エピローグ

「ようやく見つけたわ」


『何?』


 宇沙を排除した御枝たちが立ち去った後のことだ。


 コードAは、自然王としての能力を奪われ、取り返すことのできなかった宇沙に見切りをつけていた。また、この場において不要になった端末と本体との接続を切ろうとしていたのだが、その時に声がかかった。


「お前だよ、お前」


 花枝と宇沙だった。前者は後者の頭の触手に巻かれ、縦になっているため、二人でT字をつくるという、何とも奇妙なことになっている。


 これまでの経緯は、二人は上総から聞いている。


『当機に用があるのか』


「そうよ」


 花枝は横向きのまま喋る。


「アンタはこれからどうするの」


『どうもこうもない。当機には世界の現状を変えることは不可能だ。何もできはしない。現状を維持し、傍観するよりほかにない』


「へぇ、そうなのね」


 宇沙は消滅した。である以上、彼女の指示で動いていたコードAは、もはやどうしようもない。出来ることは、今までの三年前までの様にしていく他ない。


「やっぱり、コードAの頭脳をもってしても、アフレダは解決できないまま。なら……」


 花枝はそこで一息を置き、言う。


「私たちの側に付かない?」


『何?目的はなんだ』


「知ってるでしょ、世界を変えるの。アフレダの問題を解決して、会える世界にするのよ。そのために、私たちは解決法を探す。あなたはそれまで、今の体制を維持して」


「あ、けど、都市のシステムは回してくれよ。そうしないと俺たちが見つける前に世界が壊れるぜ」


 その言葉を聞いた端末の本体は数秒考えたのち、


『ふむ。悪くない提案だ。現状では最良の案だろう。不安要素は、そなたらが解決法を見つけるまでどれくらいの時間がかかるかだが』


「そこは如何にかするわ。あなたが組んでいた相手が言ってたことあるわよね」


『そうだな。世界は究極の星を構築するためにつくられており、動いている』


「それよ、今の世界が星と言うシステム上のことなら、それを演算、実行するものが、星のどこかにはある。私たちは、出来るだけ早くそれを見つけ、世界を元に戻すわ。だから、最大限の、情報面における支援をお願いするの」


『よかろう。人が存続し、発展出来るのなら、十二年前と同じ形でも、宇沙が提示した形でも、当機は構わない』


 端末は頷く。


「ありがと、コードA」


「ありがとうだぜ」


 彼女等は、結局変わらない。コードAに対するある程度の信頼のもと、いつか星のシステムを紐解き、十二年前と同じ世界にするため、いつまでも頑張り続けるのだろう。


 彼女等は巨大な人型ロボット(一応オーバーテクノロジー)をつくれるぐらいなのだから、時間さえあれば、いつかきっと。


 それは、今は語る事ではないのだが。


「語られないことでも、せめてそこだけでも主役を張るのよ!」


 そんな思いから、結局いいように利用されて肝心なところに参加できなかった二人は、こんなことをしたようだった。


「…う、うん。君たちはそうするのか。さて……」


 その会話を聞いていた上総は、少々呆れながらも御枝の元に向かった。




▽―▽




 木々が静かに、揺れていた。


 彼女の髪も、風に揺れる。


「…………」


 御枝は無言で、丘の上に座って海を眺めている。その膝の上には、マスターが静かに寝息を立てている。


「………」


「御枝ちゃん」


 彼女の隣に、上総は湧き出た。


「……君は、これから」


「………」


 自然王となった御枝は、上総に背を向け、無言で暫く風に揺られていた。


「……私は」


 全ては終わった。アソシアードは消え、コードAは退き、宇沙も消えた。真実は明かされ、嘘は暴かれた。そして彼女の手元に残ったのは。


「………会いたい、会いたい、会いたい、会いたいの」


 彼に会いたいという、願望という狂気と自然王の権能だけだった。


理性は今まで違って大部分が残っている。だからまともな判断が出来ずに突き進む、というようなことはない。ただ、彼女の行動の中心が、彼に会いたい、会えるように今の世界を変えるということにあるようになっただけだ。


