得る為に。今回の戦いで勝利したならば、次なる戦いを民衆は求めるでしょう。仮に敗北したならば、北王は聖騎士アンリを破った事に気を良くし、次なる領土に手を出すでしょう。負の連鎖とはそういうものです、ルフィア嬢。一度の敗戦で失うものは貴女と私では天と地ほどの開きがある、それだけお伝えしておきましょう。」

聖騎士アンリの容赦ない言葉に、ルフィアは思わず膝を折る。

「しかし、目の前の勝利には全力で戦いますのでご安心を。」

「言っておくが、ルフィアを人質にするゲスな手段はオレには効かないぜ。」

「貴様如きに、姑息な手段をこの私が何故使う?では始めよう。」

聖騎士は一歩踏み出すと、長剣と小盾を部下から受け取る。

(さすがに威圧感がハンパ無いぜ。さて、どう踏み込む?)

本陣の兵士たちも息を呑んで見つめる中、先に動いたのはアンリの方だった。

シュロスの右に回込み、小盾でシュロスの右側面を殴りつける。

「がふ・・!」

怯んだシュロスの頭上目がけ、アンリの長剣が振り下ろされる。

鮮血が飛び散るも、シュロスは紙一重でこの攻撃を躱す。

「よく躱した。」

(危うく一撃で終わるところだった。なら次はこっちが行かせてもらう!)

シュロスは、両刀を構えたままじっと相手を伺う。

「・・・そこだ。」

聖騎士の剣が何もない空間を斬る。すると再び鮮血が舞い、苦痛に悶えるシュロスが姿を現す。

(何故、何故オレの場所が分かった?探知魔法でも唱えていやがるのか。)

「その強化魔法、全て消し飛ばしてやる。“大解呪“の魔法喰らいやがれぇ!」

シュロスが指輪を構え、解呪魔法を解き放つ。

「・・・カウンターキャンセル発動。」

アンリも同様の構えを見せる。同じ大解呪がぶつかり合い、そして無と消え去った。

「これが貴様の切り札か。」

「消された?・・だと。」

「その指輪がこの世界に一つしか無い、とでも思っていたのか。おめでたい男だ。」

(くそっ、インヴィジブル(透明化)発動!)

今度はその場で姿を消し、アンリの背後を取る。

(もらった!)

「無駄だ。」

アンリは、今度は背後から飛び込んだシュロスに小盾でカウンターを易々と当ててみせる。

(何でだ、何で全部読まれる!)

「俺が聖騎士と呼ばれるか判ったか。豊饒の女神より授かった、この“真実の目”がある限り、貴様のまやかしは全て無に帰すのだ。」

「わざわざ種明かしどうも・・・」

「この絶望的状況で、なお眼は死んでおらず、か。よかろう、望み通り最後まで全力でもって叩きのめす。」

シュロスも半ば諦めかけたその時、大地が揺れた。

「うおおっ!」

「厄災龍か?!」

シュロスは踵を鳴らし、空中に跳び上がる。

「ルフィア、掴まれぇ」

「シュロス!」

シュロスは鎧姿のルフィアを抱える。

大本営は地が裂け聖騎士アンリを含めほとんどの者が地の底へと落ちていった。

「さすがの聖騎士アンリも飛行アイテムは持っていなかったか。」

「シュロス、私・・・」

「今は何も言いなさんな。オレは今の君を責めやしない・・・」

シュロスの眼前にあるもの、それは厄災龍が大きく口を開ける姿だった。

(ど、ドラゴンブレス。あれを喰らったら終わりだ。彼女を抱えたままじゃ逃げる手段がオレには無い・・・いや、そうでもないか)

「シュロス?」

シュロスはルフィアに微笑み、天に指輪を掲げる。

「豊饒の女神よ、我願う、ルフィア=ラインフォートを厄災龍の息から護りたまえ!」

次の瞬間、厄災龍が放つ獄炎の息が二人を飲み込んだ。


再びギルド軍、いやもはや南北混成軍と呼ぶべきだろうこの一団は、厄災龍との死闘を繰り広げていた。最初のドラゴンブレスは両軍に壊滅的な被害をもたらした。次のドラゴンブレスを喰らえばもはや止める戦力は皆無となる。

