第16話 魔性の小悪魔(後編)
目の前に降り立った二体の蒼龍。
青い鱗に全身を覆われたその体は蒼龍という言葉がよく似合っている。
「キ”ャ”ア”ア”!!!」
こちらを威嚇するように両翼を広げて胸を張る。
「もう、どうなってるのよ!」
シャーロットが地団駄を踏む。
どうなってるって俺が聞きたいよ。
現状は蒼龍が目の前に二体。そして、ユリアが謎の光を左手の甲から放っている。更に、シャーロットは俺達と横並びになるように立っている。
構図は三対二に見えるだろう。実際は、二対二対一なのだが。
「今のうちに騎士達を逃さないと」
「フン」
騎士達の方を見ると、石の檻が崩れていた。そして、この場から離れるように走っていく。
「あんた達、蒼龍に目を付けられてたみたいね?」
「どうやらそうみたいですね」
「……?」
俺はシャーロットとユリアの会話を聞いて、目の前にいる蒼龍を見る。
一体は前に見た個体より全体的に硬そうな、とげとげした印象を受ける。体も一回りぐらい大きいだろうか。
一方、もう一体は前に見た蒼龍のイメーシそのままだ。
と、よく見ると足に傷がある。ユリアが氷魔法で傷を付けた場所と同じだ。ということは、コイツは前の蒼龍だろう。
つまり、追ってきたということか?執拗に追ってくると聞いていたが、まさかこれ程とは。
「コイツら番ね。見た感じ、雌がちょっかい掛けられて雄も出てきたって感じかしら」
そうなのか。確かに、そう言われたらそんな感じだ。デカい方が前に出ている。雌を守っているのだろうか?
「今までここにドラゴンが降りてきたことは無かった筈。もしかしたら、『大樹アダム』や『光のルーン』が関係してるのかも」
「そうかもね。で?どうすんのよ。蒼龍からは逃げられないわよ?まあ、あんた達を囮にすれば私は逃げれるでしょうけど」
得意げな感じで言うシャーロット。それを俺達の前でわざわざ言うかね。
「ユリア、どうする?」
「闘うしかないと思う。逃げ切れないだろうし」
「そうか……」
俺は再び蒼龍に向き直る。コイツらはやる気満々のようだ。口から炎が漏れ出している。
「クク。そんな貴様らに朗報だ。我も手伝って進ぜよう!」
シャーロットが腕を組み、威丈高に言う。
いかにも怪しい。コイツが何を考えてるのかよく分からん。だが……。
「どうせ、逃げ切れないから俺達と一緒に戦うってとこだろ?」
「なっ…!?ち、違うわい!!!私が本気出せばコイツらなんか一撃だっての……」
威風堂堂な態度とは裏腹に、消え入りそうな声で言う彼女はいじけている少女だ。
「来るよ!」
ユリアの声で俺は警戒する。
蒼龍は首を上に持ち上げ、溜める動作をしている。
ブレスか、それとも火炎弾か、どちらかは分からないが来る!
次の瞬間、火炎弾が放たれた。それも二つ連続で。
「くっ……『ハイネス…』」
と、ユリアが守護魔法を発動しようとした時、そのユリアの前に出る者がいた。
「『ハイネス・マジックバリア!』」
その魔法を発動すると、俺達を囲うように円形のバリアが張られる。
そして、蒼龍の火炎弾と薄い紫色のバリアが打つかる。
「フフン。これで貸し借り無しよ?」
ニヤリと自慢げにコチラを見る。
シャーロットが俺達を守ってくれた。よく分からんが助けられたようだ。
「『ダークライトニングボルト!』」
そう言うと、シャーロットの指先から黒い稲妻が二体の蒼龍に向かって放たれた。
「「キ”ャ”ア”ア”!!!」」
体を痙攣させる蒼龍達。どうやらかなり効いてるらしい。
「私がいる時に現れたのが運の尽きね」
本気を出せば一撃という言葉は案外、本当なのかもしれない。俺は彼女の魔法を見てそう思った。
「私が雄のデカい方を相手するから、あんた達は小さい雌の方を相手しなさい」
「……なんでお前が俺達に命令するんだ」
「うっさいわね!ごちゃごちゃ言う男は嫌われるわよ」
「はぁ…?!なんだそれ……」
よく分からん奴だな。
「ソラ、今は協力して蒼龍を倒そう」
「……ああ……分かった」
俺は渋々返事をする。
確かに、一緒に蒼龍を倒してくれるって言うなら有難くはあるが……でも、シャーロットが俺達に手を貸す理由が無くないか?
