第14話 エルフの村

 ユリアの案内の下、数時間、森の中を歩いている。

 周りは茶色の幹に緑の葉を付けた至って普通の木だ。しかし、この何の変哲も無い木が無数に、しかも、変わり映えも無く続くとなると、自分が今どこにいるのか分からなくなる。

 ユリアは故郷ということもあってすらすらと進んで行くが、俺だけだったら間違いなく迷っているだろう。

 しかし、途中でドラゴンに会うとは驚いた。

 俺達が会ったのは蒼龍と呼ばれる種類のドラゴンで、普段は温厚で滅多に攻撃はしてこないらしい。

 でも、一回、目を付けられると執拗に追いかけられるというのが特徴のドラゴンとのこと。

 何か蒼龍の邪魔でもしてしまったのかもしれない。若しくは、単純に俺達を餌だと思ったか。まあ、何はともあれ何とかなって良かった。結果が良ければ全て良しということだ。

 因みにドラゴンには他にも種類がいるが、一番強いのは黒龍という黒いドラゴンらしい。何でもドラゴンというのは歳をとると見た目が黒っぽくなるらしい。なので、元が蒼龍の黒龍もいれば、他の種類から黒龍になったドラゴンもいる。

 中でも黒龍から生まれた正真正銘の黒龍もいるらしい。

 そいつは他のドラゴンとは比べ物にならない程強く、出現したら世界各地から人を集めて討伐するらしい。


「よし、エルフの村に着いたよ」


「おお…」


 ユリアが歩みを止めた。しかし、俺は不思議に思っている。周りにはエルフの村っぽいものは何一つ無い。今までと変わらない木々の景色だ。


「普段は人払いの結界を張ってるから滅多に見つかることはないんだ。中に入れるのは長耳〈エルフ〉族だけなの」


「なるほど」


 そういえば、前に似たようなことを言っていた気がする。

 しかし、エルフしか入れないならここに来たバスクホロウの騎士達も入れなかったんじゃないだろうか?でも、エルブレンでお調子者のハイルは戻って来てないと言っていた。

 そして、俺達がここに来るまでにすれ違っていない。つまり、どういうことだ?どこに行ったんだ?

 エルフの森に着いてからエルフの村を探して一ヶ月近くも彷徨っているとは思えないのだが……。


「よし、入れるよ」


 両手を前に翳し、何かやっていたらしいユリアが振り向いて言った。


「分かった」


「ふぅ……」


 ユリアは緊張した面持ちで深呼吸をしている。そりゃ緊張もするだろう。

 恐らくだが、あまり良い結果は待っていないだろう。それでも、ユリアは前に進もうとしている。俺はそんな彼女を支えることしかできない。でも、俺ができる精一杯をしてあげよう。


「大丈夫か…?」


「……うん。行こう」


 それから俺とユリアは前へ進んだ。

 結界というのは水で出来たベールのような、そんなものだった。触れることもできず、ただそこにあるだけ。

 それを通ると水面のようにそれが揺れた。初めての不思議な感じだった。

 そこから少し歩いた。道中、会話は無い。

 何か話すべきだろうか。でも、今の彼女は会話ができるような状態では無いと思う。表には出さないが、内心は色々な感情がひしめき合っている筈だ。そう考えると話し掛けられなかった。


