その6 探偵、息子を見送る事。
『済まなかった』
俺は成田空港で、チェックインを済ませた息子に向かって言った。
息子の胸には四角い箱が首から下がっている。
手荷物に預けてくれというのを、彼はどうしても”自分で持ってゆく”と聞かなかったのだ。
『もうこれで6回目ですよ。乾さん』・・・・桂川弘は寂しそうに微笑んだ。
『仕方がなかったんです。乾さんが最後まで努力して下さったのは僕にも分かりました。だから気に病むことなんかありません』
今度は俺の方が苦笑いをする番だった。
散々彼の『すまない』を止めたのは俺の方だったというのにな。
『これからどうするのかね』
俺の問いに、彼は白い布に包まれた箱を撫で、
『もとのラボに戻ります。僕には今そこしか居場所がありませんからね。日本に居たって、あまりいいことはなさそうですし』
『忘れるところだった』
俺はポケットからあのチップを取り出して箱の上に載せる。
『こいつをラボに届けてくれ。それが親父さんの最後の言葉だ』
彼は『有難う』と言って頭を下げた。
弘を手に入れようとしていた両陣営は、あれだけの荒事を他国でやっちまったんだ。
引っ込みがつかなくなったんだろう。
だからといってこれは外交問題だ。
逮捕された襲撃チームは、R国のマフィアの一団だということになり、国としては一切関わりないで押し通した。
(何故マフィアが国家機密に?というまともな疑問は完全に無視された)
弘の元母親は病院に運ばれるまで生きていたが、
”大使館の人間が来るまで何も話さない”を繰り返した挙句、大使館員が来る前に息を引き取った。
両陣営の大使館は、
”日本国政府と警察には迷惑をかけたが、これは国際政治の問題である。”と言う声明をスポークスマンが発しただけで、それ以外はだんまりを貫いた。
日本政府は外交権の侵害であると、一応は非難をしてみせたが、こちらもそれ以上は何も言わなかった。
全く、政治屋って連中は、何処の国も適当なところで手打ちをするんだからな。俺は反吐が出そうになった。
俺の依頼人は、流石に
こっちが半分も話さなかったというのに、全てを理解し、そして俺に契約よりも多い
”こんなには受け取れない。俺は君の依頼を叶えることが出来なかったんだからな”と最初は受け取りを拒否したものの、
『いいえ、いいんです。』
桂川少年はそう言って、無理に俺にそれだけの料金を渡した。
何だかこっちは、やらずぶったくりをしたような気分になったが、仕方ない。礼を言って受取っておいた。
『向こうへ着いたら、父の骨は太平洋に散骨するつもりです。墓なんか造っても喜ばないと思うから』
最後の握手をし、ゲートを潜る間際、弘少年はまた寂しそうに笑った。
俺はシナモンスティックを咥えながら外に出た。
『どう、頭は痛い?』
喫煙所に佇んでいた切れ者マリーが俺に声を掛けた。
『あの程度の酒で気分が悪くなるほど、軟派に出来上がっちゃいない』
本当は少し頭が痛かった。虚勢ってやつだ。
『あんたにも不愉快な思いをさせたな』
『いいのよ。我が国の偉いさんはいつもこんなものよ。それよりまた呑まない?』
そこで、クラクションが鳴った。
4~5メートルほど向こうのロータリーに70年代風のキャデラックが停まって、ジョージが顔を出していた。
『よぉ、ダンナ、どうせ懐もあったかくなったんだろ?だったら呑もうじゃないか。付き合うぜ』
『こんな時間から開いてる店なんかあるもんか』
『あるさ、”アヴァンティ”が!マスターも開けといてくれるってよ』
『いくか?』
俺の言葉にマリーが腕をこっちに絡めて来た。
『喜んで、今日は非番ですもの』
俺も休業と行くか。
仕事の憂さは呑んで忘れるに限る。
終わり
*)この物語はフィクションです。登場人物、事件その他は全て作者の想像の産物であります。
ギフテッドと探偵 冷門 風之助 @yamato2673nippon
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