黒い血流、赤き血潮、倒れた姿は敬虔な

明鏡止水

第1話 黒い心臓、黒い血流、黒い血管

 黒い心臓、黒い血流、黒い血管。

別にいいじゃない。もともと二十歳までだったんだしさ。

黒川チサトは真っ黒になった心黒病のレントゲンを見てつぶやいた。


「わったし〜、できれば二十代で死にたかったんだよね〜」


 いっちばんわかくて、いっちばん美しい時に。

それは十代でも良かったのだけれどなんせそれまでは黒い死は訪れなかったわけで……。


「よくありません」

検査結果を聞いたショートカットのよく似合う黒髪のタレ目の可愛い、赤川アカネがたしなめる。

「私の髪色と同じ色で死なないでください。思い出して、葬儀で暴れます」


「おやおや、もう私の葬儀の立案を? ありがとう! やっぱりアカネは真面目で大好き!でもこの病がどういうものかわかるでしょう?」


二人の女子高生のやり取りを見ていた医者が言う。


「言ってしまえば、全身炭のように乾いていって、硬くなり、脆くなり、黒くなって亡くなります」


「聞いた?! アカネ! 私、消えます!」

「そんな笑っている場合じゃないでしょう!」

ひょうきんなチサトに深刻そうなアカネが、絞り出すように言う。


「まだ、結婚して三年目ですよ」


しゃーないなー。

チサトが哀れみを込めてアカネを見る。


「三年目の浮気くらい、許してくれよ?」


 帰宅。

女子高生のチサトとアカネは結婚している。お互い親がいなくて、冷蔵庫も大きのが欲しかったし、未成年で国から補助金は出るし、チサトの方は親が遺産を残してくれたがアカネはゼロから始めた。

 

「遺産、治療費にあてるから!残ったらアカネにあげるね!配偶者だもん」

「当たり前のことを明るく言わないでください!介護だってあるし、貴女、これから、手も足も炭になるんですよ?!」

「じゃあ施設行くよ、アカネの負担になりたくない」

アカネよりチサトの方が成績が良い。進路も決まっていた。

チサトは黙りこくる。

「なんでこんな、怖いことに……」

「それは私より怖いのかな?」

大病で体の自由を失っていく私より、これからの貴女の事態は怖いもの?


「私、見届けます」

アカネがテーブルを挟んで向こう側に座るチサトを捉えて。

「貴女が炭になっていくのを側で……、できる限り」

「頼もしいなー、いいよ、いいよ、元気出てきた!」


やがて、両手足が炭化したチサトは患部を切り落とすまもなく黒い心臓は砕け、黒い血管はひび割れ、黒い血流は、二度と赤い血潮を流さないかと思われたが、細く美しく喀血した。


お金がないので引き取り手がいないと言うことでこっそり焼いてもらい、骨壺を見たら。


黒い粉と、白い遺骨が、インスタントコーヒーのように混ぜ合わさっていた。


このコーヒーを飲んで、まずかったら、私の妻は死別した、と言おう。もし、美味しかったら、チサトの一生をなぞって精一杯生きよう。


病と骨のブレンドは。


それよりも、思い出す。

私達、結婚してるんだった……。

未成年の、同姓同士の結婚。

誰にも祝ってもらえないと思ってた。

だけど、クラスでは暖かく迎えられた。


「うちらもやっとくか!とりあえず婚!」

なんて。


 体が動かなくなる病気は沢山ある。呼吸器からきて身体も弱っていくもの。


 残された、遺された、アカネは思った。

笑ってる。

あいつは、チサトは、

骨壺になっても、笑ってる。


 心黒病。私が、治す。

発言条件は、わからない。ただ発現者は、全員同性婚をした人だけ。


 もしも。詩的な表現が許されるなら。

貴女のためにお歯黒塗って、今日も田んぼで田植えをするから。

呪い。呪い。呪いなのか。


幸せなのに、こんなことってないよね。

最後に立ち会えた。

赤い血を一筋口元から流すチサトの名を呼び、手を取って、その手は黒い星屑になって崩れて火薬が爆ぜたように色鮮やかで。残った胴体は、敬虔な美術品のようだった。

 

「ねえ、チサト。私

ーー再婚するね」


たとえ、私が黒く染まろうとも。



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黒い血流、赤き血潮、倒れた姿は敬虔な 明鏡止水 @miuraharuma30

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