「もう着くよ」


 歩いて三十分もしないうちにユリアが振り返り言った。心なしか彼女の顔が強張っているような気がする。


「ああ」


 俺が頷いて返事をすると、ユリアも頷き返した。

 それからほんの少し歩く。すると、前に開けた場所があった。

 そう、開けた場所があったのだ。何もない場所が。

 俺はそこに何かがあったことが直ぐに分かった。何かが燃やされたような跡があったからだ。幾つも。


「……」


「……」


 俺達は無言だった。ただただ、この光景を見ることしかできなかった。

 少しして、ユリアが何も言わず歩き出した。俺も何も言わずその後ろを付いて行く。

 ユリアは真っ直ぐ歩く訳でもなく、蛇行しながら歩く。まるで、そこにあった何かを思い出すように、踏まないように。


「ここに私の家があったの……」


「……」


 少し歩いて、ユリアがそんなことを言った。そこには確かに何かがあったであろう痕跡はあった。

 しかし、そこには何も無い。彼女の言っているものは跡形も無く消えている。


 なんと声を掛けるべきだろうか。こんな時、どんな言葉を掛ければいいんだ?俺には分からない。


 自分の経験の無さが悔やしい。これに正解なんて無い。だからこそ、難しい。俺の拳に自然と力が入る。


「ユリア……」


「大丈夫……辛いけど…私はもう前を向くって決めたからね」


 その言葉を聞いた時、俺は危ういと感じた。子どもが親に心配かけまいと明るく振る舞う、そんな感じの雰囲気がユリアにあったからだ。


「ユリア、ちょっと…」


 俺はそう言って手招きする。


「ん……?」


 ユリアは不思議そうにこっちに近づく。そこで俺はユリアに頭を下げるように手で合図する。


「どうしたの…?」


 ユリアが頭を下げる。


「大丈夫な人はそんな辛そうな顔しないよ」


「……」


 俺はユリアの頭を自分の胸に抱いた。ユリアの顔は明らかに無理をしていた。


「辛い時は立ち止まったっていい。泣いたっていい。後ろを向いて逃げたっていい。辛い時は辛いって言っていいんだ。誰も何も言わないよ」


「……」


 俺はユリアの頭を撫でながら言った。これが合っているかどうかは分からない。間違っているのかもしれない。

 でも、そんなことより俺がこうしたい。こうして、あげたかった。

 無理をするユリアに、無理なんかしなくていいと、そう伝わればなんでもよかった。

 俺に安心を与えてくれたユリアへ恩を返してあげたかった。


「ただ、その分、前を向いて進めばいいんだよ。大丈夫、俺がついてるから」


「……うん……うん……」


 ユリアの震えた声。小刻みに震える体。鼻を啜る音。

 俺より少し大きい筈の彼女は今、俺より少し小さく感じる。でも、今はそれでいい。辛い時はこれでいいんだよ。

 俺はそれからユリアが落ち着くまで頭を撫で続けた。


「ありがとね……」


「ああ」


 ユリアははにかむように微笑んで言った。涙を手で拭う目元は少し赤くなっている。


「もう大丈夫」


「そうか」


 ユリアの表情は明るくなっている。本当にもう大丈夫そうだ。


「この先にこの村の結界を維持している魔石がある祠があるの。そこに行こう」


「祠か、分かった」


 どうして祠に行くのかは分からないが、何か考えがあるのかもしれない。




 それから俺達は祠へと向かった。

 その祠はこの場所から北に真っ直ぐのところと大樹〈アダム〉から西に真っ直ぐの交差した場所にあるらしい。

 分かりやすいから俺だけでも行けそうだなと思ったが、エルフの森は一度迷うと景色が同じなために帰って来れなくなる。思うだけにしておこう。そもそもユリアが居るのに俺一人で行くことはないんだけどね。


「ここが祠だよ」


 そう言われた方を見るとそこには石で作られた、かまくらがあった。どうやら地下へと続いているみたいだ。


「ここに何かあるのか?」


「うん。村も無くなっちゃったし、結界を解こうかなと思って。それに、ここには代々伝わる杖と髪飾りがある筈だから」


「分かった」


 結界の方は、まあ、確かに必要無いのか。複雑な気持ちになるが、こればかりは仕方のないことだ。

 しかし、エルフに代々伝わる杖と髪飾りか。一体、どんなものなんだろうか?特別な効果が付いてたりするんだろうか?少し気になる。

 それからユリアが先頭で階段を降りて行く。

 この階段も石でできている。見えている面の壁も全て石だ。これを手作業でやったとしたら相当時間が掛かっただろう。恐らく、魔法で作ったように感じる。

 下へと階段を降りていると、直ぐに階段は終わった。


「これがユリアの言っていたヤツか」


 このちょっとした空間には三つの物が置いてあった。

 一つ目は、恐らく、このエルフの村を隠している人除けの魔石。

 紫色の球体が小さいクッションのような物の上にある。

 二つ目は、杖だ。

 青色の宝石のような物を先端に組み込み、素材は木でできている。

 三つ目は、髪飾り。

 手のひら程の大きさで蝶の形をしている。こちらも杖と同じ青色の宝石のような物が埋め込まれていた。


「まずは結界を解除するね」


「ああ」


 そう言うと、ユリアは魔石に両手を翳した。すると、薄ら光っていた魔石の輝きが収まった。


「これで結界が解けたのか?」


「うん。まあ、でも、こんなことしなくても溜まってた魔力が無くなって結界は切れちゃうんだけどね」


「ん?そうなのか?」


 俺は不思議そうな声音で聞く。


「早く自然が豊かな場所になって欲しいからね」


「…そうか」


 これはユリアなりの弔いなのかもしれない。時間で言うならほんの少しの差しか無いのかもしれないが、この行為にはユリアのあの村に対する想いが込められている。そんな気がする。