そんなことを考えていると、蒼龍達の痺れが解けたようだ。翼をバタつかせている。
「じゃあ、小さい方は任せたわよ!」
彼女はそう言って走り出す。
そして、背中の翼をバタつかせて空へと飛んだ。すると、それを追うように雄の蒼龍が飛び立つ。
「私達はこっちの蒼龍を」
「ああ」
結局、雄の蒼龍をシャーロットが、雌の蒼龍を俺とユリアが相手することになった。
「キ”キ”ャ”ア”ア”ア”ア”!!!」
蒼龍が咆哮で威嚇する。
いいだろう。あの時の続きといこうじゃないか!今度は逃げる場所は無い。
どちらかが先に相手を殺すまで続くだろう。
もっとも、この蒼龍が逃げ出したら追うつもりは無いが、わざわざここまで来てそれは無いだろう。
「やろう!」
「うん!ふぅ……『エターナルブリザード』」
深呼吸をしたユリアの先制攻撃。
前に蒼龍の足を傷付けた魔法だ。地面を凍らせつつ、氷柱が地面を伝っていき、蒼龍へ迫る。
すると、蒼龍はブレスを放つ体勢だ。前回、飛んで避けようとして失敗したのを覚えていたのだろう。
そして、蒼龍は口からブレスを放った。
氷と炎が打つかる。物凄い量の水蒸気が辺りに広がる。濃霧だ。
それを守るように俺は腕を顔の前で構える。辺りがよく見えない。
「ユリア、大丈夫か?」
「大丈夫!」
俺の近くでユリアの声が聞こえた。恐らく、移動はしていないのだろう。俺も同じ場所にいる。
「今、霧を払うね。『サイクロン』」
ユリアの声がした後、物凄い勢いで霧を吸い込む竜巻が現れた。それによって、辺りの霧が無くなる。しかし、
「……っ?!蒼龍は!?」
辺りを見てもどこにもいない。蒼龍が消えた。
「……」
「……」
俺とユリアは警戒する。
と、その時、上空から風を切る音が聞こえる。俺は急いで上を向く。
そこには蒼龍がいた。翼を折り、急降下をしながら、物凄い勢いで、打つかる前提のような速度で俺に向かってくる。
「ヤバい!」
俺は咄嗟に横に飛ぶ。しかし、蒼龍はそれを見ると、翼を一回バタつかせ軌道修正した。
そして、次の瞬間、蒼龍は足の鉤爪を使って俺を突き刺そうとする。
それをギリギリで避けた。なんとか地面を蹴り、蒼龍に掴まるようにして。
「キ”ャ”ア”ア”!!!」
「おお、ああ”あ”あ”!!!」
暴れ出す蒼龍。翼をバタつかせたり、ジャンプして振り払おうとしたりしている。
「ソラ!!!」
ユリアの心配そうな声が聞こえるが、返事はできない。しがみ付くので精一杯だ。
と、途端に動きが収まった。
「助かった、ああああああああ!!!」
蒼龍が空に飛び立った。どうやら、飛ぶ準備をして一瞬、暴れるのを止めたらしい。
ふと、下を見ると、地面が遥か遠くにあった。落ちたら死ぬ。俺は直感でそう思った。
「キ”ャ”ア”ア”!!!」
蒼龍は嫌そうな声を発しながら、俺を振り落とそう暴れる。
マジでヤバい!