「うぉぉぉっ!」

ケインはひたすら前足を叩き、厄災龍からの攻撃を誘う。

「最大火力の魔力はまだ温存するように。支援魔法を優先で。矢弾への魔力付与も忘れずに行ってください。通常の矢弾では厄災龍にダメージは通りません。」

ソルディックは陣頭指揮を執り、各部隊への命令を行う。

「ソルディックさぁん。見えましたぁ。勝利の運気がぁ。」

「本当ですか!教えて下さい、メルルン。」

「はぁい。まず、厄災龍の眉間に強い力をたたみ込むでぇす。たぶん、ケインさんが適任でぇす。厄災龍がケインさんに耐えかねて顎で潰しにかかりますぅ。その時がチャンスですぅ。

眉間は厄災龍に痛みを与えますぅ。正しく言うと吸われた魂の叫びなのですがぁ。このタイミングで厄災龍が竜の息を吐く為大きく口を開きますぅ。ここに全火力の魔法を叩き込むですぅ。火力で勝てば厄災龍は再び奈落へと落ちますぅ。」

「失敗の場合は、全滅ですね。」

「だから運気ですぅ。」

「教えてくれて感謝しますよ、メルルン。君は僕達の勝利の女神になるドワーフです。だから、最期まで見届けてください。彼ら南北軍、そして冒険者達の戦いを。」

「必ず見届けて、ヴァネッサ様にお伝えするですぅ。」

ソルディックはテレパスを唱え、ケインに念を送る。

(コイツの眉間にか?)

(そうです。全力で叩き込んでください。直に顎の叩きつけ攻撃が来ます。)

(わか・・・)

途中で交信を遮断し、大きく息を付く。

「慣れない呪文はさすがに疲れますね。先に僕の方から、ケインに先鞭を付けました。さすがに全域へのテレパスは僕には無理なのでメルルン、どうかお願いします。」

「はぁいなのです。」

メルルンの交信が戦闘区域の戦士達全員に伝わる。

北方軍投石機部隊。

「親方ぁ、投石機の鉄火弾もあの野郎にぶつけましょうぜ!」

「バカヤロウ、あの大砲がこっち向いてきたら俺達も終わりだろうが!」

「確かにそうでした、スミマセン。」

南方軍残存部隊。

「ヴァネッサ様の呪術師か?なら信じるしかねぇな、この際」

「明日になればどうせ敵同士になるんだ、今は仲間でいいだろう?」

「明日があればねぇ・・・」

北方軍残存部隊

「何かドワーフ達が盛り上がってるわね。」

シアナが不満げに呟く。

「割と隠れアイドルっぽいみたいだよ。不思議ちゃん系のエキセントリックな感じが良いんだってさ。」

ティムが本人も良く分かっていないような解説をシアナに言う。

「ワシは余りタイプでは無いな。どうも話が噛み合わん。」

「誰もオジサンのタイプは聞いていない。彼女の言葉は信じるに値する。」

「誰がオジサンじゃい。ワシはまだまだ若いんじゃ!」

「新しいツッコミ役が増えて本当は嬉しい癖に。アタシもこれでお役御免で嬉しい限りよ。」

死地の中、わずかだがフィリスの周りに笑いの輪が広がる。

(絶対に勝つ。シュロス、お前は勝ったか?勝ったと信じてるぞ、みんな)


