第17話 亀裂
エルフの森に存在する大樹〈アダム〉から東に数時間歩いたところ、俺達は次の目的地、『風のルーン』に向かう為、サミフロッグ領へと抜けるドゥラーン山脈の洞窟の中を歩いていた。
「ゴツゴツしてて歩きにくいわね」
シャーロットが不満げな声で言う。
ここに来るまで彼女は背中の翼を使い、あまり歩いていない。移動は大体、歩くのが三割、飛ぶのが七割だ。疲れたら歩くみたいな感じだろうか。
ここは洞窟の中なので飛んで移動はできない。なので、必然的に歩いての移動となる。
彼女はとても面倒くさそうな顔をしている。
「こればかりは仕方ないね。外にはドラゴンがいるし、また戦うのは嫌でしょ?」
「私だけならぴょぴょいって行けるんだけどね……まあ、いいわ。我慢しましょう」
現在、洞窟の幅的に縦に一列で並んでいる。
先頭はユリア、真ん中をシャーロット、最後尾が俺という隊列を組んでいる。
つまり、俺の前はシャーロットなのだが、気になってることが二つある。
一つは背中の翼だ。
黒く艶のある二つの翼。それほど大きくはないが、大きさの割に力があるようで、飛ぶ時はパタパタとばたつかせて飛んでいた。
まあ、今は小さく折り畳んでいるようだが。
そして、もう一つはシャーロットの尻尾だ。
尾骨辺りから生え、ゆらゆらと歩くのに合わせて左右に揺れている。
尻尾の先がスペードのような形をしていて、俺の目を引く。
俺にないものなのでこれらは実に興味深い。
そう、興味深かった。気になってしまった。触ってみたくなってしまった。
俺の好奇心が止まらなかったのだ。大丈夫、シャーロットは少しぐらいなら触っても許してくれる。
そう思い込んで、シャーロットの尻尾の先端、スペードの先の部分を優しく摘んだ。すると、
「はぁぁんっ……?!」
卑猥な声を発して、体をビクッとさせるシャーロット。
ヤバい。
俺は直感でそう思った。
しかし、ぷにぷにとした柔らかい感触が心地良く、尚も触ってしまっている。
「ちょっ…と……どこ…さわっれんろよ……」
呂律が上手く回っていない。そして、力が抜けるようにその場に座り込んでしまった。
そこで俺はハッとして手を離す。やってしまった。そう思った。
「ちょっと?なにやってるの?」
そう言ってユリアがこちらに近づいてきた。
「いや……」
俺は何か言おうとして、口を紡いだ。
これは俺が悪い。今もシャーロットは座り込んでいる。
「あんた……」
と、座り込んでいたシャーロットが震えた声で言う。
俺が彼女の方を向くと、全身を細かく震わせていた。
そして、俺の方に顔を向けると、ギロっと睨み付けた。その目の端には涙が溜まっていた。頬を赤くしていたが、その顔はかなり怒っている。
謝らなければ。
そう思った時には遅かった。
「淑女になんて声出させてんのよ!!!」
そう言って右拳を俺の顎にヒットさせた。
視界が揺れる。それだけじゃない。俺は後ろの壁の方まで殴り飛ばされていた。
あの華奢な体のどこにこんな力があるのだろうか。やはり、魔人という種族がこうなのだろうか。
そんなことを思っていると、後ろから衝撃がきた。壁に当たったようだ。痛い……。
脳が揺れているのを感じる。視界がぐにゃぐにゃしている。
「全く……調子に乗るんじゃないわよ!」
「すみません…でした……」
「ああ……」
怒りのオーラが漏れ出しているシャーロット。謝る俺。そんな二人を見て戸惑うユリア。
「これだから雄って生き物は……年中発情期なのは機械でも同じみたいね」
あれ…?俺、自分が機械だって言ったっけ…?ユリアが話したんだろうか?
