第15話 魔性の小悪魔(前編)

「いきなり何するんだ!」


 俺はいきなり切り掛かってきた騎士に怒号を浴びせる。

 しかし、騎士はそんなことお構いなしと次々と斬り付けてくる。何か理由があるのか?いや、何かがおかしい。

 俺は何となくそう感じた。


「貴様らが魔王の手先の者だということは分かっている。大人しく死ね!」


「話を聞いてくれ!」


「黙れ!」


 俺は剣を躱わしながら何とか説得しようとするが、この騎士は聞く耳を持たない。まるで操られているようだ。


「ソラ、私が動きを止める!」


「分かった、頼む!」


 俺はステップを踏んで騎士から離れる。そして、それを見たユリアが魔法を発動する。


「『ストーン・プリズン!』」


 ユリアの魔法は正方形の四角い石の檻を作り、騎士の動きを簡易的に封じた。


「ひとまずこれでいいでしょう」


「ありがとう、ユリア」


「いえいえ」


 さてと、どうしたもんか。


「この!この!くそっ!魔王の手先の者め!」


 この騎士は石の檻の中で何度も何度も体を打つけ、罵倒を飛ばしてくる。その様子は少し狂気じみていた。


「俺達は魔王の手先じゃない。バスクホロウの騎士団長、グラウスとも知り合いだ。国に戻れば分かる」


 俺はそう言って騎士を説得しようと試みた。しかし、


「いや、お前達は魔王の手先だ!嘘をつくな!」


 そう言ってまた暴れ出す。グラウスの名前までだしてこの反応。もう少し話を聞いてくれていい筈だ。

 やはり、操られているのだろうか。


「ユリア、この人、操られてる可能性がある。どうにかできないか?」


 俺がそう言うと、ユリアは少し悩んだ後、


「もしかしたら何かの異常状態になってるのかも」


「異常状態?」


 そういえば前に解毒魔法があると言っていた。その類だろうか?


「そう、何か体に異常が起きた状態。混乱とか毒とか、そういうのを纏めて異常状態っていうの」


「うん」


「それを治す魔法とかもあるから、とりあえず、やってみるね」


「ああ、頼む」


 便利な魔法があるものだ。これで治るという保証は無いが、しかし、これで治らないのであればこの騎士は正常ということだろう。だよな?


「多分、混乱状態とか催眠状態とかだと思うから……まずは、『アンチバーサークエリア』」


 ユリアがそう言うと、幾何学模様の魔法陣が足元に現れた。そして、最初はユリアの足元にしか無かった魔法陣は白い輝きを放ちながらどんどんその大きさを広げていく。

 最終的に俺とこの騎士の足元にまで広がって止まった。


「何をするつもりだ!」


 暫くこの状態が続いたが、騎士の様子は変わらない。失敗したのか、それともこの魔法では治らない異常状態になっているか。まあ、まだ、試してない魔法があるみたいだし、結論を出すにはまだ早い。


「……混乱状態では無いか……それじゃあ、『アンチスリープエリア』」


 今までの魔法陣が足元から消え、新たな魔法陣が作られた。似たような幾何学模様で白色ではなく、透明度の高い青色に光っている。

 そして、さっきと同じ要領で魔法陣を展開する。


「貴様ら!許さんぞ!」


「……」


「……ダメみたい。他に思い付く魔法は無いし……どうしようか……」


 うむ。どうやら魔法ではどうにもならなかったらしい。つまり、少なくとも混乱状態でも催眠状態でも無いようだ。だとすると、この騎士はこれが普通の正常な状態と言うことになる。