厄災龍がその首を大きく持ち上げた。ケインの居る場所目がけ、自身の前足など無いかのように叩きつける。

「生きておるか、ケイン。」

「ああ、何とか。」

「最後の回復魔法じゃ。後は気合で凌げ。」

「相変わらず、無茶を言う。」

「ケイン、“飛行”の呪文!厄災龍と一緒に落下なんてしないでよ。」

「ああ、俺に任せておけ。」

「!?」

ケインは踵を返すと厄災龍に向かって走り出す。

「何かあったか、急に顔を赤らめて。」

「分からない。けど、ケインがすごく大人に見えた気がした。」

「なら、きちんと伝えるべきじゃな。お互いに。」

「うん、絶対に勝つ!」


厄災龍の眉間にまで到達すると、ケインは飛行を使い距離を取る。

「俺が到達するまで起きてくるなよ、厄災龍!」

ケインは、ミスラル銀の大剣を構えると、加速を付け厄災龍の眉間にその大剣を突き立てる。

「これで、どうだぁっ!」

「グオオォォォン!!」

これまでの戦いで上げた事の無い、悲鳴ともとれる音が周囲に轟き渡る。

「やったか!」

「ダメ、まだ口が開かない!」

厄災龍は、何とかケインを振り落とそうとする。その動きに大剣の柄は離すまいとケインは懸命にこらえる。

(チキショウ、足場が無けりゃこれ以上差し込めねぇ。ここまで来たっていうのに、諦めてたまるかよ!)

皆が、厄災龍の動向を見守る。半ば諦めの空気が流れたその時、厄災龍はその動きを止める。

「ボクにだってミスラル銀の武器はある!一振りでも多く叩き込んでやるんだ。」

ケインが付けた傷口に叩き込んだ、ミスラル銀の短刀での連撃。厄災龍を止めたのはティムの捨て身に近い攻撃だった。

「厄災龍の口が開きます!ワッチの合図で一斉に撃ち込んで下さい!」

メルルンから全員にテレパスが飛ぶ。

「・・3・・2・・1!今です!!」

ギームがその手に金色の槍を召喚する。

「アビスへ還れ、厄災龍。戦神の槍(サンダースピア)!」

シアナがその最大魔力で精霊の力を指先に集める。

「四大精霊よ、今一つになりて不浄なる全ての存在を消し去らんとせよ。エレメンタル・ストライク(精霊の一撃)!」

魔術師部隊、神官部隊も持てる魔力全てをその口の中へを撃ち込む。

が、徐々に口の中が光輝き始める。

「この野郎、さっさと諦めやがれぇ!」

ケインが渾身の力で大剣を根本近くまで押し込むも、なお未だ厄災龍は、もがきあがく。

「まだ耐えますか。さすがは、というところ。しかし使役する貴方の魂力には限界があります。これで終わりです、モルゲス=ヘイドラー。厄災龍と共にアビスへ行きなさい。」

ソルディックは、呪文を唱える。しかし、その詠唱を聞く者は、誰もいなかった。ある一人を除いては。呪文を一斉掃射した後に討伐軍が見たのは、力を失い崩れ落ちていく厄災龍の姿、そして断末魔の鳴き声であった。一瞬の静寂の後、周囲は大歓声に沸きあがる。しかし、再び巨大な地震が起き、皆を恐怖させる。そして地割れは元の姿へと戻っていく。