 それからユリアは髪飾りへと手を伸ばす。


「これは本来、私が儀式の時に着ける筈だった物なんだ」


 ユリアはそう言って髪飾りを自分の頭の右の方に着けた。

 まるで、青い蝶がユリアの頭に止まっているみたいだ。目の色とよく似ている為、似合っている。


「似合ってるよ」


「うん。ありがとう」


 ユリアははにかんで微笑んだ。

 それからユリアは杖を手に取る。こちらもユリアの目の色に似ていて、似合っている。

 今のユリアを色で表すなら銀と白と青だ。

 銀色の長い髪に白い雪のような肌。白と青でできた装束に青い宝石のような物が使われた耳飾りと杖。非常に良い色の調和がとられている。というか、ユリアの素材が良いからか目を引く。


「天使……」


「今、なんか言った?」


「えっ?!いや、言ってないよ?綺麗だなって」


 どうやら自然と口から言葉が漏れていたらしい。たまにあるんだよな。こういうこと。気を付けたい。


「あ、後、ここでやることは無いから『光のルーン』の場所まで行こうか」


「ああ…」


 ユリアは少し上擦った声で言う。心なしか少し頬も赤くなっている気がする。どうかしたんだろうか?




 それから俺達は祠を後にして『光のルーン』がある場所へと向かっていた。祠は悪用されないように入り口を塞いでおいた。簡易的ではあるが、何もしないよりいいだろう。

 いま向かっている場所は大樹〈アダム〉だ。そこの根元で『光のルーン』は守られているらしい。

 といっても、魔王が復活してから一ヶ月近くが経過している。

 何もされていないとは考えづらい。御伽噺の話ではルーンの力を借りて魔王を封印したとされていた。

 なら、ルーンを壊すなり、封印するなり、何かしらの対策を講じているだろう。無事であると願いたいが。


「もう少しで着くよ」


「分かった」


 俺は上を見上げる。緑の葉を付けた大樹。この辺りはその影響で日陰になっている。しかし、葉の隙間から陽が漏れ、光が差して少し幻想的な雰囲気がある。

 確か、ユリアの話だと葉の一部が枯れたとか言ってたっけ。そんな感じはしないが。


「なあ、ユリア」


「ん?」


「前に大樹の葉が枯れたって言ってたけど、それって何か特別な意味があるのか?」


 俺は気になり質問する。恐らく、何か不吉なことの前触れみたいなことだと思うのだが。


「『この大樹アダムが枯れる時、世界に大きな災いが降りかかる』そういう話が代々話し継がれてきたの。最初は世界に大規模な災害があった時。この時もこの大樹の葉が枯れた。次は二千年前、魔王ガラムーアが誕生した時。そして、今回の魔王復活。私が知っているのはこの三回。大規模な災害も魔王ガラムーアの時も多くの命を失った。今回もそうなる可能性が高い。だから、何とか阻止しないと」


「ああ、そうだな」


 このまま復活した魔王を野放しにしたら間違いなく大勢の死人がでる。それは間違いない。なら、俺達で止めなければならない。

 でも、二人じゃ無理だ。仲間が必要だ。ルーンを守っているとされる種族。彼らと協力して魔王ガラムーアを封印する。それが今、俺達にできることだろう。


「着いたよ」


 ユリアのそんな声が聞こえた。

 俺達は大樹の根元に居る。大きな幹だ。一周するのにかなり時間が掛かりそうだ。影を作っている葉も遥か上だ。大樹〈アダム〉という名も伊達じゃないな。

 しかし、感心している俺はここで辺りを見渡す。

 『光のルーン』が守られているという話だったが、それらしき物は無い。何か仕掛けでもあるんだろうか?


「少し待ってね」


 と、疑問に思っていた俺にユリアはそう言った。

 それからユリアは杖を両手で持って上に掲げた。何か魔法でも使うのだろうか?

