その5 探偵、父親の告白を聞く事。

『・・・・やがて、世界各国の国家機関が息子の才能に目を付けた。中でもC国(我が国の隣だ)と、R連邦(今戦争に血道を挙げている、あの国だ)は特に御執心だった。息子の研究が自国の軍事研究・・・・水爆に代わるほどの爆弾を製作するための基礎になると判断したんだろう。連中は互いに息子を狙っていた。』

 彼はソーダ水を、俺はバーボンのソーダ割をオーダーした。

『息子が4歳の時だ。4歳だよ?幾ら何でも正気の沙汰じゃない。そんな年は普通ならサッカーやカード集めに夢中になってていい筈だ。』

 彼はグラスを握りしめ、肩を震わせた。

『・・・・私は毎夜、息子が寝入ると妻と言い合いをした。彼女は引かなかった。仕方ない。私は妻と別居し、そして離婚した。息子には事実だけを簡単に説明し、彼は私が引き取った。』

 しかし、どちらの国も諦めるということとは無縁である。

 一度決めたらどこまでも追いかけてくる。

 そして、最終的には、秘密が敵の手に落ちるならいっそ抹殺してしまおう。どちらの陣営もそう考えた。

 俊介はそこで一計を案じた。

『手術だろう』

 俺が言うと、 

『どうして分かったんだね?』と、驚いたような顔で問い返した。

『弘君の頭に、小さな傷があるのを発見した。ただそれだけの事さ』

 俺はソーダ割を一口で干し、三杯目をオーダーする。

『アメリカについて行った時、知人の医師に頼んで、息子の脳にチップを埋め込んで貰った。小指の先ほどの大きさのものだ。』

 そこには彼の居場所を世界中どこにいても察知できる装置である。俊介は同じものを自分の脳にも埋め込んだ。

『こうしておけば私は離れていても、息子の居場所が分かる。』

『そんな面倒臭い事をせずに、あんたが自分で守ってやればいいじゃないか』

『そうしたいのも山々だ。しかし私は私で奴らに狙われているんだ。私の取り組んでいる数式・・・・この二つが無ければ奴らの欲している機密モノは手に入らない。』

『そしてその機密もついでにチップにインプットされている、か?』

 俊介は驚きもせず、黙って頷いた。

『理解してくれたかね』

『理解は出来たが、分かりたくはない。まるでフランケンシュタイン博士の世界だ』

 俺の声は冷ややかだった。

『君の言う通りかもしれない。いや、事実その通りだ。しかし国家間の運命を危うくするような陰謀にこれ以上息子を巻き込むことは出来ない。』

『そこまでよ』

 彼がそう言って直ぐ、訛りの入った日本語と共に、入り口のドアが開いた。

 薄いグレーのパンツスーツ姿の女が立っている。

 手にはサプレッサー付きのトカレフが握られていて、鈍く光る銃口は真っすぐに俺と・・・・いや、正確には俊介の方に向いていた。

『久しぶりね。やっと見つけたわ』

 女が言った。

『あの子はどこ?』

『それを聞いてどうする?』俊介が言った。彼の声も冷ややかだった。

『私は母親よ。息子に逢いたいと思っても不思議じゃないでしょう』

『息子に逢いに来た母親が、アサシンメイドの拳銃なんか持ってくるものかね?』

 俺もM1917を抜き、後を振り返って言った。

 女は、弘が持っていた写真に写っていた・・・・そう、間違いなくあの母親だった。

『誰?』

 俺は懐に手を入れ、バッジと認可証ライセンスのホルダーを出した。

『探偵だったの。公安か何かかと思ったわ』

『R国のスパイにしちゃ、リサーチが浅いな。』

『どっちでもいいわ。これは家庭内の問題よ。他人は口を挟まないで頂きたいわ』

『そうはいかんね。俺はあんたの息子さんに雇われたんだ。仕事は全うするのがプロってもんだ』

『それは私も同じよ』

 彼女は最初からスパイとして桂川俊介に近づき、そして結婚し子供を作った。

 無論彼が数学の分野では地味だが知られた存在であることは承知の上で、だ。

『分かったでしょう。分かったならどいて頂戴。怪我をするわよ。』

『承知の上だ』 

 空気の袋を潰すような音がする。

 俺は伏せろ、と声を掛け、二発撃った。

 一発は逸れ、一発は彼女の右肩に命中した。

 それを合図に、外から一斉に弾丸の雨がウインドと扉を破壊する。

 ド派手な音だ。

 彼女は拳銃を放り出し、弾丸に背中をやられ、前のめりに倒れた。

『加勢代と、それから呑み代はツケだ!』そう叫び、マスターもどこから取り出したのか、M4カービンを構え、カウンターをバリアにして応戦を開始した。

 俺は出来る限り身を伏せ、M1917を撃ちまくった。

 銃撃戦はどれくらい続いたろう。

 どこか遠くの方からパトカーのサイレンが鳴り、ドアの向こう側は急に静かになった。

 俊介は倒れていた。

 肩と腰、そして胸に弾丸を受けていた。

 拳銃を構え、俺は彼に近づく。

『・・・・もし私が死んだら・・・・こめかみにあるチップを取り出してくれ・・・・それを・・・・頼む、息子を守ってやってくれ』

『フランケンシュタイン博士の助手なんか真っ平御免だが、依頼は全うするよ』

 俺は答えた。

 そのまま、彼は事切れた。




 やってきたのは新宿署の銃器捜査係と、機動捜査隊。外にいた連中は、一網打尽になったのだという。

 それから何故か、

”切れ者マリー”こと、五十嵐真理警視が居た。

『久しぶりね』彼女はそういい、鑑識と警官が出入りするJⅠNを眺めていた。

 警官たちは俺の姿を見るなり、

”事情を聴かせて貰おう”と凄みを利かせて来たが、俺はそっぽを向いて返事もしなかった。

 店の中ではやはり警官がマスターからM4を取り上げ、引っ張ろうとしたが、

『この人たちの事は私が責任を持ちます』というマリーの言葉に、ぶつくさ呟きながらも、それ以上何も言わなかった。

 警官たちが引き上げた後、マリーは、

『さあ、これで貸しが出来たわね。私には事情を聞かせてくれるでしょ?』

 そう言って謎めいた微笑みを浮かべる。


 ガラスの破片が散らばった店内で、カウンターに並んで座り、俺は相変わらずバーボン、マリーはコニャックをっていた。

『やっぱりね。私の調べた通りだわ』

 彼女はチューリップグラスをカウンターに置き、シガリロに火を点け、煙を店に吐き出した。

『分かっていたなら何故何もしなかった?』

『出来なかったのよ。したかったけど、あちこちから”外交的圧力”が掛かってね。偉いさん達が弱腰になったのよ。情けない話だけど』

 マリーの話すところによれば、両者の動きは警察にはお見通しだったという。

 だが、両者が具体的行動に出るまでは何も出来なかった。それを待たねばならなかったのだと、コニャックを口に運び、悔しそうに言い、それから思い出したように俺を見た。

『こんなところで暢気に酒なんか呑んでいていいの?』

『俺はこれから依頼人に辛い宣告をしなけりゃならん。呑まないと出来ない宣告をね』

 そう言って俺はまたグラスを干した。



 





 

 

 

 

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