「ユリアも気を付けなさいよ?いつ襲ってくるか分からないんだから」
「……まあ、たまに変な時もあるけど、ソラは大丈夫だと思うよ。今までも二人で野宿したことあるし……」
ユリアが俺の味方をしてくれた。ありがたいが、一度、裸の背中を見てしまったことを思い出して、胸が痛い。
「ダメよ!そうやって安心させたところで襲うんだから。気を付けなさい?」
「う、うん……」
ユリアは困った顔で返事をしていた。
それから、隊列に変更があった。
『淑女の大切な部分を襲う変態』という不名誉なあだ名を付けられた俺が先頭。真ん中をユリア。シャーロットが最後尾という編成だ。
俺は罰として、明かりと先頭で敵と戦う仕事を与えられた。
ユリアが『明かりぐらいは私がやるよ』と言ったが、シャーロットは『ダメよ。罰は罰だわ。まだ一緒にいれることを感謝することね』と言って、ユリアの案は却下された。
今回は俺が悪いので、素直に彼女の言葉に従うことにした。
それからの道中、俺は一生懸命戦った。汚名返上するべく、道中の魔物は俺が倒した。
遭遇した魔物は『フェイク・ストーンタートル』『ストーントレント』『スコップモグラ』の三種類だ。
『スコップモグラ』は前に戦ったことがあるので、特に問題ない。
『フェイク・ストーンタートル』
こいつは岩に擬態して、近くを通った者を不意打ちで襲う亀の魔物だ。
鋭い爪を持っており、それを使って、上手く体を回転させ突っ込んでくる。
しかも、こいつは土の初級魔法を使う。体も岩でできているため固く、厄介な魔物だった。
『ストーントレント』
こいつも岩に擬態している木の魔物だ。
途中、何度か外に出ることがあったのだが、こいつらは密集して一つの大きな岩に擬態する。
一回、近づいた岩が数体の『ストーントレント』だった時は焦った。
その時はユリアもシャーロットも戦闘を手伝ってくれた。
お礼を言うと、シャーロットが満足そうにしながら『分かればいいのよ、分かれば』と言ってきた。ユリアはそれを笑いながら見ていた。
そんなことがあって、夜になった。
俺達は洞窟から出て、外で野営することにした。前にした時は、蒼龍が来たので、そうならないよう祈りながら。
「一日中歩くと疲れるわね〜」
そう言いながら、石に座り、足を伸ばしているシャーロット。
「確かに、普段歩いてないと疲れるかもね」
途中で倒した『ストーントレント』の薪に火を付けながらユリアが言った。
「ちょっとあんた、私の足を揉みなさいよ」
「ええ……」
うちの魔人様はマッサージをご所望のようだ。
「なに?文句あるわけ?」
「いえ……」
シャーロットの鋭い視線に俺は渋々、マッサージをやることにした。これは仕方のないことだからと。
俺は彼女に近づき、足を揉める位置で座った。
「じゃあ、よろしく」
「あいあいさ〜」
俺はまず、彼女の靴を脱がせた。
そして、黒い靴下の上から足の裏をマッサージをしていく。
「ふう〜…中々気持ちいいわね〜……」
彼女は満足そうな顔をしている。
それから両方の足裏のマッサージを終え、ふくらはぎに移っていく。
と、ここで、俺はあることに気付いた。気付いてしまった。
視界の上の方に黒い何かがスカートの奥にあることに。
気付かれたら俺は終わるだろう。シャーロットに死ぬまで追われ、ユリアには軽蔑の目で見られる。
平常心だ。こういう時は、いつも通りにするのが一番だ。俺はなにも見ていない。いいな。
俺は自分に言い聞かせ、マッサージを続ける。
それから暫く続けても、彼女に気付いた素振りはない。バレていないようだ。助かった……。
「そういえば、アイツら無事に着けるかしら」
「あ、アイツらって?」
俺は一瞬ビクッとしたが、いつも通り返事をした。
「バスクホロウの騎士達よ。一応、操られている時の記憶もあるからそのまま帰ったと思うんだけど……」
エルフの森を出立する時、シャーロットが騎士達を集めて色々説明した後、洗脳を解いた。
実際は俺達と離れてから数時間後に洗脳が解けるようにしたらしいので、見てはいないのだが、まあ、そこはシャーロットを信用しよう。信用は大事だ。
