『魔女の森』

 便利屋組合に到着した一行。

 帰路は特に問題が無かったことに、脱力するほどの安堵を得る。


 おばば様たち『魔女の森』の面々も当面は西部で暮らすらしい。英雄資金制度の手続きと後出し依頼、そして宿屋・貸家を探すため、便利屋たちと一緒に西部支部の建物へ入っていく。



 ――ドンっ!


 勢いよく扉が開かれる。

 ずかずかと10人ほどの大所帯が侵入する。


「……ユート、扉を開ける勢い強すぎ」

「そうだぞ?壊れたら、お給金減っちまう」


 森人の少女と両刃斧を背負った青年が、先陣を切っている少年をたしなめる。


「ユート、歩くの早いよぉ」

「ぐひっ、甘々なリィラさんもなかなか…」


 少年の隣まで小走りで向かい、流れるように腕を絡める赤毛ショートボブの少女。

 その様子を見てぐひぐひ言っているのは、してはいけない表情をしている聖職者。


「おばば様。総合窓口を案内しますね」

「あぁ、助かるよ」


 若き天才でありエース格の森人は、『魔女の森』のご意見番を案内している。


「うふふ、かわいい」

「そうね、食べちゃいたいくらい」

「ねぇ、町に着いたことだし、お姉さんたちといいことしない?」


「うぅ…。あ、うぅ…」


 少女とも見れるほど容姿を持つ内気な少年は、『魔女の森』のお姉さま方に可愛がられていた。


 便利屋のロビーに現れた、騒がしくもゆるく甘い空気をまとっている集団。

 体力を酷使こくしして依頼から帰還した者たちは、その空気に充てられ砂糖を吐いて卒倒している。阿鼻叫喚。


 そんな地獄絵図はさておいて、シルとカルディクが総合窓口で出迎える。


「おかえり。無事で何よりだ」

「おかえりなさいませ。魔石板での報告は受けておりますが、詳しいお話をお聞きしたいと思います。それに合わせて『魔女の森』の方々の手続き等を進めていきますので、奥の応接間をご案内したします。部屋の準備ができましたら声をかけますのでお待ちください」


 しばし、待つことになる一行。


 何気ないやり取りではあったが、「おかえり」の一言がユートに響いた。

 前世と思わしき記憶はあるが、こちらの世界では身寄りのない孤独の身であることは覆しようのない事実だ。

 この数週間、数か月。共に過ごしてきた便利屋組合員の人々。


「おぅおぅ!期待の新生が帰ってきたぞ!」

「バリィが先輩風ふかしてなかったか?」


 ロビーで待機していた先輩たちに囲まれる。

 軽口を言い合いながらコミュニケーションをとっていくユート。

 その心には、帰ってきた安心感がじんわりと広がっていく。


 同期で常に傍にいたリィラ、シィタ、リティア、マルチア。便利屋の入団試験からずっとサポートしてくれているカルディク、シル。今回の任務で同行したバリィ、ティラ。それ以外にもここにいる便利屋組合のみんなが、普段から気にかけてくれている。


 ――ここが、今の自分の『家』なんだ。


 さまざまな不安に押しつぶされそうな毎日ではあったが、居場所を見つけられた気がしたユートであった。


 …。


 説明や手続き、おばば様たちの住む場所が決まり、あとは解散の流れだ。

 手続き代行や住居の斡旋の見返りとして、『魔法』に関する案件が来た時に『魔女の森』のメンバーが相談に乗ってくれることとなった。


 後日、青犬討伐に加え、護衛という名の送迎もきちんと報酬が支払われた。みなで分配しても、生活に余裕ができるだけの額だ。当面は軽い依頼を消化するだけでも暮らしていけるだろう。


 余裕ができたこともあってか、最近のユートたちは自己鍛錬に精を出している。

 便利屋での訓練に加えて行っていた、実戦形式の戦闘も練度が上がってきたのがよくわかる。また、新たな『魔法』の可能性を追究すべく、シィタは足繫くおばば様の元へ通っている。


 強敵と対峙した彼らは、その経験を糧にしつつ、緩やかながらも実りのある日々に戻ってきた。


 ―――

 ――

 ―


 子供たち、およびおばば様たちが村を去ってから、『魔女の森』は緩やかに滅びを迎えていた。


「子供たちが居なくなったのは想定外でしたが、私たちも研究ができないわけではありません。他より恵まれた環境にいるのは事実なので、今まで通り、『魔法』を売って稼いでいきましょう。いいですね?」


 ショックでしばらく動けなかったパラテ。なんとか復活し残った者たちへ檄を飛ばす。ご意見番と研究者が数人居なくなっただけ。村人たちはそう強がって日常に戻ろうとしていた。


 はじめの変化は些細なことだった。


「ごめんな。これからは町で普通に術符を買うよ。正直、割に合わなくなったんだ」


 定期的に術符を購入してくれた戦闘職の青年。

 定期便で平原を渡ってくるその青年は、いつも笑顔で恋人のことを自慢してくる明るい人柄だった。そんな彼が申し訳なさそうにそう告げてきた。


「いえいえ、事情が変わるのは仕方ないですからね」


 便利屋であれば依頼が減れば儲けも減る。憲兵団であれば昇進に伴って地元のコネを優先する。節目で仕入れが変わるのは無い話ではない。ましてや、町からここまでそれなりに距離はあるのだ。ちょっとした変化でも負担が大きくなりやすい。


『魔女の森』に引きこもっていても、もとはエリート魔法士を目指した身。そういったことは理解できていた。


「村長殿、申し訳ない。隊商の往来便を減らしたい。情勢が変わってきて、こちらもいろいろと厳しくなってきたのだ」

「い、いきなりそんなことを言われても…」

「あぁ、あぁ。わかっているさ。いきなり減らすのも村人に混乱が生じるだろうから。ひとまずは2/3程度。ゆくゆくは現在の半分以下の滞在日数にしたいと思っている」


 外貨や物資の入手の有力手段。そびえる山脈を越えてやってくる北からの商人たちだ。彼らはリテリア国公認の隊商であり、険しい道のりを経てやってくる品々は、生活必需品から異国文化の香り漂うモノまでさまざまだ。


 旅に命を賭している彼らの目的は、主に『魔女』の『魔法』と北部の岩鬼製高品質の道具だ。


「…理由をお伺いしても?」

「さすがに、目を覚ましそうな竜の隣は歩きたくない。遠回りするとなると我らの消費も増える。こればっかりは、な」


 …。

 隊商を見送ったパラテ。なんとも歯がゆい状況が続いている。


「『魔女』たちが何か仕組んだのか?」


 その考えに至るが、何を仕込んだらこうなるのか見当もつかない。


「村長。ご相談が…」

「…はい。今、行きますね」


 今までは先を見据えていたのに、今は現状の解決だけで手いっぱいだ。

 投げだしたい気持ちを抑え、良くない流れに向き合う。

 自分たちの住む場所を消耗品にしながら。


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