 明らかに様子が変だが、俺達にはどうすることもできない。困ったな……せめて他に何か話ができたらいいのだが、会話をしてくれるだろうか?ダメ元で試してみるか…。


「俺はグラウスさんの友人だ」


「嘘をつくな!」


 なるほど。グラウスのことは分かっているようだ。


「ここへは何をしに来たか分かりますか?」


「何を言っている!私はバスクホロウの騎士だ!任務でここに来たに決まっている!」


 この反応からするに意識ははっきりしているということだろう。なら、


「何故、俺達を魔王の手先と思ったんですか?」


「何故だと?それは貴様らがその怪しげな穴から出てきたからに決まっている!」


「ああ……なるほど…?」


 言ってることはもっともなことだな。確かに逆の立場だったら、そう思ってもおかしくはない。俺はここまで狂気に満ちてはいないと思うが。


「他の騎士達は?何処に居るんですか?」


 困っている俺を見かねてかユリアが質問する。


「知らん!我々はこのエルフの森を探索しているだけだ」


「一緒に探索しないんですか?」


「当然だ!効率が悪いだろう」


「う〜ん……でも、そんなにこの森は大きくないし、全員で何人なんですか?」


「私を入れて七人だ」


「ここに来てからずっと探してるんですか?」


「当たり前だ」


「一ヶ月近く?」


「……ああ……そうだ」


 ここで騎士に少し変化があった。下を向いて虚な感じで返事をしている。


「一ヶ月もずっと同じところをぐるぐると?」


「ああ……だから……そうだと……うっ……うう……」


 ここで騎士がいきなり頭を抑えて悶えだした。


「ああ……早く、探さないと……早く!!!」


 そう言うと、騎士はまた体を檻に打つけ始めた。

 この様子を見るに、やはり、操られているということで間違いない。


 それからユリアが魔法で騎士を眠らせた。これ以上、檻に体当たりして怪我でもされたらグラウスに顔向けできない。

 しかし、魔法には眠らせることのできる魔法もあるのか……。


「多分、この人は魔法では治せない洗脳に掛かってるんだと思う」


「そんなのがあるのか?」


「詳しくは分からないけど、魔法は便利だけど万能じゃないから。さっきの様子を見るに、一瞬、洗脳が解けかけた。でも、また、思い出すように洗脳が強まった。かなり強い洗脳なのは間違いないはず」


「うむ……」


 つまり、何者かがバスクホロウの騎士に洗脳を掛けた。だから、一ヶ月経った今でもここで騎士達が彷徨っている。ということだろう。でも、一体、誰が?何の為に?分からないことだらけだ。


「もう少し探索して他の騎士達も探し出した方がいいんじゃないか?」


「うん、そうだね。でも、この暗闇で探すのはちょっと危険かも。この人、私達に斬り掛かって来てたし、他の騎士にも不意打ちされるかも」


 不意打ちか……確かにな。ていうかもう真っ暗になっている。あまり動くのは得策じゃないか……。


「そうだな。今日はここで休憩して明日、陽が出たら直ぐに探索を開始しよう」


「うん」


 それから急いで火を起こし、焚き火をする。幸い、木は腐る程ある。燃やす物に困ることは無いだろう。

 食べ物もまだ余裕がある。干し肉とここら辺の木に成っていた果物だ。

 となると、やはり、心配するべきはバスクホロウの騎士達による奇襲だろうか。魔物の注意もしなければいけないが、この辺りに魔物はあまり居ないそう。何でもエルフが定期的に狩りをしていたんだそうだ。


「火を見ると安心するな……」


 膝を抱える様に座っていたユリアが焚き火の火を見つめながら言った。その様子は少ししおらしい雰囲気がある。


「そうだな……」


 俺も焚き火を見つめる。

 何度かユリアとこうして野宿をしているが、ユリアの焚き火を見る時の様子はいつも可憐だ。何を考えているんだろうか?それとも何も考えていないんだろうか?


「……」


「……」


 暫く沈黙が流れる。

 耳に聞こえてくるのは虫の音と風の音だけだ。風情はあるが、一応、警戒はしている。いつ、何があるか分からないからな。

 すると、ユリアがそのままの体勢で口を開いた。


「言ってなかったけど、実は私、ブリキッドと双子の妹の子孫なの」


「双子…?」


 ブリキッドって双子だったのか。ユリアがブリキッドの親戚だろうということは何となく分かっていたが、双子の妹の子孫。だとすると、特徴がブリキッドと似ているというのも納得がいく。


「昔、私がまだ小さい頃、曽祖母が教えてくれたの。貴方はいずれ知ることになるからって。儀式の祠のこととか他にもこの世界のこととか教えてくれて……私はそれを聞くのが好きだった…」