俺の捕まる手に力が入る。
「暴れるな……」
しがみ付きながら言う。すると、それに応えるように蒼龍は咆哮する。
と、ここで俺は視界の端にもう一体の蒼龍の姿を見た。そして、その近くにシャーロットもいるようだった。
蒼龍の炎のブレスを躱し、何かの魔法で反撃しているようだ。彼女に助けてもらうか?いや、無理だろう。あっちの蒼龍で手一杯な筈だ。
じゃあ、どうする。コイツに降ろして貰えるような方法は何かないか…………いや、ある。危険だが、やってみても良いかもしれない。
そうと決めたら俺の行動は直ぐだった。
まずは、全身に青い炎を纏わせた。今までで一番大きな青い炎な気がする。これが相手に傷を負わせられるものだったら話が早いのだが、その場合は俺にも傷が付いてしまうだろう。とにかく、今はそんなことよりだ。
次に俺は魔力を使い、青い炎の周りに纏わせる。魔法の属性は雷属性。あまり得意な属性では無いが、今回はそれでいい。弱い威力なのが好ましい。
俺は魔力を雷に変えた。
すると、次の瞬間、
「キ”ャ”ア”ア”ア”ア”ア”!!!」
蒼龍が悲鳴を漏らす。大きく暴れてなんとか俺を振り落とそうとする。
しかし、俺はがっしりしがみ付いて離れない。
やがて、体が痙攣し始めたのか、蒼龍はどんどん高度を下げていく。作戦通りだ。
制御ができなくなった蒼龍はそれからも徐々に地面へ降りていき、そして、落ちるように地面に着地した。
俺はその衝撃で蒼龍から飛ばされた。なんとか空の旅を生還した。無傷だったのは奇跡だろう。
「大丈夫!?ソラ!」
ユリアが走って俺のところまで来た。どうやら落ちたのを見て、こっちまで走ってきたのだろう。
「ああ、大丈夫だ……ここは?」
「ここは大樹の近くの開けた場所だよ。ここで木の伐採をして、薪にしてたんだ」
そう言われて辺りを見渡す。確かに切り株が幾つもある。そして、俺の正面の延長線上に大樹が見える。多分だが、エルフの村と大樹の間ら辺にいると思う。
「しかし、大変な目にあった……」
俺は埃を払うような動作をしながら立ち上がる。
「本当に……無事で良かった……」
ユリアは安堵した表情だ。
と、痺れて動けなくなっていた蒼龍がなんとか立ち上がろうとしていた。
「まだ動くのか……!?」
「ドラゴンと呼ばれる種族は生命力が高いから。でも、ここでトドメを」
そう言って、ユリアは杖を蒼龍に向ける。少し、可哀想な気もするが、これも弱肉強食の世界だ。それに手加減して、こっちがやられたんじゃあ、目も当てられない。
「ふぅ……『ライトニング…」」
と、ユリアが魔法を発動しようとした瞬間、俺達の目の前に蒼龍が現れた。雄の蒼龍だ。
「ったく……いきなり逃げたかと思えば…」
少し遅れてシャーロットが俺達の前に降り立った。
「どうやら上手くやったらしいわね」
「ああ」
「キ”キ”ャ”ア”ア”ア”ア”!!!」
雄の蒼龍は咆哮で威嚇する。雌を守るように前に立ちながら。
「あんた達もタフね。それだけ傷を負ってまだ、やるつもりなの?」
雌の蒼龍はなんとか立ち上がった。再び三対二の構図だ。
しかし、二体の蒼龍は体に傷を負っている。全体的にボロボロだ。特に雄の方が酷く、片目に傷があり、閉じている。また、翼にも前には無かった穴が幾つか空いている。
「これ以上時間を掛けてだらだらやっても疲れるだけでしょう」
そう言うと、シャーロットは右手を上に挙げた。そして、
「一撃で消し炭にしてあげるわ。安らかに眠りなさい!『ダークエンペラー』」
そう言うと、シャーロットの右手に黒い球ができていく。黒い稲妻のようなものをパチパチ弾けさせながら、どんどんその大きさを膨らませていく。
