第13話 蒼龍
エルブレンから歩いて北へ一日ほど移動した所、俺とユリアはドゥラーン山脈の麓にある洞窟の前まで来ていた。この洞窟を通ってエルフの森へと向かう。
歩いて一日ほどで抜けられる距離らしい。ユリアが居るのでこれでも早い方なんだそうだ。普通は二日から三日は掛かるらしい。
ここはあまり通る人がいないので地図も出回らないとのこと。
ここを通るのはエルフの森や大樹〈アダム〉を目的に来る奴か関所を通れない犯罪者ぐらいしか居ないからだそうだ。犯罪者が居るかもしれない場所にわざわざ来るような奴は物好きしか居ない。
それと、ここにはもう一つ人を寄せつけない要素がある。
それはドゥラーン山脈という名前の由来にもなっているが、ここにはドラゴンが出る。まあ、運が悪ければらしいが、それでも危険を冒してまでここを通る理由にはならないだろう。
洞窟だから関係無いのでは?と思ったが、途中にどうしても外に出ざるを得ない場所が幾つかあるらしい。そこはさっさと通り抜けたいな。
「ここからは私が案内するから後ろに付いて来てね」
「分かった」
そんな会話をした後、俺達は洞窟へと入った。
先頭ではユリアが光魔法を使い、灯りにしていた。
因みに洞窟の中では炎魔法はできるだけ使わないようにするらしい。なんでも、毒が発生するということだった。
恐らくだが、火による一酸化炭素中毒な気もするが、どちらにせよ炎は厳禁ということだ。
でも、俺の青い炎は特殊なので使っても問題ない。
魔力が原料で燃えている為、空気を使って燃えている訳ではないのだ。一酸化炭素中毒の心配は要らないだろう。
暫く歩いた。
休憩しながらなので詳しくは分からないが、恐らく、四、五時間は歩いたと思う。昼ぐらいにこの洞窟へ着いたので外では夕陽が見えている頃だろうか。
「ソラ、狭い道だけど大丈夫?」
「ああ、平気だよ」
この洞窟は確かに狭い。でも、狭いと言っても横幅は人二人分はあるし、天井も手を伸ばせばギリギリ届くぐらいだ。奴隷時代はもっと過酷な環境だったのでこのぐらいはなんとも思わない。
「この道は人が作ったり、動物が作ったり、魔物が作ったりしてるから大きさもバラバラなんだよね」
「へぇ〜そうなんだ」
そう言われれば確かにバラバラだ。高さや横幅も違ったりする。
それに色んな方向に穴がある。これが動物や魔物が作った物だろうか。
因みに魔物と動物の違いは凶暴性と魔石の有無らしい。
魔物は好戦的なものが多く、鋭い牙や猛毒など危険な個体も多い。
それと、魔物には必ず魔石という魔力を秘めた石がある。なので、魔物を倒した際はそれを必ず回収するらしい。魔物の心臓みたいなものなのだろうか?
まあ、できれば会いたくない。安全に進めるに越したことはないからな。
「ユリアはこの洞窟を通ったことはどのぐらいあるんだ?」
「全然無いよ。小さい頃に一回と最近の一回。洞窟といえば、東側の洞窟も小さい頃に一回だけ通ったっけ」
最近というのは恐らくだが、魔王から逃げる時に通った時だろう。だとすると、ユリアもほぼ初めてに等しいな。
東側の洞窟というのは、サミフロッグに向かう為の洞窟のことだろう。
「じゃあ、迷ったりしないのか?」
「まあ、任せて。大丈夫、エルフの森へは流石に行けるよ。それに一応、エルフは方角なら絶対分かるしね。道案内は私に任せなさい」
「へ、へぇ〜」
ユリアが自信満々の顔をこちらに向けて言った。エルフって方角が分かるのか。知らなかった。
でも、洞窟で方角が分かってもあんまり意味ない気もするが……まあ、本人が珍しく自信満々だし大丈夫だろう。
と、思っていた時期が俺にもありました。ユリアは大きく迷うことは無かったが、結構な回数道を間違えていた。
「あれ?こんな道なかったのに」
どうやら以前より穴の数が増えているらしい。魔物が道でも作ったのだろう。
「ごめん。さっきから……」