「へぇ……そんなことが……」


「でも、直ぐに死んじゃったんだ。寿命でね」


 ブリキッドは二千年前の人物だからな。エルフは長寿ではあるが、流石に寿命で亡くなったってことか。


「でも、ユリアの曽祖母は嬉しかったんじゃないか?ユリアと話ができて」


「そうかな?……そうだと嬉しいな」


「きっとそうさ」


 俺は自分に子供とか孫が居る訳じゃないから分からんが、多分、ユリアと過ごした時間は掛け替えのない思い出だったに違いない。今の俺がそう感じているように。


「……私、もし、死んだとしても、家族に胸を張って頑張ったって言えるように生きようと思う」


「……ああ……そうだな」


 ユリアの家族はもう居ない。でも、彼女の心の中には居るんだ。今でも、思い出と共に。


「でも、俺は何があってもユリアを守るよ」


 俺がそう言うと、ユリアはほんの少し目を見開き、驚いたような反応を見せた。

 そして、クスッと笑うと、はにかみ微笑んで言った。


「ありがとね、ソラ」


「……ああ」


 俺もユリアに釣られて、はにかみ微笑んだ。

 と、その時、俺達の周囲からガサガサと草の揺れる音がした。かなり近い。


「誰だ!」


 俺は周囲に向かって言う。ユリアも気配に気づいて杖を握って警戒している。

 すると、周囲から六人、バスクホロウの騎士がゾロゾロと現れた。その足取りはふらふらと不安定で、まるで、屍が無理矢理動かされているような感じだった。


「見つけたぞ、魔王の手先め!」


 一人がそう言って抜剣すると、他の者達も一斉にそれに続いた。どうやら戦う気らしい。

 俺達も腰を下ろし、いつでも戦闘を開始できる準備だけはしておく。


「俺達は魔王の手先じゃない!」


 一応、言っておく。操られているだろうから意味無いと思うがな。


「フン。見え透いた嘘を」


 まあ、だよな。予想通りだ。

 しかし、どうしたものか。さっきみたいにユリアの魔法で石の檻に閉じ込めてから眠らせるか。

 うん、それがいいだろう。


「ユリア、さっきと同じ要領で捕らえよう」


「うん」


 作戦が決まれば行動に移すのは早かった。ユリアは素早く魔法を発動した。

 動いていない的なら簡単に捕まえられたのだろうが、しかし、相手は人間だ。ただそこにぼうっとしている訳ではない。彼らは動くのだ。

 ユリアが魔法を発動するのとほぼ同時に騎士達は一斉に動き出した。ユリアの魔法が戦闘開始の合図になったのだ。

 しかし、石の檻が騎士達を捕らえる。残りは三人。


「はああああ!」


 俺はユリアに向かって斬り掛かって来る騎士を土魔法の応用で石の盾を作り防ぐ。前の青い炎に風魔法を纏わせたやつの土魔法バージョンだ。

 騎士の剣は俺の石の盾に阻まれる。そして、俺は怪我をさせないよう手加減しつつ、この騎士を蹴り飛ばした。残りは二人。

 そこで俺が邪魔と思った残り二人が俺を真ん中に挟むような陣形をとる。前も後ろも警戒しなければならない。


「『ストーン・プリズン!』」


 と、そんな俺の考えを察するように、ユリアが魔法で騎士達を石の檻に捕らえた。これで全員捕えたな。


「ありがとう、助かった」


「どういたしまして」


 そんな会話をしつつ、捕えた騎士達の方を向く。体で檻に体当たりする者、剣で斬り付ける者など基本的には何とかして脱出しようとしている。


「この人達もさっきの騎士と同じ症状で間違いないね」


「ああ」


 これはさっきも見た光景だ。と、その時、


「あら?もう、捕まっちゃったの?」


 俺とユリアが話していると、どこからか女性の声がした。


「誰だ?!」


 俺は周りを警戒する。

 ここに俺とユリア以外の奴はいない筈だ。もし、いるとするなら、それは騎士達をこんなのにした張本人しかいない。


「フフッ、あんた思ったより強いのね?エルフの子だけ警戒してたけど、見誤ったかしら」


 何処だ?この声の主は何処にいる?