「ケイン、ケイン!」

狂ったように無くわめくシアナを皆が引き留める。

「聞こえてるよ、あんまり喚くな。」

裂け目が閉じる直前、飛び出すケインの姿を皆が確認し、ホッと胸を撫でおろす。

「だったら返事くらいしなさいよバカぁ!」

「手ぶらで帰るのも何だし、と思ってよ。」

ドサっと地面に落とされたのは厄災龍の鱗だった。

「鱗・・・?」

「いや、ドラゴンの鱗って言ったらレアアイテムの定番だしさ。高く売れるかな、と。」

「厄災の塊じゃぞ、誰が買うんじゃこんな物。」

「あぁ、メルルンなら買うかも。あの子呪術師だし。」

フィリスが適当な事を言うと、周囲が笑いに包まれる。

「あンた、そのせいで遅れたんでしょ。間に合わなかったらどうする気だったのよ。」

「間に合うさ。」

「何、その自信。」

「お前が待ってる。」

「!?」

「さーて、後は若い者に任せて祝勝会の準備でのするかのう。」

「いや、ボク達の方がケインより若いよ?」

「野暮な事は言うな。さ、行くぞ。」

一方、ソルディックとメルルン。

「初めて見ましたぁ。時間呪縛(タイムストップ)の呪文を使える人ぉ。」

「さすがに気付きましたか。タネ明かしも何も、単純にその呪縛時間に最大火力の攻撃魔法を置いただけです。(笑)」

「ヴァネッサ様に伝えておきますぅ。あの人にケンカ売ってはダメですぅってぇ。」

「いや、僕も同行するよ。君の力を借りた分、今度は僕が彼女にも協力する番だ。」

「北の人たちは大丈夫ですかぁ?」

「しばらくは往復だね(笑)。」

「じゃあ、よろしくお願いしますですぅ。」

「それとも、祝勝会に参加するかな?」

「遠慮しておくですぅ。目立つのは、まだ恥ずかしい年頃なのですぅ。」

「(ドワーフの年頃って何歳だったかな・・・)それならテレポートを唱えるよ。さ、お嬢さん、お手を。」

「はい、ですぅ。」

こうして二人はヴァネッサの元へとテレポートする。


時は少し遡り、南王領王都王宮。

クレミアは、ルフィアの私室のベッドメイキングを行っていた。

(ルフィア様がいつ戻ってもいいように、ここだけはいつも清潔にしておかないと。)

本来であれば、神官である以上それなりのお勤めがあるのだが、ヴァネッサの計らいで王宮内の出入りが許されており比較的自由行動を取る事が出来た。

「クレミアさ~ん、ヘルプお願い~。」

「あ、今行きます。」

クレミアがルフィアの部屋を出ようとした直後、強烈な地震が王都を揺らす。クレミアは咄嗟に棚から避難し難を逃れる。

「皆さん、無事ですか!」

「棚の食器が落ちたけど平気よ。クレミアさんは大丈夫?」

「私も無事で・・・?」

ルフィアのベッドの上で輝く人の姿。やがてそれは、鎧をまとった、ベッドの主へと姿を変えていく。

「ルフィア様?!どうしてここに。」

「ルフィア様?クレミアさん、ホント大丈夫?」

宮女の心配の声もよそに、クレミアはルフィアのそばに駆け寄る。

「ルフィア様、お怪我はありませんか?」

「シュロスが・・・」

「シュロスと会われたのですか?」

「シュロスが、私を助けてくれた。“願いの指輪”の力で。」

「彼は、彼はどうなったのです?」

「シュロスは、女神に私の名前しか告げなかった。だから・・・」

「選択したのは彼です。なら、彼の分までルフィア様が生きるしかありません。戦争の勝敗はいずれ分かります。どちらとなったにせよ、私はルフィア様の味方です。」

クレミアの力強い言葉に、泣き崩れるルフィア。その姿は、今までの様な毅然とした凛々しさは消え、ただ一人の少女としてクレミアには映るのだった。


「どーしてこーなっちまったんだろうなぁ。」

南王領西部、鬱蒼とした森の中。

「頭の中の記憶じゃあ、女神様がオマケで助けてくれたっぽいけどよぉ。」

男は周辺を見渡す。取りあえずは食料になるモノ。

「装備は残った。火は手持ちの装備でしばらくは熾せる。」

再び大きく嘆息すると、立ち上がり日の差す方へ目指す。

「お、割とすぐ抜けるじゃん。」

森を抜けると見渡す限りの草原が男を出迎える。

「生き永らえたなら、選択するしかねぇだろ女神様。ああ生きるさ、“冒険者”として。」


さて、長い時間お付き合いいただいて心から感謝をしよう。これにて彼等の物語は閉幕となる。詳細は伝聞につき多少脚色を交えている事はご容赦願いたい。・・・どうやら私の目的地に着いたようだ。と、いい加減この語り口も疲れたな。最後にボクの自己紹介だけ終えて幕引きにするよ。ボクの名はクロード、通称“大剣のクロード”。父は人間で、母はエルフ。いわゆるハーフエルフって人種さ。ボクの物語はいつか他の≪アンノウン≫が語る、と思うよきっと。それじゃあ、いつかどこかで!

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≪アンノウン≫冒険者達の選択 ものえの @bono_63

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