「大丈夫だよ。俺だけだったらもっと迷ってるしな」
俺は落ち込んでいるユリアに労いの言葉を掛ける。
しかし、本当に穴の数が多い。ネズミが通れそうな小さい穴から人が通れそうな穴まであちこちに穴がある。
「ありがとう…」
それから俺達は迷いつつもこの山脈の中間らへんの距離まで来ていた。つまり、あと半分だ。
今までの道中、出てきた魔物は一種類。『スコップモグラ』というモグラの魔物だ。
この魔物は手に鋭い爪を持っている。この爪で硬い岩や土を掘って獲物を探すらしい。雑食でなんでも食べるそうだ。今まで見てきた穴を掘った張本人はコイツらだった。
一回、俺の真下から飛び出すように攻撃してきた。なんとか躱せたが、この魔物の爪は硬くて鋭く厄介だ。その時は俺が『コアドライブ』の力で倒した。
火が使えなかったので、処理に困ると思っていたが、ユリア曰くそのままでいいそう。共食いをするらしい。雑食だからね。
「この先に開けた場所があるんだけど、そこで寝ようと思います」
「開けた場所か……さっき言ってたドラゴンに出くわすかもしれないっていう?」
「そう、余っ程のことが無いと見つからないし、滅多に襲って来ないから」
「大丈夫なのか?」
「だ、大丈夫だよ。洞窟の中であのモグラの魔物に襲われるよりも確率は低いんだし…」
自信なさそうな顔で言うユリア。せめて、自信のある顔で言って欲しいものだが、まあ、今日は既に前科があったからな。
それから直ぐに言っていた開けた場所に着いた。今日はここで寝るのだ。
周りは見通しが良い。何も無く、地面は硬めの岩でできているようだ。寝辛そうだが、贅沢は言えない。
「さてと、じゃあ、早速、火を起こしてご飯を食べようか」
「そうだな」
このドゥラーン山脈には木が生えていない。なので、薪になる木を一日分、俺の持っているバッグに入れていた。こういう力仕事は俺の仕事だな。
俺は薪に炎魔法で火を付ける。こういう時、魔法を勉強して良かったと思う。
「よし。出来たぞ」
「はい。じゃあ、ご飯食べよっか」
それから俺とユリアは焚き火を囲みながらご飯を食べた。保存の効く干し肉と道中で倒した魔物の肉、モグラ肉だ。
干し肉は美味かった。だが、モグラ肉。コイツの肉は少々癖が強く、硬かった。煮込んだりすれば美味しく食べられるかもしれないが、鍋が無い。
「このお肉、煮込んだ方が美味しそう」
「おお、だよな」
どうやら同じことを考えていたようだ。
「ちょっと待ってね……」
そう言ってユリアは魔法で何かをしている。暫くして、
「はい、できた!」
「おお〜」
ユリアが作っていた物、それは鍋だ。土魔法で作ったようだ。器用なもんだな。俺も後でやってみよう。
それからモグラ肉を煮込んだ。水や買っておいた香草などを入れて少し時間を掛けて。
そして、完成したモグラの肉煮込みを食べた。味は見違えるほど良くなった。これなら店で出されても喜んで食べる。
というか、ユリアの料理が上手いんだと思う。香草を買ったのはユリアだし、調理したのもユリアだ。
「ユリアって料理上手なんだな」
「ん?ま、まあね…」
ユリアはモグラ肉をもぐもぐ食べながら照れくさそうに言う。可愛いな、このエルフ。
それから俺とユリアは交代で見張りながら眠ることにした。疲れを癒すのは大事だ。
最初は俺から寝させてもらった。簡単な寝袋を買ったのでそれを使って。
途中、一度目を覚ました。ユリアの声がしたからだ。
何かあったのかとユリアの方を見た。すると、ユリアがちょうど体を拭いている時だった。
俺はユリアの白い肌を見てドキッとする。こうして見るとユリアって体付きがすらっとしてるな。
でも、双丘はしっかりある。多分、ハーフエルフって言ってたからそれが要因なんだろうけど……って俺は何をしているんだ。これは犯罪だ。早く寝よう。
それからは全然眠ることはできなかった。多分、これが興奮というやつだろう。
