第12話 機械〈ソラ〉と冒険者ギルド
部屋に戻ってきた。俺は自分のベッドに座る。
「明日、起きたらご飯を食べて冒険者ギルドだね」
「ああ」
明日はヴァイオレッドと冒険者ギルドで待ち合わせになっている。色々説明してくれるらしい。ありがたい。
「じゃあ、私は先に体洗ってくるね」
「え?ああ…」
エルブレンに来るまでで分かったことがある。それはユリアが綺麗好きということだ。
野営の時、『絶対に覗いちゃダメだからね?』と言って体を拭いていた。
その時、俺とあの調子の良い御者は周囲の見張りをするというのがお約束になっていた。
定期的に服も魔法で洗濯している様だったし、元奴隷の俺としてはあまり気にならないので余計にそう感じてしまうのかもしれないが。
それからユリアは一人で部屋を出て行った。
この宿には簡単な洗い場があるらしい。これから先、いつまたこういう宿に入れるか分からないし、ユリアが戻ってきたら入れ替わりで俺も行こう。
そんな事を考えて一人、部屋でぼっとする。
と、そこでとあることを考えた。それは俺についてのことだ。
俺にはまだユリアに伝えていないことがある。これから旅をしていこうという仲間に対してそれは失礼なんじゃないだろうか。
でも、俺の記憶は虫食いのように飛んでいる所もある。思い出してから話した方がいいか?いや、いつになるか分からない。今、話しておくべきだろう。
それに、ユリアはエルフの村でのことを話してくれた。辛かった筈だ。嫌な思い出というのはできれば思い出したくない。ましてや、それをみんなに話すというのは俺が思っている以上に大変なことの筈だ。
そう考えると、ユリアは実に強い人だ。
よし、俺も話そう。どうせ大した話じゃ無いんだしな。
それから俺はユリアが戻ってくるのを待った。すると、暫く経ってユリアが戻ってきた。「ただいま」、「おかえり」そんな会話をした後、入れ替わるように俺も洗い場へと向かった。
洗い場から戻ってきて、部屋に入るとユリアが自分のベッドに座り、白湯を飲んでいた。
「おかえり」
「ただいま」
そんな会話をした後、俺は自分のベッドに腰掛ける。
それから、俺はユリアが白湯を飲むのをただただ見ている。なんと言い出そうか迷っていたからだ。
「……どうかしたの?」
白湯を飲み終わったユリアが不思議そうに俺を見ている。
まあ、考え過ぎずありのままを伝えるべきだな。
「実は…大事な話があるんだ」
「大事な話?……っ!?」
不思議そうにしていたユリアの顔がみるみるうちに赤くなる。恥ずかしそうにし、耳まで赤くして。
「なっ…何の話でしょうか…?」
上擦った声で体をもじもじさせながら聞いてくる。
何で敬語?それに、なんか様子が変じゃないか?
とユリアの様子に違和感を覚えながらも俺は切り出した。
「俺のことについてだ」
「……ソラのこと?」
ユリアの顔はまだ赤いが、不思議そうにしている。
「ああ。実は……俺は人間じゃないんだ」
「人間じゃ…ない…」
俺の告白にユリアは少し戸惑った顔をしている。
「俺は精巧に作られた機械だ。人間に限りなく近いけど、人間には程遠い。そんな存在なんだ」
「ソラが…機械…」
ユリアは真面目な顔でそんな言葉を漏らす。そりゃそうだ。もし、俺が逆の立場だったら同じような反応をしただろう。
「少し長くなるけどいいか?」
「……分かった」
ユリアはそう言うと俺の隣に座り直した。そして、真剣な眼差しで俺を見てくる。俺は「なんで隣に座り直したんだ?」と聞きたくなったが、話が逸れそうなのでやめた。
「俺の記憶は飛んでいたり、曖昧だったりするからそのつもりで」
ユリアは無言で頷く。
「俺は約二千年前に作られた機械だ。アンドロイドとも言うらしいけど…とにかく、俺の体は機械でできている」
「アンドロイド……」
「二千年前、俺は既に完成していて、いつでも動かせる状態だった。でも、何か異常事態が発生した。その時、大きな爆発みたいなものに巻き込まれた。それで俺は自分を直す修復機能を使って長い時間を掛けて修復した。そして、約一年前、ミーシャに発見されて俺は目を覚ました」
