第九十四話 切り札とリスク
そして『土竜石』はマドカに用途を調べてもらい、検討した結果、ミサキの防具につけることにした。
「ふぇぇ、私も着けてもらっちゃっていいんですか……?」
「ミサキは現状、パーティに必須だからな。どうしても危険なときに隠れられそうだから、有効に使ってくれ」
『土竜石』は武器につけると、装甲の厚い敵に特攻のある『ドリル』系列の攻撃ができるというが、それよりも防具につけたときの『マッドギリー』という特殊効果が、ミサキの緊急回避に使えるのではと判断した。
「お兄ちゃんがそう言うなら、頑張って有効に活用させていただきまーす。ところでこの『マッドギリー』って、どういう意味なんですか?」
「使ってみれば分かるわ。使用できる場面は限られているけど、使えるときはすごく効果的だと思う」
「私は『混乱石』を防具につけて、耐性をつけるのね。『火柘榴石』は、シオンちゃんが属性攻撃をできるように、アンクレットにつけてあげて……」
「爪や牙が効かない敵が出てきたときも、打撃が与えられた方がいいですからね。じゃあ、次に行きましょう」
『空から来る死』の箱から出てきた未鑑定のチャーム――迷宮国のものらしい文字の描かれたお札のようなものと、そして細長い布をマドカに鑑定してもらう。
◆死霊除けのグランドチャーム+1◆
・エナジードレインを防ぐ。
・霊体系の敵に打撃を与えられるようになる。
◆ユニコーン・リボン+1◆
・魔法による打撃を軽減する。
・クリティカルヒット時に、打撃の一部が敵の防御を貫通する。
・条件を満たした女性しか装備できない。
「エリーティア、エナジードレインっていうと、迷宮国ではどういうものなんだろう」
「生命力を吸ってくる攻撃よ。霊体系の魔物が、よく使ってくることがあるの。『コールドハンド』とか、そういう技ね。中には、同時に経験値を吸ってくるものもあるというけど……」
「……わ、私は霊とかそういうのは別に怖くないわよ。もしものときは『ブレイブミスト』があるしね」
何も聞かなくても強がりを言うあたり、五十嵐さんは幽霊の類には弱いようだ。怖がりというのは、彼女が隠しても十分すぎるほど分かってしまっているが。
そういうことなら、霊体系に対抗できそうな職のスズナに持っていてもらうのがいいだろうか。彼女を見やると頷きを返してくれて、お札を受け取ってくれた。
「リボンはエリーさんがいつもつけてるのに色が似てますね」
「ええ……それに、すごく良い効果がついてる。クリティカルは狙って出せるものじゃないけど、これを装備して背反の甲蟲と戦っていたら、もしかしたら有利に戦えたかもしれないわ。でも、条件があるから、着けられたらっていうことになるけど……」
「エリーさん、結んでみましょうか?」
スズナが申し出て、エリーティアの髪にリボンを結ぶ。問題なく装備できたようだ――と考えて、『ユニコーン』の意味するところに思い当たる。
(もしかしなくても、処女じゃないと心を許さないっていうあれか……? 女性限定ということは……ま、まあ、装備できればそれでいいのか)
「お兄さん、すみません、次の装備は『鑑定1』では鑑定できないみたいです」
「おっ、そうか……分かった、『中級鑑定の巻物』を使ってやってみてくれるかな」
「はい、やってみます……あっ、上手くいきました。やっぱり『鑑定2』が取れたらすごく便利になりそうですね」
残りの装備は、『アンビバレンツ』『早業のガントレット』、そして『網状のぼろきれ』という未鑑定のものだ。しかしこのぼろきれというやつは、どこかで見たことがあるようにも思える。
マドカはライセンスに表示された鑑定結果を見せてくれる――すると。
◆スパイダー・ブラック・タイツ+3◆
・敏捷性が上昇する。
・魔力の上限値が上昇する。
・敵からの打撃を軽減する。
・組み合わせによって性能が上昇する。
・破損していて性能が発揮できない。
「あっ……後部くん、こ、これはちょっと、誰かに装備させるのは教育上よくないっていうか……分かるでしょう、空気を読んでね?」
「わ、分かってますよ。そもそも、破れてるから装備はできないですし」
「でも、破れてても装備したいくらいにいい効果がついてるみたいですよ? これは大人の女の人向けの装備ですよねー、キョウカお姉さんとか、ルイーザさんとか」
「っ……こ、こんなに伝線したタイツなんて穿けるわけないでしょう。それに、この装備が出てきたのは『背反の甲蟲』の箱からだから、つまり……」
誰かの装備品だったというのは確かだと思うが、それを言うと箱から出てきた装備は何も使えなくなってしまう。タクマのパーティの誰かの装備だったということなら、確認しておきたい気もするが――タイツを見せてこれに覚えはあるかと尋ねるのも、シュールというか倫理的に駄目だと感じる。
「……箱から出てくるものは、誰かの仇を討ったあとに手に入るものと思えば、役立てるべきだと思う。そうでなければ、志半ばで倒れた人が浮かばれないわ」
エリーティアの言葉に、皆が沈黙する。
箱の中身は、志半ばで倒れた探索者のものである可能性が高い。全ての宝がそうではないのかもしれないが、あの指輪のように、明らかに遺品であることを示すものもある。
「そうなると、このタイツもやっぱり破れていても使わないとですよね……」
「いや、そうじゃなくてだな……修繕してから使わせてもらうのはありだと思うが、こんなのを五十嵐さんに穿かせられないしな」
「なっ……何をミサキちゃんの言うことを真に受けてるのよ、社会人だけがタイツを穿くわけじゃないんだから」