 辺りを見渡すが何処にもそれらしき人物はいない。

 と、その時、俺に何かの影が月明かりが照らされて重なった。


「なっ……!?」


 俺達より遥か上の空中。満月を背にして、そこには少女が居た。

 しかし、ただの少女では無い。背中から黒い二つの翼を生やし、尾骨の辺りからこれまた黒の尻尾が生えていた。

 俺はそれを見た瞬間、真っ先に頭の中に思い浮かんだ言葉があった。

 それは『魔人』だ。

 人と近い姿だが、人とは全く違う種族、魔人。他にも、人を痛め付ける文化があるとかあった気がする。


「もう少し時間掛けてくれてよかったのに……」


 少女は地面まで降りて来ると状況を確かめるように辺りを見渡す。いつの間にかうるさかったバスクホロウの騎士達が黙っていた。

 俺はゴクリと唾を飲み込んだ。緊張しているのだ。正体不明のこの少女に。


「まっ、でも、いっか。あんた達しかここにはいないみたいだし……」


 そう言ってこちらを向く。

 この少女の見た目は一部の特徴的な部分に目を瞑るのなら十四歳ぐらいの人間の少女に見えるだろう。まあ、その特徴的な部分が人間とするには致命的なのだが。

 明るい灰色の長髪は黒のリボンを使い、左右に分けられ、ツインテールを作っている。

 また、目が隠れるぐらいの前髪より少し長い耳横の髪にはちょっとした髪飾りが一つ付いている。

 そして、前髪の間から見えるのは真紅の目。優しい雰囲気のある目だが、目尻がほんの少し上がり、キュッとしていて、可愛さだけでなく、美しさも兼ね備えている。

 顔の輪郭はシュッとしていて、小さい。耳にはピアスを付けている。

 服装は黒のゴシック・アンド・ロリータといったか?確か、略してゴスロリ、のドレスのような服だ。

 全体的に身だしなみには気を遣っている印象を受ける。この少女は美少女ってやつだ。


「なにジロジロ見てんのよ!」


「えっ!?すみません……」


 って、何謝ってんだよ。


 俺は首を横に振る。いきなり言われたから驚いて謝ってしまった。

 声は見た目通りで若い印象を受ける。

 と、ふと少女の方を見ると、眉根を寄せ、俺のことを睨み付けていた。よほど気に障ったのだろうか?


「……まあ、いいわ」


 そう言ってプイッとそっぽを向いた。こういう反応を見ると子供っぽいと思うのは俺だけなのだろうか。

 いや、そんなことより、今はとりあえず警戒だ。見た目に騙されるな。


「ユリア、どんな相手か分からない。警戒しよう。いつでも戦闘できるように準備しておいてくれ」


「…………」


 ユリアの反応が無い。俺は不審に思いユリアの方に顔を向ける。いつも通りに見えるが、しかし、なにかいつもと違う感じがする。ただの俺の勘違いか?


