村へ

 マルチアは軽い問答を終え、周りにOKサインを出す。


 リィラは完全に意識を覚醒させた。

 記憶の混乱も今のところは問題なさそう。


 それを受けとったユートは、照れるリィラを強く抱きしめる。

 普段は表情がクールなリティアやティラも表情を和らげているので安堵が伝わってくる。


 そんなチームの様子を見ながら、責任者として場を締める役割を全うしようとバリィは声を張る。


「リィラが目覚めたばかりで悪いが、報告を組合へ送ったら『魔女の森』に戻る。みんなも帰還準備を進めてくれ」


 みな、了承の意を示す。それらを確認したバリィは追加報告するために魔石版を起動した。そして、「間違った報告はできないからな」とフォーマットに沿って非常にゆっくりと入力していくのであった。


 …。


 村へ帰還する道中。

 これは予想の範囲内であったが、生きている青犬との遭遇は無かった。

 代わりにと、暴君の通った跡が形成されていた。


「バリィ先輩、これは…」

「あぁ、ひどい有様だろう?これは、生態系を完全に無視した駆除だ。それをあの少女は片手間にやってのけた」

「……。」


 地獄の鬼ごっこを思い出し、身震いするバリィ。その会話が耳に入ったほかのメンツも小さく震えていた。


 今回の件をまとめるにあたり、少女の存在・もたらした被害の記録は必要不可欠だろう。のちのち、何かしら森の調査を行う時のためにも参考になるだろうからと道すがら記録を残すこととなった。


 少女の残した痕跡は、自然災害そのもののようだ。

 そこに明確で計画的な意図は感じられない。圧倒的なまでの暴力が、森にこびりついていた。


 ユートも少女と対峙した1人である。洞穴内ではすんなりと拘束できたが、それは幸運が重なったのか少女が楽しんでいただけなのかは今となってはわからない。

 この森の様子それにバリィたちの様子を見るに、白い少女・パリンの実力は相当なもの。

 下手したらリィラを見つける前に無駄死にしていたかもしれない。内心、軽率に戦闘に入ったことを反省しながら森の被害の調査を続けていたユートだった。


 …。


 調査と言っても別に事細かに調べるわけでもなく、あくまで便利屋の記録に残すものだ。

 そのため、村へはすぐ帰還できた。とはいえ、問題はこれからだろう。


 バリィの視点では、青犬討伐の最中さなかに想定外の強敵が現れたため撤退した。と言う単純なシナリオで終わるが、ユートの視点が加わると村の子供たちの誘拐事件まで絡んでくる。


 マルタ含め子供たちは、移動の魔術で既に遠方へと旅立ってしまったと思われる。が、あくまで推測ではあるし、警戒するに越したことはない。


 いざ、村の広場で報告してみると――


「なんで守ってくれなかったんだ!」

「戦闘職の義務はどうした!」

「子供たちを返して!!」


 村人から浴びせられる罵声の数々。

 投げつけられる敵意をひしひしと感じながらも、己の役割を全うしようとバリィは矢面に立つ。隣にいるティラは表情こそ、悲しげで悔やんでいるようなものであったが、感情は既にどこかに旅に出ていた。

 3日くらいは飲みに付き合わされるだろうな、とそれなりに付き合いの長いバリィは彼女の内心を察していた。


 報告と対応があるため広場に村人たちを集めていた、バリィとティラ。リィラをシィタと早く再会させるためにほかのメンバーを占いの館へと向かわせていた。


 さて、占いの館で出迎えてくれたのはシィタとリックの2人であった。お互いに顔を合わせた途端に抱き合う姉弟。さきほどまで寂しさや不安が限界突破しそうなシィタであったが、泣きながら安堵を浮かべていた。


 ただ、そんな姉弟の様子を微笑ましく見ている余裕は無かった。リックへの説明はどうしたものかと悩むユート。いまのリックを見るに、村の子供たちの心配はしているだろうが悲壮感までは見せていない。ありのままを伝えるか、濁して伝えるか。


「大丈夫だよ。おばば様から聞いているから」

「っ!?」


 ユートの雰囲気を読んだのか、さらっと答えたリック。

 気丈に振る舞うでもなく、むしろユートたちを気遣っている口調ですらあった。


「マルタはちゃんと『魔法』を使えた?」

「あ、あぁ。他の子たちと一緒に居なくなったよ」

「良かった…。成功したんだな」


 まるで、帰ってこないことをわかっていたような態度。

 違和感を感じたが、ちょうど奥からのっそりとおばば様がやってきてそちらに意識が向く。


「ひっひっひっ。聞きたいことも多いだろうが、今は広場が騒がしいだろうからね。そっちを片付けてからにしようじゃないか」


 歴戦の魔法士。その有無を言わせぬ雰囲気にされる。

 姉弟が落ち着くのを待ち、みなで広場に向かうこととなった。


「ユートさんも、おかえりなさい」

「シィタ…。心配かけたね」

「ぶ、無事でよかったです」


 頬を赤らめ、目を背けるシィタ。

 この姉弟、その容姿が似ているばかりか、可憐さを持ち合わせていた。リィラの勝気はボーイッシュで近い距離間を思わせ、シィタの弱々しさは庇護欲そそものだった。

 シィタのその仕草は、甘えてきた時のリィラを連想させ、思わずどきりとするユートだった。


 そのやり取りをすぐ後ろで見ていたのはリィラ。ユートの背中を瞬きを忘れるほど凝視し、「ユートが弟に取られちゃう…、ユートが弟に取られちゃう…」と声にもならないつぶやきを吐き出していた。


 リィラを支えながら歩いていたマルチアも「ユートにシィタくん、男同士ですが…。アリ…かも…」と新しい扉を開きかけている始末だ。


 クールな森人の2人は、ツッコミはしょうに合わないのか放置し、故郷話に花を咲かせているのだった。


 そんなこんなで、喧騒が響く広場へ到着した一行である。

 おばば様を引き連れて。


「静まりなさい」


 大きくは無い。が、重みのある声が広場に響く。

 瞬間、やり場のない感情を便利屋へとぶつけていた村人たちがしんと静まる。


「見苦しいねぇ。見苦しいよ。子供たちが攫われたのは私らの力不足だよ。便利屋さんにあたるんじゃない」


 おばば様は村人たちをはっきりとたしなめた。


 どうやら、おばば様は便利屋側に立ってくれるらしい。

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