そして、俺達の頭上を裕に覆うほど広がり、ようやっと収まった。
それは、俺が見た魔法の中で一番強いと確信した。魔力の圧のようなものが明らかに違ったからだ。
「神級魔法……」
ユリアの口からそんな言葉が聞こえた。彼女を見ると、汗をすぅっと垂らし、緊張しているように見える。
彼女もこの魔法の圧のようなものを感じているのだろう。
「は”ぁ”あ”あ”あ”!!!」
次の瞬間、シャーロットが上に挙げた右手を動かす。
すると、それに呼応するように蒼龍達は火炎弾を放った。
それからシャーロットは右手を蒼龍達に向ける。そして、魔法を放った。その瞬間、
「わ”ぁ”あ”!!!」
シャーロットの前を白く光輝く何かが通った。
いきなりのことでなんだ?!と思っていると、
「ヤバッ!」
そんなシャーロットの焦った声が聞こえた。
何かと見てみれば、放った魔法が軌道を少し上にズラしていた。それだけじゃない。さっきまで完璧な丸の球体だったそれが、不安定そうにして今にも破裂しそうだった。
「…っ!!!」
俺は気付けば走り出していた。
何故、走り出したのか。俺はこの不安定な魔法を見た時、ふと思い出したのだ。
ユリアが言っていたことを。バスクホロウで魔法の練習をしている時、彼女は言った。
『魔法は暴発して爆発する』
そんなことを言っていた。
だがら、俺は爆発すると思って走り出した。彼女を、シャーロットを守ろうとして。
何故、彼女を守ろうとしたのだろうか。ただ、自然と足が動いた。それは間違いない。だから、なんとなくといえばなんとなくだ。
だが、俺は過去を振り返る。
俺が危険を冒してまで走る理由があったんじゃないか?気付かない間に、何か無意識のうちに彼女を守るに足る理由が…………。
俺は走りながら考える。そして、分かった。どうして俺は走るのか。
彼女は一度も俺を殺すとは言っていない。もちろん、ユリアのことも。
彼女と会ってから今まで、戦わせることはあれど、命に危機が及ぶようなことはしていない。
それが”まだ”なのかどうかは俺には分からない。もしかしたら、これから殺される可能性はある。
でも、彼女はいつでも俺達を殺せた筈だ。こんな魔法を使える奴が俺達を殺せないとは思えない。
そもそも、なんで俺を操らない?操れない理由があるからか?
それから彼女は怒った時も許してくれた。俺が彼女の容姿を見ている時も、魔王に様を付けなかった時も、少し怒るぐらいで直ぐ許してくれた。
そして、こんなに居丈高にしているのに、”お前”と呼んでも一度も何も言ってこなかった。
彼女は明らかな時間稼ぎにも付き合ってくれた。色々と話してくれた。
彼女は偉そうにしている時は自分を”我”と言い、他の時は”私”と言う。
彼女の中で何か考えが、ルールみたいなのがあるのかもしれない。
…………いや、多分、そうじゃないな。彼女は自信が無いんだ。
一人称を我にしたり、偉そうな態度をとったり、なんとか自分を大きく見せようとしているんじゃないか?
だからなんだと言われそうだが、彼女は心優しい、見た目通りの少女なんじゃないか?
たとえ、魔人だとしても、そんな彼女を守るのに理由はいるか?いや、要らない。
彼女が魔人だからと差別はしない。拒絶はしない。
俺はこの旅の中でユリアに教えてもらったんだ。受け入れてもらえることの嬉しさや温かさを。
大丈夫だ。なんとかなる。この少女はそんな気がする。
俺とユリアを蒼龍から守ってくれた彼女を今度は俺が助ける。俺だけ彼女に恩返しできてないからな。
シャーロットなら大丈夫だ。
俺はこの一度も目を合わせてくれない実は心優しい、素直になれない少女を助ける。それでいいんだ。自分を信じろ!!!