「おい、ユリア?」


 そう思い、もう一度話し掛けたが、やはり、反応が無い。おかしい。

 と、不審がっている俺を嘲笑うかのような笑みを浮かべ、少女が口にする。


「クックック……彼女は既に我が手中。諦めるがよいぞ?」


 そう言って腰に手を当て、顎を上げると、見下すように俺を見る。


「どういうことだ……」


 俺は薄々気付いていた。だか、彼女に聞いた。確かめるように。


「どういうことだと?クク……貴様も気付いているのだろう?」


「……」


 彼女は不気味な笑みを浮かべている。まるで、俺の心の中を全て見透かされているようだ。

 そして、俺の恐れていたことが起きた。


「よしよし、愛い奴だ」


「勿体なきお言葉」


 彼女は満足げな顔をして、片膝をつくユリアの頭を撫でていた。これを主従の関係と言うのだろう。ユリアも抵抗する様子は無い。

 俺はここで確信した。バスクホロウの騎士達を操っていたのはこの少女だ。


「クク。どうした?随分と顔色が優れないようだな?」


 俺がどんな顔をしているかは知らんが、間違いなく良い顔はしていない。それは分かる。

 ユリアはこの少女に操られている。どうやったかは分からない。でも、操られているのは間違いない。


「……彼女に何をした…」


「ん〜……?別に〜……何もしてないけどなぁ……」


 態とらしい言い方をする彼女の顔は、悪戯を楽しむ小悪魔のようだ。

 俺の彼女を見る目が自然とキツくなる。

 すると、そんな俺を見てか、彼女は面白くなさそうな顔をした。

 そして、はぁとため息を吐くと、居丈高に言った。


「我は魔王ガラムーア様に選ばれし四つの家系が一つ、パルデティア家の末裔、『魔性』のパルデティア・シャーロット。特別に教えてあげるわ。光栄に思いなさい」


 彼女はそう言って、ニヤリと笑った。


 魔王が選んだ四つの家系?そんなのあるのか?それに魔性とか言ってたか?それが原因でユリアは操られているってことか?どういう原理だ?