「目覚めて直ぐはまさか二千年も時間が経っているなんて思わなかった。想像以上にダメージを受けて何か不具合が発生したのか、理由は分からないけど、とにかく、目が覚めたら二千年が経っていた」
「二千年も経つとその頃の常識はあんまり役に立たないこともあった。地名や地形は特にそうだった。俺が知っている知識とは結構違った」
「それと記憶が飛んでいるのも大変だった。虫食いみたいに忘れていたり、何となくそんな感じだったというぼんやりとした靄が掛かってたりしてな。それで……」
俺はここで黙った。何となくだ。でも、ハッキリと俺はとある感情を感じている。それは恐れだ。
怖い。何が怖いのか。何かを思い出した訳でもなく、誰かが襲って来たとかでもない。でも、俺は怖いと思っている。何かの故障では無い。
「大丈夫?」
そう言って、ユリアは俺の手を握ってくれる。
その時、気付いた。俺は何が怖いのか。
それは拒絶だ。それは不安だ。
俺が自分の秘密を話したことでユリアが居なくなってしまうのではないか。
俺と話をしてくれなくなってしまうのではないか。
ユリアに嫌われてしまうのではないか。
そんな考えが頭に浮かんでいた。
俺は機械。どんなに頑張っても人間にはなれない紛い物。
だから……と、自然とそんな風に思ってしまっていた。
でも、そんなのは杞憂だと気付いた。いや、気付かせてくれた。
ユリアの温かい手が俺を安心させてくれたのだ。
「ああ、大丈夫だ」
「でも、そっか……不思議に思ってたんだよね。戦いの時、青い炎を体に纏ってるし、寝てる時にこっそり顔を突いた時は随分硬いなって」
「寝てる時、そんなことしてたのか?」
「ん…まあ…」
ユリアは頬を掻きながら照れた反応をしている。
「俺の心臓は特殊な物でできてて、『コアドライブ』って呼んでる」
「それがソラの青い炎を作ってるってこと?」
「ああ」
「そっか。でも、まさかソラが機械だったとは思わなかったな〜」
その言葉に俺は少しドキッとする。機械なのに。
「よく分からない奴は…嫌いか…?」
俺は硬い声音で聞いた。
「ん…?それはソラが機械だから嫌いかってこと?」
「う、うん…」
「そんな訳無いでしょ?私は中身が大事だと思うよ。ソラは自分を機械だと思うのかもしれないけど、私はソラのこと機械だと思ってないし。貴方は人だ思うよ。人の心を持った人間」
「そっか…………ありがとな」
「うん」
俺は認めくれたということが嬉しかった。人の心を持った人間だと言ってくれたことが嬉しかった。何よりユリアに言ってもらえたことが嬉しかった。俺の胸に突っ掛かっていたものはすうっと霧散した。
「でも、ソラを作れる人が二千年も前にいたんだね。どんな人か覚えてる?」
俺の頬を引っ張りながら言うユリア。
「多分、男の人だった。後は分からない。何か言われてた気がするけど……」
「そっか……話してくれてありがとね」
「いや、こっちこそ聞いてくれてありがとう」
それから俺とユリアはそれぞれのベッドで眠りに就いた。
俺は目を瞑りながら、ユリアに話して良かったと思っている。俺はユリアの隣にいていいんだと。一緒に旅をしていいんだと。
俺は今日、ユリアと心の距離を縮められたと思う。
翌日、朝食を済ませた俺とユリアは冒険者ギルドに赴いていた。
「おお、二人とも来たか」
冒険者ギルドの前には赤髪の女獣人剣士、ヴァイオレッドが既に待っていた。
「「おはようございます」」
「ああ、おはよう」
「もしかして、待ちましたか?」
「いや、私も今来たところだ。早速、案内するよ」
そうして、俺とユリアは冒険者ギルドの中へと案内された。
中に入ると、そこには沢山の人々が居た。
掲示板に貼ってある紙を見つめる者、テーブルで話をしている者、パーティーに入らないかと勧誘している者、カウンターで受付と何かをしている者と様々だ。
「結構人が多いんですね」
「ああ。大体、朝は混んでる。依頼を受けたいからな。この時間だと少し遅いぐらいだ。良い依頼は朝の七時ぐらいに来ないと無いかもな」
「へぇ〜」
「まあ、とりあえず、冒険者として登録した方がいいだろう」
それから俺とユリアはヴァイオレッドの後に付いて行き、カウンターまで来た。そこで受付のお姉さんから説明を受ける。