「タイツですから、修繕は難しいと思いますが……専門の方なら、素材があればできるんでしょうか」
スズナは真面目に破れたタイツを調べてくれている。そこで俺は、タイツの名称に含まれている『スパイダー』というのがヒントにならないかと考えた。
「『スパイダー』……クモ糸が由来の素材でできたタイツってことだったりしないか?」
「……そうだと思う。ユニコーン・リボンも一角獣の素材で作られたものだから、装備名に魔物の名前が含まれているときは、魔物素材を使っていることが多い」
そういえば俺の『ハードオックスメイル』も、マーシュオックスの素材でできた鎧だ。つまり『スパイダー』は、すでに話に聞いた『蜘蛛』から得られる素材で作れることを意味していると考えられる。
「『羊』の素材でラケットと後部くんのスーツを作って、『蜘蛛』の素材でタイツを修繕する……後部くん、色々と先の目標ができたわね」
「ええ、良い
『牧羊神の寝床』をできるだけ深層まで攻略、貢献度を稼いでから『落陽の浜辺』に行く。この流れで必要な素材は全て手に入る。コルレオーネさんから魔法銃を貰うことができれば、さらに戦力の強化が見込めそうだ。
「残りはガントレットと……これは、槍にしては変わった形をしてますね」
『早業のガントレット』はマドカの鑑定で、『アンビバレンツ』は中級鑑定の巻物で鑑定を行う――恐ろしいことに、『アンビバレンツ』は中級鑑定ですら全ての詳細が判明しなかった。
◆★早業のガントレット◆
・通常攻撃、技能による攻撃の回数が敏捷性に合わせて増加する。
・敵から受ける被害が少し大きくなる。
・通常攻撃時に魔力をわずかに消耗する。
◆★アンビバレンツ◆
・この武器を用いて攻撃したときに自分も被害を受ける。
・敵から受ける被害を軽減する。
・自分の体力が低いほど、相手に与える被害が大きくなる。
・秘められた力がある。
どちらもリスクさえなければ、強力な装備だ――『アンビバレンツ』はあまりに賭けの要素が強くて、実戦に用いるには厳しいものがあるが。
「少しリスクもあるが、このガントレットを最大に生かせるのはエリーティアだろうな。すでに良い小手を装備してると思うから、変えるかどうかは任せるよ」
「っ……い、いいの……?」
自分の名前が出るとは思っていなかった、という反応をするエリーティア。その様子を見れば、この装備が彼女にとって魅力的だということがわかる。
「魔力がたくさんある人しか、有効に使うことは難しそうだものね。レベル9のエリーなら、攻撃回数が増えるメリットが、デメリットを上回ると思うわ」
「……スズナやテレジアも攻撃回数が増えると、パーティとしては強くなると思うけど……」
「レベルが上がって、みんなも魔力配分が余裕を持ってできるようになったら、そのときは装備する人を交代してもいいかもしれない。でも、現時点で一番頼りになるアタッカーはエリーティアだから。ブロッサムブレードの攻撃回数が増えたら、それで押し切れる場面もあると思う」
「……分かったわ。装備品は、皆を優先してもらいたいけど……今は、少しでも貢献できるように私が使わせてもらうわね」
エリーティアは小手を大事そうに胸に抱きしめる――幸いサイズが大きすぎるということもなく、小柄な彼女でも身につけることができそうだ。
「この『アンビバレンツ』は、今の時点で使うのは危ないですね。倉庫に置いておいて、使えるときが来たら……」
「後部くん、良かったらそれは私が持っていてもいい? 槍の形をしてるし、当面は私しか装備できる人がいないと思うから」
「え……で、でも危ないですよ? 攻撃したとき、それがどれくらい返ってくるかも分からないですし」
「持ってるだけでも効果があるみたいだから、背負って運んでるだけでも『打撃の軽減』はできると思うし、『秘められた力』も気になるしね。心配しないで、もし使うときはちゃんと後部くんの指示を聞くから」
こう言うと彼女は聞かないところがある――だが、しっかりパーティのことを考えて、あえてリスクを承知で持ち出すというのは、彼女らしいとも思う。
「……前みたいに、無茶をして俺たちを守ろうとか、そういうあれは無しですよ」
「ええ、もちろん。私だってあの時は死にそうなくらい痛かったし、頼まれたって無理はしないわ」
そう言ってくれるのなら、俺は過保護に心配しすぎてもいけない。『アンビバレンツ』の重量はそれなりにあるが、五十嵐さんは気にならないらしく、試しに持ってみるとクロススピアより軽そうに取り回していた。
「軽いけど、敵を突く時に威力が出るっていうことは何となくわかる……凄い槍だわ……」
「キョウカ、呪われてはいない武器だけど、気をつけてね。『秘められた力』は、必ずしもプラスの効果とは限らないから」
「ええ……ただ持っているだけなら、体力や魔力が減ってるわけでもないから。普段はクロススピアを使って、これは控えの武器として持っておくわね」
「はい、お願いします。さて、もう夜も遅いし、宿舎に戻って休むとしよう」
「「「はいっ」」」
思ったより皆の返事が揃っていて、思わず笑ってしまい空気が和む。意外だったのは、メリッサも淡々としているとはいえ、普通に返事をしてくれたことだった――いつかテレジアの声も聞きたいと思うが、まず彼女には、俺を護衛するために立ったままで寝る件について、ちゃんとベッドに入るよう根気よく説得していきたい。
世界最強の後衛 ~迷宮国の新人探索者~ とーわ @akatowa
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