 俺はシャーロットと名乗る彼女の言葉からなんとかこの状況を打破する光明を探す。

 しかし、何も思い付かない。当たり前といえば当たり前だ。そこに何かヒントがあるなんてのはまあ無い。

 そもそも嘘を付いている可能性だってある。

 だが、なんとか光明を見つけるのなら彼女の『魔性』という言葉を考えるべきか?いや、情報がなさ過ぎる。

 今はなんとか彼女と会話を続けて、その間に作戦を思い付くんだ。


「お前は魔王に選ばれし家系の一つの末裔なのか?」


「魔王様よ!」


「…悪かった。魔王様だな。次は間違えない」


「全く……」


 しくじった。彼女を怒らせてしまった。気を付けないと。

 しかし、会話を続けてくれそうだ。怒らせたのが逆によかったのかもしれない。


「魔王様が誕生してから封印される少し前までの間で、様々な理由から選ばれた者に特別な地位を下さったのよ。人魔大戦で貢献したとか、特別便利な能力を持っていたとかね」


「な、なるほど……」


 正直、あまり頭に入ってこない。

 今は作戦を考えている。

 まず一つ目はこの少女と戦う。

 しかし、これは相手の戦力が分からないからできれば戦いたくない。仮にも選ばれた者の末裔なら強いだろう。

 二つ目、逃げる。

 これもダメだ。ユリアを置いて行けない。そもそも逃げ切れるとは思えない。少女は空を飛んでいた。追い付かれてしまうだろう。

 三つ目、彼女の仲間になっちゃう。

 シャーロット様とごまをする。うん…論外だ。

 というか、どの策もユリアが操られている時点で詰んでいる気がする。

 一番可能性を感じるのは一つ目だ。でも、これはあまりに危険な策だ。一か八かになる。


「おい、ちょっと聞いてんの?」


「えっ、ああ、聞いてます」


 まずい。長く考え過ぎて会話が疎かになってしまった。


「あの、『魔性』というのは?」


「それは言わないわよ。あんた馬鹿なの?」


「……」


 まあ、だよな。そりゃそうだ。くそ。

 もう会話の話題も無いし、いい作戦も思い付かない。どうする…どうすればいい…。


「はぁ……何か作戦は思い付いたかしら?」


「……」


 どうやらバレていたらしい。焦りが顔に出てたか。


「まあ、どうせあんたはここで終わりなんだから何をやっても無駄よ」


「それは……やってみないと分からないだろ?」


 俺はそこで腰を落とし徒手空拳で構える。結局、こうするしか無い。

 すると、彼女は俺の様子を見てニヤリと笑った。そして、


「そう。じゃあ、貴方にはこの子と戦ってもらおうかしら」


 俺は冷や汗を流す。

 俺の前には杖を構えたユリアが立っていた。虚な目でこちらを見ている。目に輝きが無いのは操られているからだろうか。


「なあ、ユリア!俺だ!ソラだ!目を覚ましてくれ!」


「無駄よ!私の『魔性』は絶対だもの。諦めなさい。さあ、目の前の男を攻撃しなさい。あ、でも、殺しちゃダメよ?後で私が遊ぶんだから」


「はい」


 ユリアが感情の一切が無い返事をする。俺の声は届いていないらしい。


「じゃあ、高みの見物といきますか。頑張ってね、ユ・リ・アちゃん」


 そう言ってユリアの肩をパンと叩くと踵を返した。


「本当に戦えっていうのかよ……」


 俺はユリアとは戦えない。まずは回避に徹する。そして、なんとか隙を見てシャーロットに攻撃する。

 ……自分で考えといてなんだがそんなことできるのか?ユリアの攻撃を躱しながら、シャーロットに攻撃するなんて。二対一じゃないことを嬉しく思うべきなんじゃないか?

 いや、そんなこと思ったってこの現状はどうにもならない。やるしかない。ユリアと戦うしか……。


「『ライトニング・アロー』」


 ユリアの魔法が俺に放たれる。光の矢が八つ、それを俺はステップを踏んで躱す。

 まずは、ユリアから距離とって状況を見つつ整理する。

 ユリアから離れたところ、何もない大樹の方にシャーロットはいる。こちらを見て、実に楽しそうな笑みを浮かべて。


「『アイスランス』」


 そんな俺にユリアは容赦無く氷の槍を飛ばす。全部で五つ。それなりの速さで俺に向かって放たれる。

 俺はそれを次々と躱して、しかし、四本目の時に足が滑った。どうやら氷の槍が地面に刺さり、滑りやすくなっていたらしい。

 なんとか体勢を崩さずにすんだが、左足を掠った。その部分から血が流れる。

 そして、最後の一本が俺の肩に迫っていた。当たればただではすまないだろう。恐らく、腕が動かなくなり、満足に戦うことができなくなる。


「『コアドライブ!』」


 そうならない為に青い炎を体に宿す。そして、拳を握り締め、氷の槍に向けて殴り付ける。

 すると、氷の槍は粉々に散った。


「なんの能力なのよ……」


 シャーロットの方からそんな訝しげな声がした。


「『ウィンド・カッター』」


 風魔法だ。見えづらいがモヤのようなものが見えるのでそれを感に躱す。

 ここで俺はあることに気が付く。違和感に。

 それはユリアの魔法はどれも俺でも使うことのできるぐらいの魔法しか使ってこない。

 『アイスランス』が唯一、上級ぐらいだと思うが、俺が対処できない魔法ではない。

 ユリアは手加減をしている。

 俺の中でそんな考えが浮かんだ時、シャーロットがユリアに向かって口を開いた。


「健気ね。どうやら心では抵抗しているようね。そんなに大事なのかしら?」


 心で抵抗している。そんな言葉を表すようにユリアの表情が崩れている。苦しそうな表情だ。


「ユリア!」


 俺は思わず叫んだ。


「ソラ……」


 ユリアの声は今までの操られた感じでは無い。俺の知っているいつものユリアだ。


「くそ…おい、ユリアを解放しろ!」


「フンッ、嫌よ。せっかくの駒をわざわざ手放す訳ないでしょ?」


 シャーロットはニヤリとした表情を崩さない。


「やはり、魔力が多いと抵抗力が大きいみたいね。久々にこれぐらい抵抗する子を見たわ。でも……」


 そう言って、ユリアに近づく。


「何する気だ!」


「『ライトニング・アロー!』」


 前に出た俺をユリアが魔法で止める。


「いい子ね。貴方は私の駒よ。どうやらあいつは思ったより強いみたいだから殺さない程度に本気を出しなさい」


「かしこまりました」


 そう言って向かい合うユリアとシャーロット。

 それから、ユリアはこちらに振り向き、杖を構える。どうやら完全に操られているらしい。


「『エターナルブリザード』」


「マジかよ」


 俺はユリアから距離をとる。確かこれは蒼龍に使ってた魔法だ。範囲も広く、俺の足ぐらいは簡単に凍って使い物にならなくなる。

 逃げるように離れるが、しかし、ユリアの魔法の方が早い。追い付かれる。

 俺は上に跳ぼうとして、止めた。蒼龍がそうして攻撃を食らっていたのを思い出したからだ。


 どうする?