冒険者になるためにはまず、渡される紙に必要事項を記入しなければいけないらしい。それができたら今度は紙に魔力を込める。すると、紙がその魔力から色々なことを判断して自動で修正してくれるらしい。便利なもんだ。
自動で修正するなら自分で書く必要は無いと思うが、色々あるのだろう。
俺は早速、貰った紙の必要事項を埋める。しかし、最初から躓いた。
まず、名前だ。一応、ソラという名前を貰ったがこれでいいんだろうか。
それと年齢も困った。いま自分が何歳なのか、どうやって書けばいいのか分からない。
名前の方はソラでいいとして、年齢か…まあ、目覚めたのが一年前だから一歳…いや、無理がある。どうしたもんか…。
俺は迷った末、十六歳と書いた。大体、そのぐらいに見えるからという単純な理由で。大丈夫だろうか?怒られそうな気もする。
それから他の欄も埋める。性別、種族、職業。どれも書くのに困ったが、何とか埋めた。
「それではお預かりします」
受付のお姉さんがそう言って、俺とユリアの紙を受け取る。
「はい、それではこの紙に少しでいいので魔力を流し込んで下さい」
そう言われて紙を返された。
それから、言われた通りに紙に魔力を込めてみる。すると、文字が活字に変化していった。
名前:ソラ
性別:男
年齢:三一歳
種族:人族
職業:?
ここで俺は疑問に思う。何故、年齢と職業の所が変わっているんだ?年齢は十六歳、職業は旅人と書いた筈だ。変だな……。
そう思い、確認の為にユリアの紙を覗き込んだ。
「ひゃっ!?」
「えっ?!」
俺はユリアの声に驚いた。ユリアは紙で顔を隠すような体勢になっている。
「駄目ですよ、人の物を見たら。個人情報ですからね」
「あ、はい…すみません…」
初歩的なことを忘れていた。後でユリアには謝っておこう。
「それでは回収します」
そう言われて、紙を受付のお姉さんに渡す。すると、ユリアの方は特に何も反応しなかったが、俺の方は訝しげな顔をして、何度も紙と俺の顔を行ったり来たり見ていた。
「…えっと……職業はなんと書きましたか?」
「ああ…一応、旅人と書いたんですが……」
「う〜ん……分かりました。こちらで手直ししておきますね」
「あ、はい…」
険しい顔をしていたが何とかなったようだ。
それから少し待っていると、銅製の板を渡された。手のひらに収まる大きさで、表にはFランクと彫られている。裏を見るとソラと名前が彫られていた。
「そちらが冒険者の証、冒険者カードになるので大切に保管して下さい。以上で手続きは終了です。これから注意事項をお伝えしますので覚えておいて下さい」
「分かりました」
それから注意事項について説明された。
まず、一つ。法律を破らないこと。
当たり前のことだが思うが、法律を破ると罰があるらしい。
基本的には冒険者ランクが下がるだけ。しかし、冒険者ランクが下がるということは受けられる依頼のランクも下がるということで、結果的に減給に繋がるらしい。
因みに大きな犯罪、例えば殺人をすれば冒険者としての登録は削除される。更に、永久に再登録は不可能になるらしい。
まあ、常識的な行動をしていれば犯罪を犯すことは無いだろうが、国によって法律が違うので、その点は注意してくれとのことだった。
二つ目、依頼の破棄について。
依頼を途中で破棄する事が出来るらしい。しかし、その場合、違反金が発生するらしい。原則、報酬金の半分を支払わなければならない。場合によっては全額になる可能性もあるので気を付けなければならない。
なので、できそうな依頼を受けるようにとのこと。
また、揉め事を避ける為、基本的にはパーティーのリーダーが依頼の受注を行うらしい。過去に色々と問題があったからだそうだ。
「今すぐ関係しそうなことはこのぐらいでしょうか。他にも注意して欲しいことはありますが、初心者の方に関係がありそうなことで注意が必要なのはこのぐらいだと思います。何か分からないことがあったら冒険者ギルドの職員に聞いて下さい。いつでもお教えしますので」
「「はい」」
「他の基本的なことは私が教えるので後は大丈夫だ」