「っ!?どうして……」
「お前を助ける!!!」
そう言った瞬間、蒼龍の火炎弾がシャーロットの魔法に打つかった。
すると、不安定だった黒い球体は弾けるように大爆発した。
「ソラ!!!」
ユリアの声が聞こた。ユリアは大丈夫だ。そこそこ離れてるし、魔法でなんとかできる筈だ。
俺は自分のことに集中しろ。
この爆発にも耐えられる炎。できれば使わない方がいいと思った能力。でも、今回はあの時とは違う。
『カオス・コアドライブ』、『殺意』の青い炎じゃない。
もっと、温かい、人を守るための青い炎。
『慈愛』の青い炎だ!
「『ロード・コアドライブ!』」
俺の全身に青い炎を纏わせる。そして、シャーロットを守るように抱き締める。
「わぁっ!?」
俺は青い炎で包みながら、白くなる視界の中でシャーロットの真紅の目と初めて目が合った。
★ ★ ★ ★ ★
どのぐらい目を瞑っていただろうか。数分の気もするし、数時間の気もする。少し体が怠い。
と、頭の後ろ側に柔らかい感覚がある。なんだろうか。
それだけじゃない。ほのかに香る花のようないい香りもする。安心する匂いだ。
俺はこれをどこかで嗅いだことがあった気がする。
と、ここで目を開ける。
俺の目にはユリアが写った。山越しにユリアが心配そうな顔をこちらに向けている。
「っ……!?ソラ!」
ユリアは心配そうな声音で言う。
どうやら俺はユリアに膝枕されていたようだ。
俺は心地のいい感覚を惜しみながら体を起こす。
すると、焚き火を隔てて、ちょこんと三角座りをする一人の少女がいた。シャーロットだ。
「どうやら無事みたいね」
彼女はホッとした表情をして、そう言った。
「お前こそ、怪我はないのか?」
「あんたのおかげでね」
そうか……ならよかった。助けた甲斐があったってもんだ。
しかし、それにしてはシャーロットは浮かない顔をしているように見える。
もしかして、怪我をしたけど、それを隠しているのだろうか。
だとしたら、変に気を使わせているのだろうか。
「ソラが気を失ってからずっと心配してたんだよ。彼女」
「そうなのか?」
そう言われてシャーロットの方を向く。
すると、照れくさそうにプイッとそっぽを向いてしまった。
「余計なこと言うんじゃないわよ」
「そうだね。余計だったね」
口を尖らせて言うシャーロットと微笑みながらそれを見るユリア。
まるで、拗ねた子供とそれをあやす母親のような感じだ。俺も自然と笑みが溢れる。
「なに笑ってるのよ!」
「ごめんごめん。別に馬鹿にしてるとかじゃないんだ」
「…あっそ!」
シャーロットがまたそっぽを向いてしまった。怒らせてしまったか?
そう思っていると、後ろにいたユリアが俺の隣に、焚き火に車座になった。
「でも、ソラがいきなり走り出すからビックリしたよ。しかも、暴走した魔法から彼女を庇うようにするしさ?」
「ああ」
確かに、驚かせてしまったかもしれない。ユリアには悪いことをした。
「悪かったな」
「ううん。無事だったからよかった……」
そう言ってユリアは微笑んだ。
彼女はよほど心配してくれたのだろう。そう考えると、少し胸が痛くなる。
「そういえば、俺が気絶してる間に何かあったか?」
それからユリアに俺が気を失った後のことを聞いた。
俺がシャーロットを庇ってから直ぐに暴走した魔法が爆発した。
ユリアは魔法を使って自分自身を守った。
しかし、俺は爆発に巻き込まれて、正直、ダメだと思ったらしい。
だが、俺は爆発の勢いで吹き飛ばされながらも、なんとか青い炎で事なきを得たらしい。
それからユリアは急いで俺に駆け寄ると、抱きしめられていたシャーロットが這い出るように腕から出てきた。
それに少し躊躇っていると、シャーロットは心配そうに俺の体を優しく揺すっていたらしい。
少し嬉しくなり、「そうなのか?」と彼女に聞いてみると、「うるさい!」と怒られてしまった。ツンデレ?というやつだろうか。
どうやら俺の傷はかなり大きかったらしい。ユリアが近づくと、全身にかなり重症の火傷があったそうだ。