こういう時、ほぼ人間なことを少し不便に感じてしまう。
でも、これは贅沢ってやつだ。仕方ないと割り切るしかない。
ユリアと見張りを交代してからは魔法の練習をしている。魔力を使い過ぎるといけないので加減しながらだ。
最近の俺の見張りの時の過ごし方はこんな感じだ。
まず、指先に魔力を集めて色々な属性へ変化させる。今までおさらいだ。
それが終わったら、今度は初級の魔法を発動して、消すということをやっている。
魔法の扱いに大分慣れたおかげで消すのも簡単にできるようになった。何時ぞやみたいにユリアに攻撃するなんてことはない。
最後に魔法を手に纏わせる練習。
これは『コアドライブ』の青い炎の周りに纏わせるようにしている。結構、様になってきた。
青い炎の周りを赤い炎が燃えている。
俺の青い炎は敵にダメージを与えることはほぼできない。多分だが、本来、青い炎は漏れ出さないのではないかと思っている。だから、ダメージを与えられないとそう思っている。
今はそれを利用して攻撃に生かそうとしている訳だけど。
ふと、空を見上げてみた。気分転換だ。
夜空には無数の星が輝いている。そういえば、こんなにゆっくり夜の空を見るのは初めてかもしれない。
「綺麗だな……」
そんな言葉が自然と漏れた。
星は様々な色で輝いている。白や黄色、赤に青。緑色なんかもある。
と、空を見ていると、黒い星が現れた。なんだか、大きくなっている気がする。
流れ星というやつだろうか?と思っていたのだが、
「なんか変じゃないか?」
そう思って、寝ているユリアを起こす。
「あの黒い影、なんだと思う?」
「ん…?」
ユリアは目を擦りながら、俺の言った方向を見る。すると、ユリアは口をわなわなさせて言った。
「アレはドラゴンだよ!見つからないうちに急いで洞窟まで行こう!」
「えっ!お、おお」
まさか、アレがドラゴンだったとは。
俺は急いで荷物を持ち、エルフの森へと続く洞窟へと走る。
と、その時、
「キ”キ”ャ”ア”ア”ア”ア”ア”」
咆哮が聞こえた。俺達の上の方から。間違いない。この咆哮の主はドラゴンだ。気付かれたのだ。
「急いで!」
「ああ!」
俺達は急いで洞窟へ走っている。
しかし、羽ばたく音はどんどん近づく。そして、目の前に、洞窟を塞ぐようにして降り立った。
それは蒼の鱗で全身を覆い、硬く黒っぽい甲殻で体を守り、鋭い爪で獲物を狩る。二つの翼で空を舞い、強固な尻尾を持ち、シュッとした顔から鋭い牙が見える。
俺達の前には蒼い飛竜が堂々と立っていた。
「蒼龍!!!」
ユリアが驚きの声を上げる。
「キ”キ”ャ”ア”ア”ア”ア”ア”」
頭を上の方に持ち上げ、両翼を大きく広げると、俺達を威嚇する様に咆哮する。まるで、逃がさないと言っているようだ。
「ソラ、なんとか隙を作って洞窟の中に入ろう。洞窟に入ったら、追って来れないから」
「分かった。でも、どうやって?」
蒼龍は洞窟の出入り口を守る様に陣取っている。
「私が魔法で動きを止めます。『アイスブリザード!』」
ユリアの氷魔法が放たれる。ユリアの方から蒼龍の方へ地面がどんどん凍っていく。以前、『サンド・ゴーレム』を凍らせた魔法と同じものだ。
そして、その魔法は蒼龍の足元に直撃する。すると、蒼龍の足の部分が地面と繋がるように凍る。
「キ”キ”ャ”ア”ア”」
しかし、咆哮とともにいとも簡単にそれを無効化した。
「蒼龍ともなるとこれじゃあ効かない……」
ユリアは苦い表情をする。
まずはあの巨体を退けなければ話にならないだろう。
俺がこいつをぶっ飛ばすしかない。なにも倒すわけじゃない、大丈夫だ。
「ユリア!蒼龍の動きを止めてくれ!俺がコイツをぶっ飛ばす!」
そう言って、俺は走り出す。
「えっ!?わ、分かった!『エターナルブリザード!』」
ユリアの氷魔法はさっきよりも威力も範囲も桁違いだ。これなら蒼龍の動きを止めるのは問題無いだろう。
