間話 ミーシャと赤弟子の邂逅

 バスクホロウ王国。

 ライザレンジ大陸の南西側に位置する王国。ここで語られることの無い争いがあった。

 騎士団とその団長、シリオン・グラウスと機械の少年ソラ。そして、長耳〈エルフ〉族のユリア。

 対するは宮廷魔術師、ラフィーリア・サイラス。及び、黒翼団とそのリーダー、ダリウス・フィールの戦い。

 結果はシリオン・グラウス、ソラ、ユリアたちの勝利。ラフィーリア・サイラスを捕縛、ダリウス・フィールは死亡という形でこの戦いは幕を閉じた。

 それから二週間程が経過した現在。

 バスクホロウ王国ではその後処理に追われていた。

 黒翼団残党の捕縛。そして、地下に存在する水路の調査。

 騎士団はこれらを行いながら、普段の業務も行なっていた。

 そんな慌ただしいバスクホロウに今、一人の少女がいた。

 その少女の名前はミーシャ。

 金髪のポニーテール。青色の目。腰には背丈に合った剣を携え、白のローブを着て、街の中を走っている。


「はぁ…はぁ…」


 息を切らしながら、それでも一生懸命にある場所に向かっていた。




「失礼します!」


 ミーシャが元気よく扉を開ける。そこは教会の横に位置する平家。


「あら?ミーシャちゃん、もう帰ってきたの?」


「うん。お母さんもお父さんもおばあちゃんも元気だったよ」


「そう、良かったわね」


 優しい目で微笑むのはこの教会の金髪のシスター、エマだ。


「でも、こんなに早く帰ってくるなんて、みんな寂しそうにしたんじゃない?」


「う〜ん、まあね…。でも、グラウスのおじさんにお願いしたから」


「そうですか…」


 エマはミーシャを微笑ましそうに見る。

 ミーシャとグラウスの約束は二つある。

 一つはソラとユリアが貰っていた白のローブを貰うこと。

 これは直ぐに用意してくれたので今も大事に着ている。ミーシャの一番のお気に入りの服だ。

 そして、もう一つの約束。

 それは剣術を教えてもらうこと。

 ミーシャはダリウス・フィールに剣を教えてもらい、剣術に興味が湧いたのだ。

 そこでグラウスにお願いをし、剣術の指南をしてもらうことになった。

 しかし、一度ドーパン村に戻って家族と村の皆に挨拶してくることを条件に出された。

 ミーシャも一度村には戻りたかったのでこれを承諾。

 それから一度村に戻って家族と村の人達に挨拶をし、割と早く村を出て蜻蛉返りしてきたのだ。


「これから一ヶ月ぐらいお願いします!」


 そう言って、ミーシャは頭を下げる。

 バスクホロウにいる間はこの教会にお世話になる。

 ミーシャが村へと戻る際、エマには前もってお願いしていたのだ。


「はい。でも、ここにいる間は掃除や洗濯、他にも料理だったり、色々手伝ってくださいね?」


「はい!頑張ります!」


「はい、良いお返事です。きっと、クライシス様も喜んでおられますよ」


 そう言って、エマは祈るようなポーズをとる。

 遥か昔のそのまた昔。世界に大規模な災害が起こった際、世界を元に戻したとされる『ルーン』。

 この『ルーン』を作り、世界を救ったとされ、人々から信仰されるようになった神。それが『再生のクライシス』だ。

 世界にはクライシス教という宗教が広く広まっており、種族に関係なく多くの人に信仰されている。


「……」


 ミーシャも見様見真似でエマと同じポーズをとった。

 この時のミーシャの内心はお腹が空いたでした。




 教会でご飯を済ませた後、ミーシャは走って城へと向かっていた。

 早く、早く、剣を学びたい。

 その一心で。


「あだだ……」


 途中、横腹が痛くなってきたが、気にせず走る。

 これも訓練だ。そう思って。


 それからミーシャは城へと着いた。入り口で門番をしていた騎士に話し掛け、グラウスに来てもらった。


「もう来たのか?早いな」


「うん。グラウスおじさんに剣を教えて欲しくて」


「ハハ、そうか。良いだろう。だが、毎日というわけにもいかない。私も仕事があるのでな。それでも良ければお教えしましょう」


「分かりました。よろしくお願いします!」


 そう言って、ミーシャはグラウスに頭を深々と下げた。


「うむ。では、ミーシャ、私の稽古は厳しいぞ!」


「はい!」


 こうして、ミーシャの剣術修行は始まった。


 ミーシャの剣術修行初日。

 城内にある訓練場にて。


