蘇生の儀

 生命を現世に留めるために、別の生命を代償とする。その儀式はまさしく反魂術はんごんじゅつと言える。

 みなが見つめる中、粛々と地面に描かれたサークルの中でマルチアは祈り続けていた。


 マルチア、リィラ、そして供物となる男たちはそれぞれ魔法陣で囲まれていた。さらにそれら3つの魔法陣を頂点に繋ぐ術式が書き込まれている。上から見下ろすと大きな1つの三角形にも見える。


 魔法士であるティラの手伝いもあったが、ものの十分足らずでこの魔法陣を書き終えたユート。そして現在、それはマルチアの儀式をこれ以上なく補助していた。


 準備こそ手伝ったユートだが『祝福』は門外漢。あとは祈るのみとバリィたちと並んで見守る。

 奇跡はいつ起こるかわからない。祈るユートの時間感覚は薄暗い洞窟の中のせいか、緊張のせいか、曖昧あいまいになってきた。


 寝ているリィラ。祈り続けるマルチア。短くも長くも感じるその時間。奇跡を起こす足しになるかわからないが、ユートは変異材を握りしめ、リィラのことを想っていた。


 祈りに連動するかのように地面に描かれた魔法陣も反応を示している。


 祈るユート、地面に描かれた魔法陣、そして、進んでいく儀式。

 ユートよりも一歩引いたところから、それらを眺めていたティラは準備段階のことを思い出す――


「供物となるものはそちら側へ」

「気絶している大人を運ぶのは大変だな。ユート手早くやるぞ」

「はい、バリィ先輩」


「リィラさんはここに寝かせて、身をきれいにしましょう」

「私がやるわ」

「……ティラ姉さん、手伝う」


「3人運び終えたが何かほかには?」

「ユートさん、私とリィラさん、それと供物の方々を繋ぐように経路の補助線を書いていただけませんか?天力と魔力は反発しますが、大まかな性質は同じです。補助線や術式があればきれいな道筋ができると思います」


「わかった、補助線ね。…。ねぇ、マルチア、ちなみに天力を正の向きと負の向きを交互にしたり、向き入れ替えたりってできる?」

「集中力を要しますができなくはないかと」

「う~ん。例えばだけどさ――」


 ――ユートが提案したのは反発するチカラや経路になろうとするチカラを用いて、天力を安定的に誘導する方法だ。さらには、天力を小さい塊ごと分け細かく送受信することで、より情報の正確性や再現性を高める仕組みも盛り込んだ。


 現代知識で言えばリニアモーターカーやインターネット通信の仕組みに似ているものであり、ユートはおぼろげながら聞いたことのあるそれらから着想を得たものである。村の講義で学んだ結界の理論と手持ちの変異材で術式の土台はすぐにでもできると、すぐさま地面に術式を書き始めたユート。


 ティラはユートに対し、末恐ろしいものを感じていた。


(並みの魔法士では到底思いつかない発想よね。その場で構想が浮かんだ術式を、入念な下調べもせずに書き込み始めるのは)


『魔女』の資質。いや、それ以上の何か、を。


「ティラ先輩。中間経由の経路式書けますか?」


 思いにふけていたティラは、呼び声に引き戻された。


(これは、単純に書けるかどうかを聞いてる感じじゃ無さそうね)


「えぇ、階段型で大丈夫かしら?」

「はい。属性指定は燃える炎に、貫く地でお願いします」

「わかったわ。任せて」


(さて、リィラちゃんのためにも気合を入れないとね。属性は火と土、と)


 仲間を救うために、ユートの評価は不要なので脇に置いておく。


 茶色タグを掲げている戦闘職は中堅、実力者と呼ばれる頃合いだ。後輩には負けていられないと密かな対抗心を燃やし、術式を書くことに集中するティラであった。


 …。


 ユートはマルチアに倣い祈り続ける。そんななかでも儀式が着実に進んでいることが実感できていた。


 どうやら、濃いものが薄いところへ拡散するその摂理は、この世界の法則と共通していたらしい。自分の書いた術式を魔力ではない何かが流れている。感じたことのない不思議なそれが天力なのだろうか。命宿る供物からマルチアを経由し、リィラへ新たな芽吹きとして流れているのが感じ取れた。


 蘇生の儀では、肉体の再構築から始まる。命が散る瞬間というのは事故か病気か老衰だろう。だが、そんな器では飛び散った魂を集めて注ぎ直しても零れ落ちるのがオチだろう。

 ユートが感じ取ったチカラは、はじめはリィラを包み込むように集まっていた。その力は、今段階ではリィラに注ぎ込まれるように流れている。それは、器の生成が完了し、魂が込められていくことを意味していた。


(リィラ…。もうすぐ、…もうすぐ会える)


 儀式は終盤に差し迫っていた。ふと、供物となった者たちが視界に入る。チカラの流れ的に供物らの生命力・活力はリィラへと向かっている。とはいえ、彼らの見た目上はミイラのように干からびているわけでは無く、午後の陽気に充てられたかのような安らかな状態であった。


 ただ、すでに彼らの生命活動そのものは風前の灯だろう。事実、遠目では穏やかなに見える姿は生気・熱を感じさせることはない。そのギャップに少しの恐怖を感じながらも、リィラのために彼らの命を刈り取る決断をしたことに後悔は無かった。これは、これだけは覚悟をもって言えることだ。


(命を背負う覚悟。リィラとの約束したもんな)


 やがて、リィラへ向かうチカラの流れに変化が現れた。とめどなく流れていたものがまばらなものへと変わっていったのだ。その段階に入ると、時々リィラの身体がジャーキングのようにビクンと跳ねる。それは、筋肉に正常に反応することを意味するし、深い所にあった意識が浅くなってきている証でもあった。


 そして、その時は来た。


「――…けほっ。……スゥー、…スゥー」


 リィラに溜まっていた空気は1つの咳によって吐き出された。それ以降は規則的に外界と体内の空気を入れ替える。


 呼吸を始めたリィラ。感動やら何やらで泣きそうになりながらこちらに顔を向けてきたユートに対し、マルチアは優しい笑顔で頷く。

 そして、すぐさま駆け寄るユート。緊張をもって儀式を見守っていたバリィたちは、今度はほほえましくそんなユートを見守る。


 薄暗い洞穴のなか。

 盗賊団が居座り、戦いが起こり、儀式まで行ったその場所。終始、緊張感が漂っていたその場所ではあるが、やっと安堵の空気が流れ始めた。


 どうやら、儀式は滞りなく終わったらしい。


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