「大丈夫だろう。俺達のことも伝えたし、きっと無事にバスクホロウに帰れるさ」
「まあ、仮にも騎士だしね」
そう言って、シャーロットは上の方を見ていた。
「よし、ご飯できたよ!」
ユリアが俺達に声を掛けた。
「おお」
「お腹空いてたのよね〜」
なんとかバレなかった……。
俺は内心、ホッとした。
が、しかし、ユリアの次の一言で冷や汗が出た。
「シャーロット、その体勢だと中のヤツ、見えちゃわない?」
「えっ……?!」
シャーロットは一瞬でスカートを押さえる。俺も動揺を抑える。ユリアには発言を抑えて貰いたい。頼むから。俺の信用が無くなってしまうから。
「ねぇ……あんた……」
そう言って、ゆっくりと立ち上がりながら、ポキポキと指を鳴らすシャーロット。いや、シャーロット様。
お、お、お、落ち着け。まだ、なんとかなる。平常心だ。
「なんだ……?」
「とぼけるんじゃないわよ……あんた、見えてたでしょ?」
これからの発言で俺のこれからの人生が大きく変わる。慎重に返事をするんだ。
「見えてたって……なにがだ?」
「なにって!パンツよ!パンツ!私のパンツ見たかって聞いてんのよ!」
俺の目の前に怒りの形相をするシャーロット。目の直ぐ前に彼女の真紅の目があり、詰められている。
「見てないよ?」
短い言葉だが、喉が渇き、唇が乾燥しているのを感じる。
「ふ〜ん……今ならまだ間に合うわよ?」
彼女の言葉に俺は迷う。言うべきだろうか。
彼女は真紅の目を輝かせながら、俺を見ている。まるで、俺の目の奥に何か書いてあるのを確かめるように。
「我は寛大だ。大抵のことは許してやる。が、嘘はダメだ。嘘をつく者には罰を与えなければならない。さあ、正直に言え。見たのだろう?」
「見てないです……」
俺は彼女から目を逸らしてしまった。だって、我って言ってるし。絶対、許してくれないじゃん。
「はいはい。ソラは見てないって言ってるし。ご飯食べるよ」
「いや、でも……分かったわよ……」
ユリアが俺達の間に入って言うと、シャーロットは不貞腐れながら離れていった。助かった。後でユリアにはお礼を言おう。
それからご飯を食べた後、俺とユリアが見張りをする時に彼女にお礼を言うと、『本当は見えてたでしょ?ダメだよ?そんなことしちゃ』と言われた。
わざとではないんですが……すみませんでした。
ユリアには頭が上らない。
それから三日後の昼頃。
俺達は迷ったり、魔物と戦ったりと、色々あったが、無事にドゥラーン山脈の洞窟を抜けた。
思ったより時間が掛かってしまったが、仕方ないだろう。誰かが大怪我するよりマシだ。
「やっと、終わったわ〜。これで飛んで進めるわね…」
シャーロットが伸びをしながら言った。
思い返すと、魔物は出たが、盗賊は出なかったのでよかった。
ここからはサミフロッグ領だ。
ひとまず、南下してサミフロッグ王国を目指すことになっている。二週間から三週間ぐらい掛かる予定だ。
「サミフロッグ王国目指して行きますか」
「うん」
「ええ」
俺の言葉に二人が返事をした。仲間って感じだ。
俺は自然と嬉しくなった。
と、次の瞬間、いきなり大地が大きく揺れた。立っていられないほど大きな揺れだ。
「うわぁっ!」
「おおお!」
「きゃあっ!」
俺達は体勢を崩し、倒れ込みながらなんとか収まるのを待つ。
それから暫く揺れていたが、ようやっと収まった。
「かなりデカい地震だったな」
「ええ」
「二人とも、怪我はないか?」
「大丈夫よ」
と、ユリアの返事が無い。そう思って、俺はユリアの方に顔を向けた。
すると、彼女は驚愕した表情をして、口をぱくぱくさせながらある方向を見ていた。
俺は不思議に思い、その方向に目をやる。
俺達から東の方向の遥か上空。そこには、大気に大きなヒビが入っていた。国の領土一つと同じかそれ以上の大きな亀裂が。
「なんだ……これ……」
俺はそれを見ながらそんな言葉を漏らした。
それはどう見ても、誰が見ても、世界に何かが起こると思わせるに足る不気味なものだった。
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