帰路
平原を走る馬車。
出発地は『魔女の森』で、目指すはリテリア国西部にある便利屋組合。
中に乗るは、便利屋の若きエースたちと5人にも満たない『魔女の森』の村人。
キャンピングカーのように空間的・設備的に余裕があるその馬車は、10人ほど乗せているが快適さを失わずにコトコトと走っていた。
『魔法』を用いて生まれたエネルギーを燃料で疲れ知れずに走り続ける馬車。それと『魔女の森』で商売人が術符を仕入れるために、それなりに整備された西部の主要部へ至る道。それらの要因で、単純な距離として近く無い2点を、思いのほか短い時間で走破することができる。
『魔女の森』の村人たちを乗せているのも、護衛という名目の送迎だ。
ちなみに、おばば様様より護衛の任も後出し依頼をしてもらえた。魔石版より後出し任務も申請済み。同じタイミングで相談した英雄資金制度も、受付嬢のシルが進めてくれているらしい。さすが有能美人さんである。
「ごたごたに巻き込んじまってすまないねぇ」
馬車から森が小さくなっていくのが見える。
遠くを見つめながら、おばば様は村でも言っていたような台詞を呟いた。
「……。事情は伺っても?」
集団と集団のぶつかり合いは繊細な問題ではあるが、気になるところではある。
「あいつらは、自分たちの評価が高いのさ。良く言えば誇り、悪く言えば意固地。特出した才能のない頑固者の下で修業しても、いい魔法士には成れないよ」
そして、おばば様は知る限りの『魔法』の歴史を語ってくれた。
元々の『魔法』は、時間と手間をかけた儀式を執り行い、発現させていた。
術式や変異材の概念が希薄だった頃は、主に統治者・権力者がそのチカラを誇示するために行わせていたものだった。
ある統治者はせっかちだった。自身の息子へ代替わりすることを大々的に知らしめる戴冠式。あの長ったらしい式典をなんとか簡略化できないものか、と相談したのが『魔法』の発動過程を研究するきっかけだった。
見事簡略化は成功し、それは儀式用から戦闘用へと変わっていった。
そこからさらに技術が積み重ねられ、豊かとなった国・街の整備にその技術が充てられるようになる。
戦闘用から生活用への変化と共に、『魔法』という技術も市民の生活へ根付いていった。
市民に広がる『魔法』。
享受する者にとっては、汎用性や万能感があふれる新技術。ただ、わからないモノに恐怖を感じる者もいるのは事実で、町から離れれば離れるほどおっかなびっくりであった。
専門機関で研究している者が解けない問題でも、一介の市民が閃くことなんてそれなりにあることだろう。町から遠く離れた寂れた農村でも、才能が眠っていた。それが『魔女』のはじまり。
得体の知れない技術を悠々と使いこなし、不可思議な現象をどんどんと起こすその様は、憧れよりも恐怖の対象となった。やがて、村で何かがあればすべて『魔女』がやったのでは無いか、と疑心の目で見るようになる。村の発展のためと新しい技術を取り入れていった『魔女』は、その思いの差に耐え切れず村を出ていった。
安寧を求めた『魔女』であったが、結局は村を転々とすることとなった。村を離れる度に、1人2人と同じ境遇が勝手についてくるようになる。ならばと思い至ったのが、はじかれ者でひっそりと暮らそう。そして、森の奥で潜むようになった。
娯楽は『魔法』の研究。様々な『魔法』により、周辺の獣を狩るのに苦は無い。森に住み始めてからは、悪意に晒されない日々を送っていた。時々、住人は増える。『共感の魔女』ともでも言うべきか、他者の喜びや悲しみといった感情を感じ取れる者がふらっと『魔女』を拾ってくる。なるべく、同じ境遇の人は救いたい、と。それでも、安寧と言えるくらいには、落ち着いていたものだった。
そして年月が流れる中で森の外では、『魔女』となった者はどこかにある森に集まって暮らすらしい、との噂が
さらに年月が流れ、風化しそうだった噂に目を付けたのが、パラテたちだった。
パラテたちが村のあり方を変えていってしまった。
だから、自身が受け継いできた『魔女』を守るために。
「そのために、結界の書き換えをしようと思ってね。勝手に混乱を起こしてくれたから、それに乗ってできたよ。まぁ、あんならには変な迷惑をかけたね。英雄資金の申請はお詫びみたいなもんさ」
ユート達は、今回初となる連泊となる依頼である。青犬討伐の成果だけで言えば上々だが、子供たちが攫われる(公式記録的には大規模な移住)を防ぐことができなかった。盗賊団と、それとは違う勢力。対人戦闘の面で言えば、苦い結果となった。
揺れる馬車の中、ユートが思い出すのは『魔女の森』の広場での出来事。今回の人攫い案件の始まりだ。
ユートの囲まれた時の判断・嗅覚はとてつもなく冴えわたっていた。
ただ、結果としては、隠匿が得意な男がわざとそのにおいを漏らした罠であった。自身の被害をトリガーに、目くらましや感覚を鈍らせるなどの異常を与える呪いのような魔術。まんまと引っかかったユートは、己の無警戒を悔しんでいた。
――もっと違う立ち回りをしたら、リィラは命を失わなかったのに…。
そんなユートの様子を見て、バリィもまた無力さを感じていた。
謎の白い少女との圧倒的なチカラの差。
自身の戦闘経験が全く生かせなかった森の中。以前、便利屋組合で緑タグのカルディクと訓練で模擬戦闘を行った時に、世界の広さ、というものを知った。ただ、色々と自信のついてきて茶タグになってからの少女との対面は、さすがのバリィもこたえるものがあった。後日、人知れず日課の筋トレの量が増えたようだ。
しかし、男衆は落ち込んでいるが、何も悪いことばかりでは無い。
リィラは、魔力適性が変わったような感覚があると言う。蘇生が影響しているかは、わからない。おばば様に見てもらったが、村に来た時と確かに魔力の流れが変質しているようだった。
目に見える変化もある。それは、ユートにべったりとくっつくようになったのだ。以前の距離感は、仲のいい友達のような雰囲気(時々甘い空気入り)だった。だが、現在では離さんとばかりの雰囲気を出し、人目を気にせず腕に抱きつく場面も見受けられる。
「ユート?」
「ん?」
「えへへ。呼んでみただけ~」
そんな様子を見て、口元を抑えつつおしとやかに笑っているマルチア。
マルチアに関して言えば、単純に彼女は偉業を成し遂げた。少人数での蘇生の義。なんなら、優秀な補助線のチートは有ったとしてもほぼ1人で完遂したのだ。ほぼ普及していない『祝福』といった技術が大幅に進歩することであろう。無論、それは他者から見た観点であり、マルチア本人はリィラのために祈りを捧げていた。
立場としては、便利屋組合に教会所属の派遣員だ。ただ、今や以上の仲間意識というものが目覚めているのも事実だろう。隠している口元がだらしなく開いているのもおそらく気のせい。ユート、リィラのカップルを覗きたいだけではないはずだ、きっと。
馬車の窓からは、西部の街並みがうっすらと見えてくる。
どうやら、話を聞いている間に、ずいぶんと近くまできたらしい。
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