後は俺がこの巨体を退かすだけだ。
ユリアの魔法が蒼龍にどんどん迫る。地面が氷の世界へと変化していき、氷柱のようなものが津波のように押し寄せていく。周囲の大気はこの魔法の影響か白い霧のようなものも発生している。
そして、この魔法が蒼龍へと届く。
しかし、蒼龍も似たような魔法を二度も食らわないと両翼でその巨体を空へと移動させる。
が、ユリアの魔法は蒼龍の想定していたものより遥かに強大だった。蒼龍の足に氷柱が突き刺さると、その部分から侵食するように凍っていく。
「キ”キ”ャ”ア”ア”ア”ア”ア”!!!」
蒼龍の今までに無い程の大きな咆哮が響く。
俺はこの機会をみすみす見逃さない。
「『コアドライブ!』」
全身を青い炎が覆う。そして、その炎を 右手に集める。フィールをぶっ飛ばした時と同じ要領で。
しかし、俺はそれに加えて、魔法を合わせる。風魔法を青い炎の周りに纏わせる様に発生させる。そして、
「吹っ飛べ!『ウィンド・インパクト!!!』」
俺は飛んでいる蒼龍まで蹴り飛ぶと、思い切り蒼龍の頭に拳を叩き込んだ。
「キ”ャ”ア”!!」
蒼龍はフラフラしながら地面へと落ちていった。
「ユリア!今のうちに!」
「うん!」
それから俺とユリアは急いで洞窟の中へと入る。
暫く走って、
「なんとかなったか……」
「そうだね……」
洞窟の中、俺とユリアは肩で息をしながら言う。と、その時、
「キ”キ”ャ”ア”ア”ア”ア”ア”!!!!!」
蒼龍の今までにないほど大きな咆哮が洞窟に居る俺達にまで聞こえてきた。
「相当怒ってるな」
「まあ、あれだけやったらね…」
ユリアは少し申し訳なさそうにしている。
「予定より早いけど、このままエルフの森まで行こう」
「うん、そうだね」
と、俺とユリアが顔を合わせて話している時、異変に気づく。やけに暑いのだ。俺は額に汗をかいている。
「暑くないか?」
「うん、暑い」
ユリアもそう言って汗を拭いている。
ここら辺にマグマとかでもあるのか?それとも天然ガスとかで暑くなっている?いや、多分違う。というか、これは何か違和感がある…………まさか!!!
「ユリア!『マジックバリア』だ!」
「えっ!?わ、分かった!」
そう言って、ユリアは『マジックバリア』を発動する。すると、次の瞬間、洞窟内を全て覆い尽くす赤い炎がここまで届いた。
炎は『マジックバリア』に当たると、押し込むような勢いでまだ迫ってくる。
「どうして炎が……」
「蒼龍が洞窟に向けて炎のブレスを吐いたんだよ」
それから暫くこの状態が維持され、ようやっと炎が終わった。
「はぁ……ビックリした……」
「危なかったな」
見ると炎が触れていた洞窟の壁がドロドロに溶けている。ユリアが居なかったら俺は丸焦げになっていただろう。
「ありがとう、ユリア」
「ううん、先を急ごう。また、こんなのがきたら大変」
「そうだな」
それから俺とユリアは小走りでその場を離れた。
あれから数時間、洞窟の中を歩いた。
目の前に白い光が見える。出口だ。
「やっと出口か」
「そうだね」
俺達は洞窟を出た。外は明るくなっていた。
そして、その光に照らされ、緑の木々が見える。見渡す限りの木。ここがエルフの森だろう。
「戻ってきた……」
ユリアが少し神妙な面持ちになっている。当たり前だ。あんなことがあったんだ。
そんな顔を見ないよう視線を外す。すると、俺はふと目立っている大樹に目が行く。
大きな幹に大量の葉が特徴的な大樹。背丈はこのドゥラーン山脈にも負けない。雲に届きそうな感じだ。
アレが恐らく話に聞いていた大樹〈アダム〉なのだろう。
「行こっか」
「…ああ」
ユリアの顔が引き締まった様な気がする。
それから俺とユリアはエルフの村へと歩き出した。
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