「今日はミーシャの今の剣術レベルを見る。それが終わったら、私と会えない時の剣術の修行方法を教えよう。今日はそれで仕事に戻る時間になるだろう」


「はい、お願いします」


 ミーシャは元気よく言う。


「では、ミーシャ。今の剣のレベルはどのぐらいだ?」


「分かりません!」


 これも元気に答えるミーシャ。ミーシャは基本、元気な女の子なのだ。


「そうか。じゃあ、試しに木刀で剣を交えるとしよう」


「はい」


 それから各々、木刀を持ち、動きやすいように剣やら鎧やらを外す。


「よし、いつでもいいぞ」


「はい!」


 準備万端の二人が剣を構える。

 最初に動いたのはミーシャだった。

 グラウスに向かっていき、剣を振るう。

 と、数合交えた時、グラウスは思う。

 この子は、ミーシャは天才だと。

 まだ歪な部分もあるが、この年でこの動き。

 グラウスは確信していた。


「四年は持たんかもしれんな」


「はぁ…はぁ…はぁ…」


 少し距離が離れた。堂々と木刀を構えるグラウス。それに対し、肩で息をするミーシャ。


「どうした?もうお終いか?」


「はぁ……ごくり…」


 ミーシャは生唾を飲む。そして、グラウスに木刀を構える。


「まだまだ!これからです!」


「うむ。そうでなくてはな」


 再び二人が剣を構える。

 しかし、ミーシャは構えを変え、腰を下げた。


「これは……!?」


 グラウスはミーシャの構えを見て、ある男のことを思い出していた。


「『合技・焔返し!!!』」


 ミーシャの下段に構えた木刀に赤い炎が宿る。そして、次の瞬間、下から上へと切り上げた。


「くっ……!!!」


 グラウスはその攻撃を遅れながらなんとか受け流した。

 そう、大の大人が、ある男のことを考えていたとはいえ、騎士団長であるグラウスが受け流すことしかできなかったのだ。


「もらったああああああ!!!」


 バランスを崩したグラウスに蹴り飛んだミーシャが上から下に向かって振り下ろした。

 まずい!グラウスはそう思い、木刀を捨て、素手になる。真剣白刃取りをする為だ。

 今は真剣ではない為、そこまでしなくてもいいが、剣が無い時、実戦ではそうするのだ。

 グラウスは木刀では受けきれないと判断したのだ。この少女の猛攻を。

 が、しかし、


「あれ…?」


 彼女の攻撃がグラウスに当たることは無かった。

 木刀が黒い灰になっていたのだ。


「ふう……」


 ミーシャに地面へ押し倒されたグラウスが息を吐く。


「どうやら、どんな技か分かっていないようだな」


「アハハ…はい…」


 気まずそうに笑うミーシャ。


「では、それも教えることにしよう」


「はい」


 それからミーシャはグラウスに剣術の指南を受けた。

 剣の構え方やミーシャの使っていた技の説明などなど。

 気が付けば時間が経ち、時刻はもう夕暮れになっていた。


「おっと、もうこんな時間か。すまないが今日はここまでだ」


「はい、ありがとうございました」


「ミーシャ、君は剣の才能がある。これからも頑張れ」


 グラウスはそう言って、ミーシャの頭を撫でた。


「……っ!?はい!!!頑張ります!!!」


 ミーシャは今日一番の声で嬉しそうに返事をする。


「うむ。では、またな」


「はい!」


 ミーシャは走り出す。と、その時、


「ミーシャ!」


「はいっ!」


 ミーシャはグラウスへ振り返る。


「実は……これを渡すべきかどうか迷ってるんだが……」


「……?」




「はぁ…はぁ…遅くなっちゃった……」


 街の中を走りながらミーシャは教会へと急ぐ。

 空はすっかり暗くなり、街は魔鉱石の街灯によって明るくなっていた。


「どうしよう…エマさんに怒られちゃう…はぁ…はぁ…」


 ミーシャは焦っていた。初日から約束を破る訳にはいかない。晩御飯を一緒に作るという約束をしていたのだ。

 なので、暗くなった街の中、明かりがあるとはいえ、不意に角から現れた人と打つかってしまった。


「あだだ……」


 ミーシャは飛ばされ、規則的に並ぶ石の地面に尻を打つけた。


「おお…すまない。大丈夫か?…何か落としたぞ」


「はい…大丈夫……」


 ミーシャの目には街灯で照らされた赤い髪の女性がいた。

 その女性はミーシャに手を伸ばしている。


「狐さん……?」


 そう言うと、女性の頭の狐耳がピクリと動いた。


「ああ、私は獣人族だからな。狐耳も狐の尻尾もある」