「そうですか、分かりました。これから大変だと思いますが、気を付けて、頑張って下さい」
「はい」
「ありがとうございます」
「よし。じゃあ、まずは依頼についてかな…」
それから俺達はヴァイオレッドから説明を受けた。
依頼は掲示板に貼ってある紙をカウンターの受付まで持って行く。そして、受注が受理されたらそこから依頼開始らしい。一応、先に依頼を達成させてから報酬を受け取ることもできるらしいが、トラブルになるので基本に忠実にとのことだった。
「次は…パーティーについてか」
パーティーは最大で九人。リーダーを必ず決める必要があるらしい。
そして、リーダーが決まったら受付にパーティー登録するらしい。その際、パーティーの名前も必要とのこと。
解散する時も基本的にリーダーがするが、理由があるならパーティーメンバーなら誰でもできるらしい。
パーティーを解散するのには色々と事情があるから緩いんだそうだ。冒険者は常に死と隣り合わせということだろう。
「ああ、それと冒険者ランクについても説明しておこう」
冒険者ランク。
俺が貰った冒険者カードは銅製。他に鉄、金、プラチナの全部で四種類に分かれている。プラチナはSランク。ゴールドはA、Bランク。シルバーはC、Dランク。ブロンズはE、Fランクの依頼を受けることが出来るらしい。
なので、俺とユリアの冒険者ランクはブロンズのFランク、一番下ということだ。当たり前だけどね。
依頼を達成していくとランクが上がる。
FランクだったらEランク、EランクだったらDランクにというようになり、Dランクになるとブロンズからシルバーランクに昇格ということになる。この時に冒険者カードもランクに応じた物に変えるらしい。
そんな感じでどんどんランクを上げていき、Sランク冒険者を目指して依頼を達成していくということだった。
因みにヴァイオレッドの冒険者ランクはゴールドのAランクらしい。
Sランクは時間がとれなくてなれていないらしいが、いつかはSランクのプラチナになりたいそうだ。
何でも、色々と冒険者ギルドから支援をして貰えるらしい。
「受付の人が説明してくれてたし、あと説明が必要そうなのは…そうだ、私のように情報を交換する為に冒険者ギルドを使うこともある。伝言を残したり、情報を他の町の冒険者ギルドに広めて貰ったり、そんな使い方もできる。覚えておいて損はない」
「なるほど」
「そんなもんかな。説明すると言った割には余り説明できていない気がするが…自分達で色々経験しながら、覚えて行くのも冒険者の醍醐味だ」
「色々教えて下さってありがとうございます。ヴァイオレッドさん」
「ああ」
「これからヴァイオレッドさんはどうするんですか?」
「私はバスクホロウへ向かおうと思っている」
「じゃあ、私達とは入れ違いみたいな感じだね」
「そうだな」
「そうか。貴方達はバスクホロウから来たのか」
「はい」
「フフ…これも何かの運命なのかもしれないな」
「そうですね」
「……私はもう行くよ」
ヴァイオレッドは少し名残惜しそうに言う。
「はい。またどこかで会いましょう」
「ああ。また何処かで」
「お元気で」
「ああ、貴方達も。もし、ヒカリを見つけたら冒険者ギルドに連絡してくれ」
「はい」
「もちろん」
「ありがとう。それじゃあな、ユリア、ソラ」
そう言って、ヴァイオレッドは冒険者ギルドから出て行った。
彼女とは本当に短い間だったが、かなり印象に残った。ウェッヂの愛の告白から始まり、冒険者ギルドの説明まで。彼女とはまた何処かで会える気がする。
「行っちゃったね…」
「うん」
ユリアが少し名残惜しそうな顔で言ってくる。
「あれ?ソラさんにユリアさんじゃないですか!」
俺とユリアが声のした方へ振り向く。そこには見慣れた奴がいた。というか昨日まで一緒にいた人物、馬車の御者をしていた騎士だ。
「僕ですよ。ハイルです!」
そう言われて俺は初めて彼の名前を知った。そういえば、名前を聞いていなかった。
「ハイルさん。どうしたんですか?もう、バスクホロウへ戻ったと思ってましたよ」
