その意識は


深く重たい感覚。



暗い大海を漂うような不安感。



それと同時に感じる包まれている安心感。



(自分は…。私は…。僕は…。ウチは…。)



さきほどまで、虚無だったその意識は目覚めようとしていた。

ただ、記憶はひど混濁こんだくしている。



散らばっている記憶をかき集め、繋ぎ合わせる。



(ウチは…。ウチの名前は、リィラ。弟が居る。北部の村から逃げて、西部の便利屋に入った)



己の存在を確かめるように、記憶の整理をしていく。



(ウチを待つ人が、居る。シィタと、)



記憶の整理も進み、その魂の混乱も落ち着いてきた。



(あとは…。はぁ、会ったら一言ひとこと言わないとね)



自分の核を確信し、いざ外界と繋がる。



文句を言う準備もできた。



そして、意識は浮上する。



…。



蘇生の儀、そのものは完了していた。あとはリィラが目を覚ますのを待つこととなる。


未だ眠り姫となっているリィラの傍らには、いまかいまかとユートが控えている。

まるで、お預けを食らった犬のようだ。


他の面々は洞穴内の事後処理を進めていた。

今回の依頼は青犬の討伐となるが、盗賊団やそのほかの勢力との戦闘は想定外での武力行使となる。事態に対応することとなった成り行きや損害・被害、あるいは加害をまとめ、便利屋としての正当性を示さなければならない。


シナリオ作りそのものは便利屋西部支部がやってくれるが、具体性を持たせるには現地の情報をより多く提供する必要がある。

とはいえ、蘇生の儀の間にバリィ、ティラ、リティアの3人で襲撃が無いかの見張りに合わせて洞穴内の調査は大方済ませていた。そのため、あとはフォーマットに沿って情報を送信するくらいであった。


「送信、と」


今回のチームの長を務めるバリィが、魔石版の操作を終える。

青犬の討伐だけでいえば、むしろ上出来と言えるほどであった。白い少女・パリンと遭遇するまでの話だが…。生態系を意識した数減らしでは無く、享楽的な蹂躙じゅうりん。パリンのその行為による最大の被害は、青犬の個体数の大幅減少よりは縄張りを追い出されたことだろう。いやな波及効果が連鎖しないことを祈るばかりである。


それと気がかりがもうひとつ。村の子供たちだ。ユートからの聞き取りでは、同じ村の子供であるマルタと共に『魔法』の放つ淡い光の中へ消えていったとのこと。また、ユートの推測ではマルタは「移動の魔女」。すでにその能力で『魔女の森』の外にいることだろう。


戦闘職は、脅威が差し迫った際に民間人を守るために前線に立つ義務がある。


極端な話で言えば、本来の任務は青犬討伐。子供たちが誘拐されたことは想定外であり、戦闘痕跡があるため最低限の責務は果たした、と言えよう。

とはいえ、村に戻って報告すればなぜ守り切ってくれなかったのかと非難を受けることは必至だろう。


いくら中堅・実力者とも呼ばれる茶色タグまで行こうが、好んで矢面に立つことなんてないだろう。もし積極的にクレーム対応をしたいという奴がいるなら、被虐思考を持っているか頭のネジが旅に出てるのだろう。


「なるようにしかならない、か」


そう、ため息をつきながらつぶやくバリィ。

覚悟とも達観とも諦めとも言える、そんなひとことだった。


…。


事後処理の終わりが見えた一方で、儀式を終えたマルチアも息を整え落ち着いたところであった。

全工程を終了し、あとはリィラが目を覚ますの待つのみ。


作業を振り返れば、思い浮かぶのはユートの書いた魔法陣の補助のことだ。

それはとても素晴らしいもので、これほどまでの変換効率・伝導率の高い術式を経験したことは無かった。一種の快感を覚えたほどだ。


魔力、そして天力。相反する二つのチカラを、その抵抗すら組み込みまとめ上げた術式は恐ろしいほどの効率を保った。マルチアの想定のおおよそ1/3程度の時間で儀式は完了したし、多少の無理をユートはしていたようだが供物も成人男性3人分の生命力で事足りた。


と、内心でユートの術式をほめてばかりのマルチアであるが、蘇生の儀を完遂させたその腕は国内、いや大陸屈指であろう。


そもそも一般普及している『魔法』に比べ、使い手の少ない『祝福』。

かつ、高度な技術を求められる蘇生の義。


工程としては肉体を再構築し、飛び散った魂を集め、器に注入していき、定着までさせる。言葉にすればこれだけの項目しかないが、ひとつひとつが針の穴に糸を通すような集中力を注いでいく作業である。さらに言えば、各分野のエキスパートたちがで行うまさに外科手術だ。

それを、マルチアは1人で行った。『祝福』に覚えのある者であれば、おそらく化け物にしか見えないだろう。


リィラに寄り添うユートを眺めて、だらしなくとろけた表情でカップル成分を補給している姿も十分化け物に見えるが…。

実際、疲労の溜まっているマルチアを介抱しているリティアは、極力マルチアの顔を見ないようにしていた。


そんなこんなで、全体が落ち着いてきたあたりで変化が訪れた。


「…ぁ、…うぅぉ?」


リィラが目を覚ましたのだ。

蘇生したばかりだからか、まどろむような瞳に、呂律も回らぬ様子ではあった。

だが、意識はしっかりあるようで、自分を抱きかかえるユートや周りの便利屋の存在を認識すると嬉しそうな表情を浮かべていた。


リィラの復活を独占したい気持ちは山々のユート。ただ、蘇生後のことは専門家マルチアに任せた方がいいと判断し、リィラがマルチアと話しやすいように抱え直す。



「私は誰かわかりますか?」


じっとマルチアの顔を見た後、頷く。


「力を込めることはできますか?」


優しく握られた手を、強く握り返す。


「言葉は発せますか?」


少しかすれた声で、大丈夫と呟く。


「ご自身のお名前はわかりますか?」


軽く咳払いをし、自身の名を発する。


「今、何問目?」


しかめた表情を見せ、答えを返す。


「では、恋人の名は?」


照れながら、最愛の名をささいた。



どうやら、意識も問題なさそうだ。

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