 そう思った時、どういう訳か幹の一部に穴が空いた。拳ぐらいの大きさだ。しかし、その拳ぐらいの穴はどんどん広がっていく。

 そして、人が一人通れるぐらいまで広がって落ち着いた。


「これは…?」


「この杖は大樹アダムからできてるの。『光のルーン』はこの大樹の中にあって、この杖が無いと中には入れない仕組みになっているの」


「つまり、鍵みたいものか」


「そう」


 なるほど。あの祠に行ったのはそういう理由もあったのか。


「さ、中に入ろう」


「おお」


 そう言われて、今し方できたばかりの穴から中へと入っていく。

 当たり前だが、周りの全てが木でできている。試しに触れてみると硬かった。恐らく、幹と同じなのだろう。

 しかし、不思議なものだ。こんなことができるなんて。ファンタジーって感じだな。

 そんなことを思いながらユリアの後ろを付いて行く。


 どのぐらい歩いただろうか。前の方に明るい光が見える。


「着いたよ」


 俺達はその光の元まで来た。

 その空間は家が丸々一個入るぐらいの空間だった。その中心にそれはあった。


「これが『光のルーン』……」


 しかし、そこには砕かれながらも光を放っていたクリスタルがあった。


「……」


 ユリアは深刻そうな顔をしている。それもその筈だ。長い間、守ってきた『光のルーン』が壊されていたのだ。

 ルーンが壊されるということは魔王ガラムーアが完全に復活してしまうということになる。何か責任のようなものを感じているのかもしれない。

 ユリアは依然何も話さない。ただ、現状を確かめるように砕けた『光のルーン』を見つめるだけ。

 と、俺はふと横を見た。大きな穴が開いている。その穴からはオレンジ色の光が漏れている。

 多分、外の光だろう。もう夕方なのか。早いな。

 恐らくだが、ガラムーアは強引に穴を開け、そして、『光のルーン』を壊したのだろう。穴の方をよく見ると焦げたような跡がある。炎魔法でも使ったか。


「ふぅ……これから他のルーンを守る旅に出ないとね」


 深呼吸をしたユリアがそう言ってきた。


「そうだな。ここから一番近い『ルーン』は何処なんだ?」


「ここから一番近いのはシレジット大陸の中央付近にある妖精族〈フェアリー〉が守る『風のルーン』だと思う」


 妖精族が守る『風のルーン』か。ガラムーアがここに居たのが一ヶ月前だと考えると、かなり先に進んでいるだろう。追いつけるだろうか?


「そこはここからどのぐらいの日にちが掛かるんだ?」


「多分、三ヶ月から四ヶ月ぐらいは掛かると思う」


「三ヶ月から四ヶ月……」


 つまり、ガラムーアが『風のルーン』に着くまで最短であと約二ヶ月ぐらいってことか。


「……私は何とかして魔王ガラムーアを止めたい。だから、ソラにも手伝って欲しい!」


 ユリアは真剣な顔で言う。


「ああ。前にも言ったが、その気持ちは俺も同じだ。行こう!『風のルーン』がある妖精族のところまで」


「うん」


 俺達は改めて覚悟を決めた。

 それから確認の為、ガラムーアが作ったであろう穴から外へと出た。やはり、無理矢理穴を開けたのだろう。切り刻んだ跡や燃えた跡があった。

 外は辛うじて夕陽が見えているぐらいの時間だった。薄暗くなっている。


「思ったより時間経っちゃった」


 外の様子を見たユリアがそんなことを言った。彼女の予定ではもう少し外が明るい時間だったのだろう。

 と、その時、前方の木々の方から何かがこちらに向かって歩いてきていた。


「……」


「誰だ?」


 不安そうなユリア。俺は訝しげな目をそちらに向ける。

 すると、そこにはバスクホロウの騎士と同じ格好をした人がいた。少しふらついているが、間違いなくバスクホロウの騎士だ。ハイルが言っていた者だろう。一人しかいないのが気掛かりだが。


「大丈夫か?」


 俺はそう言って騎士に近づく。


「他の騎士は?貴方だけか?」


 周りを見ながら、騎士のところに着いた。と、その時、


「貴様が魔王の手下の者だな!死ね!」


 この騎士はいきなり斬り掛かってきた。俺はギリギリのところでそれを躱わした。

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