村長と長老

 村長のパラテは群衆より一歩でておばば様へモノ申す。


「ですが、おばば様。戦闘職には、非戦闘民の保護義務があります。そちらを果たさずに、青犬を一定数討伐したから約束通りの依頼料を出せと言われても納得はできないですよ。子供たちという村の宝を失った。その補填を私たちは受ける権利がある。この抗議は村の総意です」


 普段の物腰柔らかな態度なパラテが、ご意見番に反意を示している。

 それを鼻で笑いながらおばば様は言葉を返す。


「村の総意?ふん。文句があるなら、この子らじゃなくて便利屋に陳情を出せばいいだろうに。あんたらは「何とかします」って言質を取りたいだけだろう?だいたい、ろくに見張りもしない警備に、青犬に怖気ずく魔法士、頭でっかちの研究者気取り、そんな奴らが『魔女の森』を語るってのかい?『魔女』って言葉はねぇ、忌避する者に付けられた名前だったんだよ。それに屈せずに歴代の魔女たちは届かないいただきという意味合いに変えてきたんだ。あたし含めてね」


 まるでお前たちはハイエナだ。そう言いたげな目を広場に集まった大人たちに向ける。向けられた者どもはその圧に怯む。おばば様は続ける。


「そもそも『魔女』は流浪の身。追われて襲われて、それでも『魔法』に執着する。そんな姿に戻る時が来たのかもしれないねぇ」

「おばば様?何を言って…」


「子供たちはあたしが逃がしたってことさ。才能ある子たちだったからね、ここで腐らすのも勿体ないだろう?」


 ニタリと煽るように笑うおばば様。

 その言葉に驚いたのは村人だけでなく、便利屋の面々もだった。


 その実、マルタとおばば様は画策していた。子供たちの脱出計画を。

 計画の発端は、パラテたち世代が台頭し村を回し始めたことであった。


『魔女の村』は魔法士の聖地。そう定着し始めたのが、ちょうどパラテたちの青年期であった。


 当時、魔術の研究を本格的に進めたいリテリア国が、もともと細々と『魔法』を研究していた者たちをまとめあげ国管轄で魔技研を創設。立ち上げとのことで魔法士の求人が生まれた。国の力の入れようもあり、魔技研はエリートの集う場所としての立ち位置を確立していった。


 当然、中央部はエリート魔法士を目指す若者で溢れることになる。向上心を持つ者、愛国心の高い者、単にブームに乗る者、腕に覚えのある者、中央部での生活を夢見る者…など、多くの者が集まっていた。


 倍率が高く、才も個性も様々。お眼鏡にかなう者はほんの一握り。ほとんどの者がそのまま地元に帰ったり、魔法士として付近の戦闘職へ就職したりしていた。

 ただ、一部の諦めきれない者たちが中央部に残りたむろしていた。さすがに、憲兵たちに目を付けられ始めていたあたりで、集団の1人が呟いた。


 ――『魔女の森』に行くのはどうだろうか。


 その村は、周りに理解されず、それでも『魔法』を捨てられない変わり者が集う場所。まさに自分たちのようだ。そう感じた集団は『魔女の森』を目指した。


 村は案外早く見つかった。


 集団のリーダーであったパラテは正直なところ、追い出されてしまうと思っていた。そもそも魔法士には変わり者が多いが、それが孤高の魔法士が集まる場所だ。そんなところに集団でお邪魔してもいい顔はされないだろう。実際に、いい顔はされなかった。が、悪い顔もされなかった。孤高と呼ばれるほどだからか他者への関心が薄いのだろう。そう納得し、集団は村に定住することを決めた。


 そこからは、もともといた『魔女』たちの文化を受け入れ、切磋琢磨して『魔法』の才と価値を高めていた。そうして、噂程度だった『魔女の森』は、魔法士憧れの聖地へと成っていくのであった。



 …となれば、何も問題は無かったのだろう。

 蓋を開けてみれば、1つの村に先住組と移住組の2つの集団が生まれただけだった。

 先住していた村人が排他的だったわけではない。ただただ単純な話で、明確な才能の差だった。


 移住組の前提が間違っていた。はじきもの仲間と勝手にシンパシーを感じているだった。なんなら、彼らにはプライドがあった。自分の才能に自信があった。採用されなかったのは、面接官の見る目が無かったと思い込んでいた。


 何故、ここが『魔女の森』と呼ばれ始めたのか。何故、彼ら彼女らは『魔女』と呼ばれているのか。理解できないモノ・現象は気味が悪いように、超常的な『魔法』を使う者もそういった対象であった。『魔女』とくくられ、避けられてきた者たち。他者には理解されないを持った者が傷を舐めあう場所。


 学校や訓練所で習う一般的な術式、あるいはちょっと応用術式を簡単に習得できた成績優秀者だからこその矜持であろう。ただ、そんな移住組にとっては遥かなる頂。山を登っている途中では頂上が見られないように、己の立ち位置を見誤ってしまった。


 結果、村に住み始めてから実力差をひしひしと感じ、移住組のほとんどはプライドが粉々になってしまった。一般の術式を改良した術符を『魔女の森』印として販売・宣伝し、『魔女の森』のブランド力を高めることには成功したのは彼らの功績だろうが。


 コンプレックスとして心にくさびが打たれた彼らだが、希望はあった。それは村の宝とも言える子供たちだった。そして彼らは閃き、計画する。


 彼らには特出した才能は無かったものの、他者に魔術を教えるだけの基礎はあった。子供たちの才能を伸ばすべく、持ち回りで基礎をしっかり教え込む。子供たちには資質があったのだろう。面白いくらいに『魔法』を吸収していった。


 そんな様子を見て、パラテ世代は笑みを浮かべる。『魔女』に暗いイメージを持つ自分たちの世代は、戦闘職としての魔法士もマイナーであった。そのため、魔術はほぼ独学。だからこそ、『魔法』の才ある子供たちがのびのびと学べる空間ができたことに喜びを感じていた。



 確信していた子供たちの成長を。

 魔技研を追い越せと発破をかける。

 自分たちでは届かなかった、その場所。


 まるで、子供たちに刷り込むように。

 仲間意識を強く持たせ、魔技研を意識させる。


 そして、青年期を迎えるあたりで、誘導するのだ。

 みんなで魔技研で働くといいだろう、と。


 ゆくゆくは、純粋な可愛い宝たちが魔術を掌握する。

 今や『魔法』で回っている、この世界は『魔法』の要所がそのまま大動脈だ。


 彼らが持つのは、小さな根深い復讐心。

 しかし、それは立派な国家反逆でもあった。


 ただ、それは身内により泡と帰した。


「お、おお、おばば様…。あなたは……、いや、お前はなんてことをしてくれたんだ!!!」


「甘く見ていたのはお前たちだろう?あたしは誰だい?」


 どうやら、おばば様の方が上手だったらしい。

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