「いや、それがエルフの森に偵察に向かった連中がまだ戻って来てないと聞きまして。それで心配になって情報を集めようかと思いまして」
「なるほど…」
少し心配そうな顔をしているユリア。ていうかユリアはコイツの名前を知ってたのか。
と、それよりもだ。エルフの森に偵察に向かった連中が戻って来ていない。確か、彼らがバスクホロウを出たのは一ヶ月以上前の筈だ。移動でそれなりに時間が掛かるとしても、確かに遅い。
「私はこれからソラさんとユリアさんを無事に送り届けた事を報告しなければならないので、直ぐに戻らないといけないんですが…」
ハイルが困った顔を浮かべている。
「エルフの森で何かあったのかもしれませんね」
「はい。どうやらその可能性が高そうです」
「俺もそう思う。どうせこれから向かうから俺達が調べてくるよ」
「申し訳ない」
「いえ、ここまで送って下さったお礼だと思って下さい」
「はあ…私は一応、任務だったんですが……いや、お二人にお願いします!」
頭を掻いて申し訳なさそうにしていたハイルが真面目な感じで言ってくる。こういう所はちゃんと騎士だな。
「分かった」
「任せて下さい」
それからハイルは礼を言って冒険者ギルドから出ていった。
「でも、何があったんだろう」
「う〜ん……」
きっと何かがあったことは間違いない。そして、俺達はその何かがあったであろう場所に向かおうとしている。警戒して行かなければならないだろう。
それから俺とユリアは冒険者ギルドを出た。
「必要な物を買ったら早速、行こうか」
「そうだな」
エルフの森で何かがあった。それは間違いない。不安はあるが、まずは買い物だ。
と、俺がそんなことを思っていると、勢いよくこちらに向かってくる人がいる。というか、どちらかというと後ろの冒険者ギルドに向かって走っているように見える。
「すまない、退いてくれ!」
そう言われて俺とユリアはその人物に道を開ける。というか、走っている人物はウェッヂだった。
異常なまでに焦っている。この世の地獄という顔だ。
それから俺とユリアの間を勢いよく走り抜けて冒険者ギルドの扉をバンという音が鳴る強さで開けた。
そして、キョロキョロと誰かを探している。
「はぁ…はぁ…」
彼は肩で息をしながら、中を見ている。
俺とユリアは昨日のことを知っているので、なんとなくウェッヂが誰を探しているのか分かる。いや、間違いなくヴァイオレッドだ。彼女を探しているのだろう。
「アレって昨日の…」
ユリアがウェッヂに聞こえないように小声で俺に言ってくる。
「ああ、昨日の奴だな」
もしかして、気絶してから今までずっと眠っていたのか?だとすると、少し気の毒な気もするが……。
と、考えていると、ウェッヂが勢いよく振り向いて俺の顔を見た。ウェッヂの顔には一切の余裕が無い。少し狂気じみているようにも感じる。
「君!昨日、酒場に居たよな!」
そう言って肩を掴まれ揺らされる。被っていたフードが脱げる。てか、力強すぎだろ!
「彼女のことを知らないか!頼む!何でもいいから教えてくれ!」
「ヴァイオレッドならもうこの町を出たよ!バスクホロウへ行くってよ!」
俺は突き放すように言った。正直言って面倒臭かった。だから、早く終わってくれと思っていた。なので、言ってしまった。これは恐らく失言だろう。しかし、そう思った時にはもう遅かった。
「ヴァイオレッド……そうか…ヴァイオレッドか!ありがとう!!!」
そう言って、ウェッヂは物凄い勢いで走り去った。あんな地獄みたいな顔をしていた奴とは思えない程の笑顔で。
「…言って良かったの?」
「いや……良くなかったな…」
唖然とし戸惑っているユリア。
俺は心の中でヴァイオレッドに謝罪した。そっちに猛獣を放ってしまった。申し訳ない。なんとかしてくれ。
ヴァイオレッドの冒険者ランクはゴールド、Aランクの実力の持ち主。なに、大丈夫さ。……大丈夫だよな?でも、昨日はあと少しで落とされそうになってた気も……いや、これ以上考えるのはやめよう。
それから俺とユリアは町で買い物を済ませ、エルフの森へと向かった。
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