しかし、どういう訳か青い炎が全身を包むと、見る見るうちに火傷が回復していき、氷の槍による足の傷なんかも癒えて無傷の状態になったということだ。
これが新しい力の能力なのだろうか?『再生』の能力。かなり強いだろうが、一応、回復魔法もあるし、物凄く特別という感じもしないが。
まあ、それはいいとして。この『再生』の能力だが、どうやら触れた相手にも効果があるらしい。
シャーロットのちょっとした擦り傷も何事も無かったように元通りになったということだ。
ということは、戦闘ではあまり使えないだろう。俺は接近戦をするからな。
「あんたの能力は見たことが無いわ」
「まあ……だろうな」
これは俺だけの特別な能力だ。しかし、色々な能力があるんだな、この青い炎は。
今のところ『殺傷』と『再生』の二つの能力って感じか?でも『カオス・コアドライブ』は暴走した時ぐらいしか使えないからな…。まあ、多分、無理に使っても今なら火傷ぐらいさせられるようになっていると思うが……。
と、俺はここであることを思い出した。
それは、白い光についてだ。
シャーロットが構えているところに白い光が横切った。だから、彼女は魔法の制御ができなくなり、結果として、魔法を暴走、爆発させてしまった。
「そういえば、白い光がシャーロットの前を横切った筈なんだけど、あれはなんだったんだ?」
そう言うと、シャーロットが俺を一瞥して、直ぐに焚き火に視線を戻して言った。
「アレは精霊よ」
「精霊……?」
「この世界にはたまに生まれるのよ。意思を持った実体を持たない精霊と呼ばれるものが」
精霊……俺が知らない単語だ。世界には俺の知らないものが多くある。
「それで、その精霊がなんで今ここにいるんだ?」
そう言うと、シャーロットはユリアに視線をやった。それに釣られるように俺もユリアに視線をやる。
「理由は分からないけど、目的は分かったわ」
「……」
ユリアは少し罰の悪そうな顔をしている。
と、その時、左手の甲が光り出した。
そうだ、これもよく分からない。これはなんなんだ?それに、なんで洗脳されていたユリアはそれが解けたんだ?この光っている紋様に関係あるのだろうか?それとも、精霊の方か?
そう考えていると、ユリアの体から白い光の何かが出てきた。
「えっ……!?」
「どうやらその子は彼女に用事があるみたいよ」
「なんか……そうみたい……」
「どゆこと……?」
「私が聞きたいわよ……」
俺もシャーロットも似たような反応だ。戸惑っている。というか、ユリアも戸惑っている。何がどうなってんだ?
「詳しいことは分からないけど、なんか気に入られたというか……私の中に棲みついたというか……」
ユリアがそう言うと、白い精霊はユリアの周りを回っている。なんかコイツの表現によっては意思疎通ができそうだ。
そう思っていると、挨拶は終えたと言わんばかりにまたユリアの体に入っていった。大丈夫なんだろうか?爆発とかしないよな?
と、白い精霊が消えると、それと同時にユリアの左手の甲の光も無くなった。
「ああ……つまり……どういうことだ……?」
「さ……さあ……」
困惑する俺達。それとは裏腹に、シャーロットははぁとため息を吐くと、言った。
「精霊はあなたを主人と決めたらしいわね」
「私が……?」
「そう」
困惑するユリア。
「そして、その左手の紋様は世界を救う定めにある者に現れる証よ」
「世界を救う……」
ユリアは自分の紋様に目を向ける。なんかの花びらみたいな模様のようだ。
「二千年前にもその紋様を持った奴と会ったことがあるわ」
二千年か……つまり、シャーロットは二千年は生きているってことになる。随分、長生きだ。魔人という種族がそういうものなのだろうか?
「因みにその人物は……?」
「私があったのはエルフよ。ブリキッドという名前ね」
またブリキッドか。最近、よくこの名前を耳にする。
「そう……やっぱり、同じ血が流れてるから選ばれたのかな…」
ユリアが自嘲気味に言う。何か思うところがあるんだろうか?