 そう言って、自分の尻尾をゆらゆらと動かす。

 すると、向こうの方から、


「す、素晴らしい……やはり、ここまで来たのは正解だった。出来した、自分!」


 そう言って、ガッツポーズをする不審者の男。


「はぁ……おい、ウェッヂ……」


「なんだい、ヴァイオレッド…?」


 ため息を漏らし、蔑んだ目のヴァイオレッド。それとは対照的にキラキラした目のウェッヂ。それを見ているミーシャ。


「子供にお前は悪影響だ」


「おっと…これは失礼。大丈夫かい?」


「う、うん…」


 ミーシャは不思議そうに二人を見ながら、自分に差し伸べられた二人の手の安全と思う方を掴んで立ち上がった。


「ほらこれ……」


 ヴァイオレッドはそう言って、古く小さな本をミーシャに渡す。


「あ、ありがとうございます」


「もう時間も遅い。家まで送り届けるよ」


「そうだな。バスクホロウは安全だと聞いたが、何処に不審者がいるか分からないからな」


「お前が言うな」


「アハハ……」


 ウェッヂは頭を掻きながら笑って誤魔化していた。


「はぁ……全く…まさか、騎士の馬車に乗って追ってくるとは……」


「でも、そのおかげでここまで早く来れただろ?」


「いや、そうだが……それでお前と一緒に旅することになるのはマイナスが多すぎる……」


 どうやらヴァイオレッドという人が困っているらしいというのはミーシャにも伝わってきた。


「大丈夫。俺の情熱でそれもプラスにしてみせる!愛してるよ、ヴァイオレッド……」


「う、うるさい……!」


 キツい感じで言って、そっぽを向くヴァイオレッド。

 しかし、その顔は赤くなっていた。そして、ゆらゆらと尻尾も揺れている。

 それを見た時、ミーシャは満更でもないのだなと思った。


「おっと……すまない。君の家は何処だ?」


「ミーシャ!私の名前はミーシャだよ!」


 そう言って、ミーシャは胸を張った。


「そうか。では、ミーシャ、君を家まで送るよ」


「うん。この先の教会だよ」


「うむ。分かった」


「ヴァイオレッドって呼んでいいですか?」


「ああ、いいぞ」


「やった〜」


 ミーシャはそう言って、彼女の足に抱き付いた。


「なあ、ヴァイオレッド……俺も抱き…」


「ダメ」


「はい……」


 ヴァイオレッドに食い気味に拒否され、ウェッヂはあからさまに落ち込んでいた。


「さあ、行こう」


「行こう!」


「……」


 それから三人で教会に向かった。

 途中、三人がソラとユリアの知り合いであることが分かった。

 きっかけはミーシャの着けていた白のローブ。

 ヴァイオレッドが『いいローブ』だなと言うと、ミーシャが『ソラとユリアとお揃いだからね』と言うところからだ。

 そこからヴァイオレッドとミーシャは意気投合した。

 途中、ウェッヂも会話に入ろうとしたが、命の恩人だという旨の話を聞いたヴァイオレッドが『困らせるんじゃない!』と少し怒っていた。

 そんな感じで気付けば三人は教会に着いていた。


「あっ!ミーシャ!」


 心配そうな顔をしたエマが三人に向かって走ってきた。


「こらっ!ダメでしょ!?こんな時間まで!」


「ごめんなさい…」


 ミーシャがそう言って頭を下げると、安心したような顔でエマが、


「無事ならいいです。遅くなるならそう言ってから出ていってください。もう、こんなことは無いように」


「はいっ!」


「いい返事です」


 ヴァイオレッドとウェッヂの二人はミーシャとエマの微笑ましい様子を見守る。

 そして、


「じゃあ、私は帰るよ」


「ああ、俺達もここに着いたばかりだしね」


「ここまで送ってくれたみたいで、どうもありがとうございました」


「ありがとうございました!」


 二人は頭を下げて、お礼を言う。


「いや、構わん。これも何かの運命だ」


 そう言って、ヴァイオレッドは微笑んだ。

 と、ここでミーシャがヴァイオレッドに近付いて、


「あの!」


「ん?どうした?」


「……いつまでここにいますか?」


「暫くはいるつもりだが…どうかしたのか?」


「私に……剣を教えてくれませんか!?」


「剣を……?」


「はい、お願いします!!!」


「……」


 ミーシャの真剣な目。ヴァイオレッドはこの目を見て、心を動かされた。


「いいだろう。たまに見てやろう。私も色々やることがあるからな」