 一瞬考え、そして、行動に移した。

 俺は右手に青い炎を集め、目一杯力を込める。そして、その青い炎を赤い炎が纏う。炎魔法だ。

 それを自分のいる地面に向かって思いっきり振り下ろした。


「何する気…?!」


 地面に大きくヒビが入る。そして、そのヒビに俺の赤い炎が吸い込まれていく。

 後一歩でユリアの魔法が俺まで到達する。その時、大地が息をするように動き出す。

 そして、次の瞬間、大地が隆起した。炎に押された大地が盛り上がり、俺の周りに天然の土の壁を作った。

 蒼龍に傷を負わせたユリアの魔法はその土の壁に当たり、止まる。


「『バーニング・アースシールド』みたいな感じか」


 俺は自分の周りを囲っている土の壁を見て独り言を言う。

 次やる時の為に名前を付けておこう。魔力の使い過ぎを防げるかもしれないからな。

 それはさておき、作戦だ。

 ユリアが本気で攻撃してくる以上、あまり長い時間闘うのは愚策だろう。

 できるだけ短い時間でけりを付ける。それがいいだろう。


「ここからは本気でやるしかない……」


 俺は全身に青い炎を纏う。

 手加減はできないだろう。もしかしたら、ユリアを傷つけてしまうかもしれない。

 でも…………。

 俺は地面を蹴り、自分で隆起させた土の壁の上に乗る。


「絶対、助ける。だから、今だけ我慢してくれ」


 俺はユリアに向けてそう言った。


「へぇ……本気になったみたいね。あんたのその能力がどんなのか見当付かないけど、そっちがそのつもりならこっちも本気出さないとね」


 そう言って、シャーロットはユリアと横並びになる。


「二対一よ。悪く思わないでね?」


 シャーロットはいつもの笑みを浮かべる。

 本当は俺達が二の方だったんだけどな……仕方ない。

 俺は一層激しく青い炎で全身を覆う。


「ふぅ……あいつを倒すわよ」


「はい。全力でご助力させていただきます」


 二人が睨み付けるように俺を見上げる。ユリアにこう睨まれると悲しいが仕方ない。


「行くぞ!!!」


 俺は腰を下ろす。それに続くように二人も腰を下ろし身構える。

 そして、俺は足に力を込める。次の瞬間、


「キ”キ”ャ”ア”ア”ア”ア”ア”!!!!!」


 俺はその足に込めた力を抜いた。聞いた覚えのある声がしたからだ。いや、咆哮が。


「…!!!」


 俺は声のした方に顔を向ける。敵が直ぐそこにいるのにも関わらず。

 遥か上空。月明かりに照らされながら旋回している二つの影。


「「キ”キ”ャ”ア”ア”ア”ア”ア”!!!!!」」


 そこに二体の蒼龍がいた。


「どうして蒼龍がこんなところに……?」


 そんな声が下の方から聞こえる。

 と、旋回していた二体の蒼龍はほぼ同時に旋回を止め、翼を折り曲げると物凄い勢いで急降下した。

 そして、ある程度まで高度を下げると、首を動かし、何かを溜めるような動作をとった。

 俺はその動作に心当たりがある。


「ブレスだ!!!」


 そう言った瞬間、二体の蒼龍は口から炎の球を放った。ブレスでは無かった。しかし、かなり大きい。

 俺達三人を余裕で覆うぐらいの範囲だ。


 躱しきれない。どうする?


 俺は窮地に立っていた。

 と、その時、


「ソラ!!!こっちに来て!!!」


「っ……!?!?」


 俺はその声がした方を見た。聞き慣れた声だ。そうユリアだ。ユリアが俺にそう言った。

 俺は考えるより先に足を動かした。

 そして、ユリアの近くへと着く。


「『ハイネス・マジックフィールド!』」


 ユリアがそう言うと、辺り一帯が紫色の壁に包まれた。

 次の瞬間、蒼龍の火炎弾とユリアの魔法が打つかった。なんとかなったようだ。


「はぁ…はぁ…流石に範囲が広い……」


 肩で息をしながらユリアが言う。そんなユリアの左手の甲は何かの模様に白く輝いていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る