「同じ血……?ああ…そう言われれば確かに似てるわね、あなた」
「ブリキッドは私の曽祖母の双子の姉なの…」
「ふ〜ん……まあ、あなたが何を思っているのか知らないけど、血なんて関係無いわよ…」
今度はシャーロットが少し自嘲気味に言った。前は、自分は魔王に選ばれた家系の一つでって言ってたけど、本当はこっちが本音なんだろうか。
「あなたはあなた。私は私よ。血統は関係無いわ。あなたはどうやらブリキッドが選ばれたから自分も選ばれたって思ってるみたいだけど、それだけじゃあ、世界を救う者として、この世界に選ばれることは無いわ。何かあなたにしかできないことがあるのよ。きっとね」
「私にしかできないこと……?」
「そう。例えばさっきの精霊だってそうよ。あなたは精霊に選ばれた。なんの理由も無しに、精霊が人を選ぶことは無いわ。少しは自信を持ちなさい?」
「う、うん」
堂々としているシャーロットにあっけらかんとしているユリア。
なんか、さっきとまるで逆の立場になってるな。これだとシャーロットが母親でユリアが子供だ。
二千年生きた魔人の少女と長寿のエルフ、十八歳。面白い組み合わせだ。もう一人は機械だしな。
「……?なんで笑ってんのよ?」
「いや、なんでもない」
「あんたのその笑顔は気に食わないわね。なんか、馬鹿にされてる気がするわ」
「そんなこと無い」
「本当かしら…?昔そんな顔をした人に馬鹿にされ……」
と、そこで大きな腹の虫が鳴った。
当の本人は、真紅の目の色と同じぐらい顔を赤らめている。耳まで真っ赤にし、尻尾をピンと立てている。
しかし、コホンと一つ咳払いをして、顎を上げると居丈高に言い放った。
「わ、我は魔人。故にこれは仕方のないことなのだ。消費が激しいからな。故にこれは仕方がないのだ」
シャーロットは自分に言い聞かせるように言っている。声も上擦っているところを見ると、よほど恥ずかしかったようだ。
「せっかくだし、みんなで蒼龍の肉でも食べようか」
「お、おお」
「うむ。よかろう」
シャーロットが偉そうにするのは何かを隠す時の癖みたいなもののようだ。
それから俺達三人は蒼龍の肉を焚き火で上手く焼いて食べた。
爆発の影響で黒ずんでいたり、灰になっていたりしたが、それでも美味しかった。
少し筋肉質で硬い感じだったが、癖になる味ってやつだ。
結局、蒼龍の肉を二体分、完食した。主にシャーロットが。
どうやら本当に消費が激しいらしい。この小さい体のどこに入っていくのだろうか。
お腹がボコッと膨れて妊婦みたいになっていたが、一時間ぐらいで元に戻った。魔人、恐ろしや。
それから俺達は交代して眠ることにした。
最初はユリアが眠りに就いた。俺は気絶とはいえ、眠っていたし、シャーロットは遠慮して譲ったように思えた。
暫くして、恐らく、ユリアが眠ったであろう頃、俺はシャーロットに話し掛けた。
「なあ」
「……何よ」
焚き火を見つめていた彼女が俺に目を向け、少し不機嫌そうに返事をする。
「どうして、俺を操らなかったんだ?」
「……」
彼女は『魔性』の力を持っていると言っていた。だから、バスクホロウの騎士達やユリアが操られた訳だ。あれ?そういえば、騎士達はどうしたんだろうか?
