『魔女』

「村を無クすのニ、なんデこんナ遠回りしテんの?」


 武力で解決が一番楽じゃんと、マルタへ疑問をぶつけるパリン。


「私が優しいからかな?」

「自分デ優しイっテ言う?」


 ふふっ、と笑い合う少女たち。

 遠目で見れば、可憐な少女たちの語らいだろう。


「村に色んな人が出入りしてたら、村全体を使った実験できないじゃん」

「ふ~ン?」


「私だって商人さんとか無関係な人は巻き込みたくないからね」

「ア~、なるホど」


「え、今ので分かったの?」


 聞こえてきた会話に、思わずつっこみを入れてしまったポトコル。

 何もわかっていないようなポトコルを見て、ケラケラと笑うパリン。



「村の人タちで人体実験しタかっタんでシょ?特に魔力適性の無イ人を使っテ。だカら、子供タちは村の外に逃がしタし、魔力適性が不明ナ村以外の人を立ち寄らせナいよウにしテる」


 ネっ!とマルタにウィンクを飛ばすパリン。

 笑顔で頷くマルタ。


 文字通り人を人と思わない奴ら同士で気が合うのかもな、と失礼なことを考えているポトコル。

 そんな微妙な表情をしているポトコルをよそに、マルタは語る。

 自分がやりたかった実験内容を。


「今、あの村の結界は、極端に魔力が繋がりやすくなっているんだ。それこそ、魔力過多や魔力逆流が起こるくらいにはね」

「…っ!それって」

「うん。人工的に、人間で魔力暴走を起こそうかなって。できないでしょ?こんな実験。やっぱり、結界の更新はのできるおばば様にやってもらった方が早いからね。あの時にやってもらったよ」


 天使のような笑顔で、悪魔のようなことを言う。

 今の『魔女』は、独自の『魔法』を使いこなす魔法士を指す意味合いが強い。目の前の少女を見ていると、本来使われていた忌避の対象である『魔女』そのものを表しているようだった。


「それにしても、よくあのおばば様を言いくるめたな」

「言いくるめ…?」

「あぁ、だって戦争で戦果を上げて英雄と呼ばれているんだろ?人が犠牲になることを許さないと思うんだが…」

「ふっ。やりたいことを伝えたら普通に協力してくれたよ。英雄と呼ばれているおばば様も結局は『魔女』なんだ。『魔女』が知的好奇心に勝てるわけがない。『魔女』はどこまでいっても『魔女』なんだ」


 狂っているから独自の『魔法』を産み出せるのか、独自の『魔法』を産み出したから狂ったのか。


 それは誰にもわからない。


「さて、お話はここまでだな。次の依頼主はこの屋敷だな」


 リテリア北部の大きな屋敷の目の前で止まる3人。

 少女2人に長身の男1人と不思議な組み合わせなためか門番がちらちらと見てくる。


「マルタちゃンの『魔法』で中にピューンっテ行クのはダメか?」

「そんな易々と見せていい『魔法』じゃないだろ…」

「私はバシバシ使ってくれていいよ」

「そんな易々と見せていい『魔法』じゃないだろ!!!」


 年齢も身長も上であるのに、制御しきれないガールズを抱えるポトコルはすでに頭が痛かった。

 普通に行くぞ、と2人を引っ張り門の前までやってくる。


「何用か?」

「どうも、この時間に約束していた便です」


 ポトコルとパリンは、いつぞや手に入れた茶色のタグを見せる。


「あぁ、話は伺っております。…ただ、聞いていた話は2名の予定でしたが?」


 警戒は少し緩めたようだが、いつでも動ける重心。確かに、このメンバーは仕事というよりは子守だろう。一応、言い訳は考えてある。


「額を見せなさい」

「はい」


 見習い魔法士のようないでたちの少女の額には、幾何学模様が刻まれている。


「あぁ、『魔女の森』の」

「えぇ、見習いではありますが、そこらの魔法士よりも腕が立ちますよ」


 納得した表情を浮かべる門番。

 事務的なやり取りをいくつか交わしたのち、入場許可を得る。

 門をくぐると、そこそこ広い庭が出迎える。いや、屋敷が大きいせいでそこそこ見えるだけだろう。玄関口まではちょっと歩く。


「そウいえバさ。盗賊団が来ナかっタら、どウしてタの?」

「実は、便利屋呼ぶために青犬大繁殖させてたんだよね」


「エ?わザわザ?嘘の依頼出せバかっタんじャないの?」

「それだとすぐ帰っちゃうじゃん。何日か滞在してもらう必要あったんだよね。ほどよく戦ってもらって、魔力の流れを調整したかったからさ。その準備をしてたら、盗賊団に不意打ち食らっちゃってさ」


「エェ!!大丈夫ダっタ?」

「緊急脱出用の術式仕込んでから、なんとかね。急な移動で酔って森の入り口で倒れてたところを便利屋さんに助けてもらった感じかな」

「確かに。覚悟無シにすルと、吐きソうにナるな」


 またもや、花を咲かせる制御しきれないガールズ。

 すでに玄関前。いわば依頼主の眼前にいるようなものであるが、もう諦めを決め込むポトコルであった。


 少女たちは止まらない。


 ―――

 ――

 ―


 少し前まで、空き室が目立っていた貸家群。中心街から外れたその立地は決していいものでは無く、どちらかと言えば不便ではあった。少し寂れた風が吹くその区画。


 そこに新たな入居者が4人。老婆が1人と美女が3人。一家で越してきたかと思えば、どうやら別々の棟を借りるらしい。


 リテリア国内は戦闘職の練度が高いこともあり、比較的治安は良い。

 ただ、それでも万全ではない。悪いことを考える・実行する奴はどこにでもいる。人の波から外れた区画なら、なおさらそんな者が居てもおかしくはない。


 ある男は金に、食に、性に飢えていた。

 最近は失敗続き。はじめはちょっとした失敗だった。取り返そうと躍起になって自滅を繰り返す。恋人に逃げられ、仕事はクビになり、その後の日雇いの仕事すらままならず。ストレスが溜まり、享楽を渇望する。酒に逃げるが、酔いが冷めれば焦燥感や自己嫌悪に陥る。


 そんな不安定な精神状態の男の目の前に、この辺では見ない者がふらっと現れた。眼を見開く男。


 ――絶世の美女って、こういう…。


 ふらっと現れていい人物ではない。ウェーブのかかった漆黒の髪。グラマラスなその身体。垂れ目ではあるが、そのおかげか幼い印象を与える。今は、比較的、落ち着いた、精神状態、だったのに。男に渇きが襲ってくる。


「へ、へへっ。いい女じゃねぇかぁ?」

「あら、ありがと。お兄さん、いい目しているね。欲望が溢れ出そうな、頑張って理性を保とうとしているような、そんな目。良ければ、奥、行かない?」


 薄暗い物陰を指し示す女性。男は必死にうなずいて、言葉なく肯定する。


「ふふっ。おいで?」


 妖艶に微笑み、両手を広げている。抱擁を促すその仕草は、誘蛾灯のようだ。

 男はふらふらと吸い込まれていく。

 女性を着飾るその服は胸元を大きく開け、見るからにすべすべな肌を見せびらかしていた。


 欲望の波に乗る男は気付かなかった。美女の左胸と鎖骨の間に、幾何学模様が刻まれているのを。


「あ?え?な、なん――」


 熱い抱擁は、死の演舞。

 飲み込まれるように、男の身体は『魔女』へと取り込まれていった。


 彼女を知る者は、こう呼ぶ。


『吸収の魔女』と。



「ふふっ。ごちそうさま」


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