「彼が、君にどれだけのことをしてくれたのか、知らないけれど。そんなに会いたくなるってことは、よっぽどいい人だったんだね」


「…………」


 御枝は答えない。


「どんな人だったんだい?」


「……………」


「ああ、いやなら言わなくていいんだ……ちょっと配慮に欠けたかな……」


 上総は申し訳なさそうに言う。


 だが、御枝が答えなかったのは、そういう事ではなかった。


「………ねぇ」


「うん?教えてくれるのかい?」


 その言葉を受けた御枝は、ゆっくりと首を振り、




「……私って、誰に会いたいの(・・・・・・・)?」




「………は?」


 その言葉に思わず、上総は固まった。


「こんなに、会いたいのに。会って幸せを感じたいのに。会って、会って、会って、会って。こんなに、会いたいのは、一体………誰なの?」


「…………御枝、ちゃん……」


(まさか、あの時……)


 彼女が宇沙から自然王の証であるヘッドドレスを奪った時。彼女はアソシアードの事を忘れるように言った。彼女の命令は、彼女が王座を追われたことで機能しなくなっている。


 だが。


(……命令をされ、実行した事実は消えない…宇沙に命令されてやったことが、無かったことになっていない以上………なら、あの時の発言で消された記憶は…………)


 そう。一度消されてしまえば、命令が無効になろうと、それが戻ることはない。自然王の命令と言う力は、あくまでその命令に従わせるものでしかなく、それで起こったことは、覆しようのない、ただの現実なのだから。


「ねぇ。教えてよ。私がこんなに会いたいのは、いったい誰なの?どんな顔してた?どんな口調で話した?どんな風に接してくれた?どんなふうに笑った?…どうして、私は、その人とまた会えたら幸せって、思えるって確信してるの……?」


 涙が、流れていた。僅かに振り向いた御枝の目元から。


「……………こんな、ことって」


 上総は、諸悪の根源と言っても過言ではない宇沙を殴り倒したくなった。


「……ねぇ。教えてよ。私のこの思いは、狂ったような会いたい気持ちは、誰への……………!」


 その言葉は、絶対服従の命令として上総に送られた。だが。


「………」


 彼女には、答えられない。常に部外者として、一方的に御枝を心配していた上総は、御枝の求める、彼をよく知らない。名前ぐらいしか分からない。それだけじゃ、きっと彼女に対する答えには、足りない。


 どうしようもない。


「……そう、分からないんだ。……なら、いいよ」


 彼女はそう言って、マスターを抱えて立ち上がる。


「あなたも…、分からない?」


「……きゅ?……きゅう……」


 マスターは申し訳なさそうに鳴き声を出す。彼は、知っていても、言葉にして伝えることはできないのだった。文字などもダメだ。マスターは、アーフの爪を握ることぐらいはできても、鉛筆やペンを握り、文字を書けるほどうまく物を持てる手をしていない。


「……あははは。誰なんだろうね、私が会いたい人って。分からないや……ぽっかり穴が見体で、何も分からない……あははは」


 風に揺られ、涙を流し、乾いた笑い声を出す彼女。その姿は、とても儚く、かわいそうで、とても切なかった。


「…でも、会いたい、会いたい、会いたい……会いたい、会いたい、あいたいよぉ……………」


 記憶が欠落していようが、会いたいという狂気はとまらない。


「……今の世界じゃ、ダメなんだっけ。……ああ、だから私は、世界を変えに行くんだ……行こう。自然王、だったっけ。この力があれば、なにか、出来るはずだよね」


 御枝は、ゆっくりと歩き出す。


ただ、その背中はどこかとても悲しげで。


かわいそうに思ってしまって。放って置けなくて。


だから。


「待って、御枝ちゃん」


「うん?」


「ついて行く。君について行く。君を手伝おう。旅を、一緒に始めよう。……いつか世界を変え、亡くした彼ともう一度、君が会えるように」


「来てくれるの?」


「……ああ。君がいつか、会える日まで。君を助け続けよう」


 上総のその言葉に、御枝は涙を浮かべたまま笑った。


「………ありがとう」


 いつか、いなくなった彼に会うために。彼女はただ進むしかない。


その先には、星のシステムと言う謎に挑むことになるのかもしれないし、また花枝たちと対峙するのかもしれない。自然界という不思議に触れ、世界を変える術を探して、どこまでも、どこまでも行くのかもしれない。


その身が朽ち果てるか、会いたい彼に、再び会えるまで。


 いまだ、どうするかも分からなくて。訪れるかも分からない未来を目指して、今はただ、歩くしかない。




「……ああ、アイタイなぁ」

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会いたくて、会いたくて。アイタイの 結芽月 @kkp37CcC

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