と、それは後で聞くとして、今は彼女の話を聞こう。
そう思っていたが、彼女は中々喋り出さない。自分の能力を喋りたがる奴もいないか。まあ、仕方ないな。教えてくれなくても別に不思議じゃない。むしろ、普通だ。
しかし、彼女は口を開いた。
「あんたは『魔性』の力が聞かなかったのよ。こんなこと滅多にないんだけどね……」
「へぇ……」
彼女は自信なさそうに言った。
なんで俺に効かなかったか分からないが、もしかしたら、俺が機械であることが関係しているのかもしれない。普通の人よりそういうのは耐性がある筈だ。
「……『魔性』は私の目を見ることで発動する能力なのよ」
「それ言ってもいいのか?」
俺がそう言うと、彼女は肩を竦めて言った。
「『魔性』の能力が効かないんだから、言っても問題ないでしょう」
まあ、確かにそうかもしれない。
「魔力を使うことで対処することもできなくもないけど、少しコツがいるみたいだからね。あの子は魔力は十分あるから、後は使い方ね」
「ふ〜ん」
ということは、誰でも操れる訳でもないようだな。便利なことに変わりないが。
「でも、もうあの子は操れないでしょうね」
「ん?なんでだ?」
「左手の紋様の所為よ」
あの花びらみたいな模様の奴か。あれにそんな能力があったのか。
「途中で『魔性』の力を解かれたのは初めてだわ」
だから、途中からユリアが元に戻ったのか。
「はぁ……まあ、いいけどさ……」
ため息を吐いて、シャーロットは元気を無くしている。
彼女ははたまにこんな感じで落ち込んでいる。何か思うところがあるのだろうか。
そりゃあ、自分の能力が効かなかったとなれば落ち込みもするかもしれない。
だが、彼女からはそれ以外にも何かあるような気がしてならなかった。
それから特に話すこともなく、順番に眠りに就くことになった。
ユリアの次はシャーロット。その次は俺が眠りに就いた。
次の日の朝。
俺達は次の目的地である妖精族〈フェアリー〉が守る『風のルーン』に向かう為、森の中を進んでいたのだが……。
「……」
「……」
「……」
先頭を俺とユリアが、その少し後ろに付いてくるようにシャーロットが歩いている。まるで、怒られた子供が気まずそうに親の後を付いて歩くみたいな感じだ。
そして、誰も喋らない。なんか、昨日の夜は普通に話してたんだが、今は何故か喋らない。
なんでかは分からない。だが、このままという訳にもいかないだろう。
俺が口を開いた。
「なあ、なんで後ろに付いてくるんだ?」
シャーロットの方を見てそう言うと、彼女はプイッとそっぽを向いた。拗ねた子供か、お前は。
ユリアも俺に続いて振り向く。
「別に私の勝手でしょ…?」
「そうだけどさ……」
全く……しょうがねぇなぁ!!!
「早く、こっち来いよ!」
「えっ……」
シャーロットはぽかんとした、少しアホの子のような顔をしている。よほど意外だったのだろう。
すると、ユリアも続けて、
「一緒に来るでしょ?」
「……」
どうやらユリアも俺と同じことを考えていたらしい。
シャーロットは今も同じ顔をしている。
しかし、ハッとした顔をすると、ニヤけながら、顎を上げて、腕を組み、居丈高に言い放った。
「我は『魔性』のパルデティア・シャーロット!特別に貴様らと一緒に旅をしてやるとしよう!感謝せよ!」
シャーロットのいつものヤツが始まった。しかし、今の彼女からは威圧感のようなものは感じない。
むしろ、喜びを隠そうと頑張っている子供だ。
俺はユリアと顔を合わせた。
「ハハハハハ」
「ウフフフ」
二人して笑ってしまった。
「なっ…!?なに笑ってんのよ!!!」
「いやいや、何でもない……プッ……ハハハハ」
「もう!せっかく、私が仲間になってあげようって言ってるのに!!!」
シャーロットはそれはそれはご立腹だった。
「ごめんね?でも、これからよろしくね?えっと……」
「シャーロットよ……特別に呼び捨てを許してあげるわ……」
「そっか、じゃあ、よろしくね、シャーロット」
「よろしく、ユリア」
「よろしくな、シャーロット」
「フンッ!よろしくどうぞ、ソラ」
そう言って、シャーロットはそっぽを向いた。
彼女は朱を差すように頬を赤らめた。
こうして、二千歳の魔人の少女と十八歳のハーフエルフと年齢不明の機械人間の三人旅が始まった。
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