「……っ!!!はいっ!ありがとうございます!!!」


「フフッ…私は厳しいぞ?」


「頑張ります!」


「よし。では、本当に今日はさよならだ」


「はい。また今度!」


「うむ。それでは」


「ああ…ちょっと……」


 歩き出すヴァイオレッドにウェッヂは遅れて付いていく。


「なあ、ヴァイオレッド。一緒の部屋をとらないか?その方が安く済むだろ?」


「バカか?お前と一緒の部屋で寝ることになったら子供ができるわ!!!」


 ウェッヂは頭にチョップを食らっていた。

 そんな会話をして、狐と狼は街の方へと消えていった。


「なんか凄い人達ですね…?」


「えへへ。私のこの街でできた友達です!」


 困惑気味のエマと嬉しそうなミーシャ。

 二人はこの後、遅めの晩ご飯を食べた。


 そして、この日の夜、ミーシャは寝る前、号泣した。




 次の日の昼頃。

 ミーシャは城の中に来ていた。

 グラウスに連れられ、とある場所に向かっている。


「城の中なんて初めて入ったな……」


「粗相をするなよ?」


 現在、グラウス、ミーシャ、ウェッヂ、ヴァイオレッドの四人がいる。

 ミーシャはグラウスに呼ばれて。

 ヴァイオレッドは昼になる前に教会に来て、剣を教えることについて色々と相談する為にミーシャを訪れた。

 話を進めていると、どうやらミーシャが城の騎士団長と知り合いだということを知り、誘拐された親友の子供、ヒカリの情報を探すためにミーシャにお願いして連れて来てもらっていた。

 ウェッヂはヴァイオレッドのストーカーだ。一応、ヴァイオレッドの付き添いということになっている。

 ウェッヂは満足そうな顔をしていたが、彼女は少し嫌そうな顔をしていた。


「ここだ」


「……」


 少し歩いて、グラウスが案内した場所。そこは墓地だった。


「アレは読んだのか?」


「はい……」


 一つの墓標の前に四人がいた。

 その墓標には『ダリウス・フィール』と彫られていた。


「俺はコイツに命を救われた。やったことは許されないことだろう。だが、このぐらいのことはしてあげてもいいだろう」


「ありがとうございます……」


 ミーシャが涙を流す。

 そして、懐から一冊の古びた本を手にとった。

 それはダリウス・フィールの手記だ。

 彼の人生の葛藤が書かれたこの世に一つしかない物だ。

 ミーシャはそれを胸に抱き締める。


「……」


「……」


 ウェッヂとヴァイオレッドはなんのことやら分からなかったが、ミーシャの様子を見て黙っていた。

 そうしてあげた方がいいと思ったのだ。


 暫くして、


「もう、大丈夫です」


「そうか」


「よし!これから頑張って生きていこう!」


 ミーシャはフィールに胸を張って生きたと言えるように生きよう、そう心に誓った。


「そうだな。その方がコイツも喜ぶだろう」


「はい」


 ミーシャは今日のことを日記になんと書こうかと思った。


「うむ。では、とりあえず、城の中へ行きましょう。その方がいいでしょう」


「申し訳ない」


「いえ、お気になさらず」


 グラウスとヴァイオレッドがそんな会話をする。

 と、その時、突然、ヴァイオレッドが腰を下げた。そして、狐耳と尻尾をピンと立てて、


「揺れるぞ!」


 そう言って瞬間、大地が揺れた。


「おわっ……」


 ウェッヂは揺れでバランスを崩し、その場に倒れる。

 他の面々は腰がしっかりしているのか倒れることはない。


 暫くして揺れが収まった。


「皆、怪我はないか?」


「はい」


「心配ない」


「大丈夫です」


「うむ。申し訳ないが、これから忙しくなりそうだ。また後日、必ず時間を作る」


「ああ。迷惑をかける」


「では」


 それからグラウスが急いで走って行った。


「凄かったね?」


「俺が経験したことが無い大きな地震だったよ」


「東か……」


 ヴァイオレッドは東の空を見て、そんな言葉を口にした。

 今、世界で何が起こっているのか。

 ミーシャ達がその真相を知る由もなかった。

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機械〈ガラクタ〉人形の勇者〜多種族の仲間たちと絆で魔王討伐!!!〜 くらいね @kleine01203939

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