決別

 いま『魔女の森』は、二分していた。


 おばば様側に立つのは、追われて『魔女の森』へ行きついた者たち。

 パラテ側に立つのは、中央部に復讐心を持つ者たち。


 二分しているとはいえ、パラテたちは20人弱、対しておばば様に味方するのは便利屋を除いて5人に満たないと人数差はあった。


「すまないね。こんなごたごたに巻き込んじまって」


 ただ、おばば様陣営は余裕を崩さない。この場にいる村人は全員が理解している。有象無象が20人集まろうと、協力した『魔女』には敵わないということを。

 その余裕が、深く打ち込まれたくさびを刺激する。


「私たちの目的を邪魔して、お前らの目的は何なんだ?」


「あんたらの作戦通りにやったら、子供たちは開花しない。『魔女』じゃなくて、ただの研究者になっちまうからね。『魔法』を語らえる者が傍にいないと寂しいもんさね」


「私たちも研究はしてました!ここに来た時よりも『魔法』に詳しくなっているはずだ。私たちではダメなのですか?」


「ひっひっひっ。おもしろいこと言うねぇ。あんたらは研究者ですらない。ただの商売人だろ?」


「この――」


 ――ドスンっ!


 バリィの両刃斧が地を叩く。

 激高しかけたパラテも、意識が剃れたようだ。


「戦闘職の居る前で、暴力沙汰はダメですよ?」


 あくまで、優しい口調で話しかけたバリィだが、村人たちは寒気を感じた。


「おばば様も煽ってはダメです」

「はいよ」


「さて、これ以上加熱したら本当に暴力沙汰になってしまうので、それぞれ順番に意見を聞かせてください」


 広場の熱も冷めたところだ。そのまま、バリィが場を仕切り始める。

 スッとパラテが手を上げた。


「村長、どうぞ」

「私たちとしては、義務を果たせなかったとして、攫われた子供たちの返還を便利屋責任の元やってもらいたい。加えて、今回の即時補填として、青犬の討伐依頼は違約金無しで取り消しする。以上です」


 すかさず、おばば様が反応する。


「あたしからいいかい?」

「はい、おばば様。どうぞ」


「これは人攫いじゃなくて引っ越しみたいなもんさ。マルタに聞けば場所がわかる」

「リック、マルタに連絡はとれるかい?」

「い、今やってみる!」


 魔石版で通信を試みて数分で返事が来る。


「いま、北部の農村にいるらしいよ。ほかの子たちも元気だって」


 広場にざわめきが広がる。

 マルタから返信が来ることもそうだが、居場所を簡単に教えてくれたことに戸惑いが隠せないようだった。ただ、動揺の波に埋もれた姉弟の表情に気が付く者はいなかった。


「これで、人攫いの責任はないね」

「ぐっ…」


「あと、もう1ついいかい?」


 場の戸惑いは消えなかったが、バリィはうなずいて発言を許可した。


「依頼云々うんぬんは興味はないが…。せっかく便利屋さんが頑張ってくれたんだぁ。報酬金は英雄資金から出すよ」


 ―――

 ――

 ―


 英雄資金制度。

 武勲を立てたり人々を救済したりと国に貢献した者が受けることのできる制度。

 国としても英雄と呼ばれるまでに登り詰めた者には、望むだけの報酬を与えたいところだ。ただ英雄は、戦争、災害、そのほか様々な障害で国民が疲弊しているタイミングで希望として、あるいは結果として生まれることが多いだろう。


 国民が疲弊しているのは、国に余裕がないことと同義。

 余裕が無ければ、報酬を出し渋ることになるだろう。そして、出し渋れば英雄からも国民からも信頼を失うことは必至である。


 ある時、深海にて魔力暴走が起こり、海岸を魔物が埋め尽くしたことがあるリテリア国。あわや都市が壊滅寸前といった状況だったが、並み居る魔物たちを薙ぎ払い港を救った者が居た。

 リテリア東部、海路で物流を支える港町。海の幸も豊富で、教会のお膝元でもある重要な都市を守ったのだ。甚大な被害は出たものの、復興していこうと人々に思わせるその背中は、まさに英雄。


 ただ、当時、大陸全体として経済は明るくなく、海路の要がダメージを受けたことで、リテリア国も余裕はなかった。頼れる教会も、今回は自身らの復旧の方が忙しいだろう。


 救ってくれた英雄に対して、十分な報酬が払えないのでは。と内政に関わる者がみな悩む中、1人が思いついた策は衝撃を与えた。


 ――いっそ報酬の上限を無くせばいいのでは?


 1回それきりの大きな支払いをするのではなく、生涯英雄を国で養おう。と、まるで奇人の発想を述べた。


 長期的に見れば、損するのでは?と意見されたが、死ぬまでわがまま言えるなら「英雄」は他国に流れないだろう、と返す。


 国庫がどれくらい使われるかわからない!と意見されたが、申請制にして申請内容を国民に公表すればあとは「英雄」の信頼問題だろう、と返す。


 そうして、1人の奇人に言いくるめられた結果、国のとって大変都合のいい制度ができた。ただ、為政者たちの予想に反し、国民の受けは良かった。


 ―――

 ――

 ―


「『先読みの魔女』として戦場にも立ったからね」

「でも、いいんですか?」


 軽い口調でおばば様は言うが、バリィはそのありがたい提案に思わず聞き返す。

 英雄資金制度。申請さえすれば望む資金は得られるが、国民の英雄にふさわしくないと思えば、受給する資格を失ってしまう。


「もう老いぼれだからね。今更、支援を失ってもどうってことは無いさ」


 なんとも返しずらいぼやきをするおばば様。

 返信に困る便利屋たち。

 おばば様はパラテたちに言い捨てるように言葉を吐く。


「あたしらは、この村を去る。そのために、『位置ずらし』と『迷い道』の効果は弱くした。本当に、この村を再建したいなら自分たちで結界の更新でもするんだね」


 送迎はお願いしたいね、とバリィに向かって言った後、おばば様陣営は占いの館へ向かっていった。

 緊張が解けたのと明かされた事実から、呆然としたパラテは膝から崩れ落ちた。


 パラテ陣営の者たちは、すぐに駆け寄り支える。


 長年かけた些細な復習計画は、彼らの復讐心の元となった才能の差によりあっけなく終わりを迎えた。泣き崩れる者もいる。

 無理もない『魔女の村』は、『魔女』さいのうたちを失った。残された者たちは、良くて中の上。平凡の枠に収まる者たちだ。


 ネームバリューを使っての商売はまだできるだろうが、それはもう消耗品となってしまった。


 バリィたちの目の前にいるのは、戦う前に負けた者たち。

 慰めの言葉をかけるには、あまりにも惨めなこの場。


「では、我々もこれで失礼しますね」


 そう伝え、便利屋のメンバーも宿屋に帰っていく。

 同情もあるが、気まずさから早く村から出たいと内心は統一されているだろう。


 どうやら、『魔女の村』は消滅するらしい。

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