究極の選択


「ユートさん、人を殺す覚悟は、ございますか?」



 マルチアの突然の問いに時が止まる。

 リィラのともしびが消えていることは、察しの良いこのメンバーならば理解しているはずである。状況にそぐわない質問に加え、普段の生活ではまず聞かれない問いであることもあり聞いていた者の頭の中は疑問符で埋め尽くされている。


 ただ、ユートには『祝福』の代償を聞かれたような気がした。


 車が走り、飛行機が飛び、板の中に世界が広がる世界を知るユートからすると、『魔法』と『祝福』は聖典の奇跡を目の当たりにしているようだ。技術として勉強し、己の解釈で飲み込んだ。


『魔法』は魔力をモノに変換する。


『祝福』はモノの状態を変化させる。


 天力が作用する『祝福』は、その奇跡をもたらすのに代償が必要となる。

 つまり、リィラは『祝福』によりよみがえる可能性があること。その代償には、人の命をかける必要があること。

 マルチアの問いには、そんなメッセージが含まれていることをユートは察する。


「どれくらい、必要なんだ?」


「わかりません。私の感覚からすると、3~5倍ですかね。例えば、だれかを10分眠らせたら、自分は30分ほど眠ってしまいます」


 みなを置いてけぼりにし、ユートとマルチアだけの会話が続く。


「生きている人が、必要なのか?」

死人しびとで試したことは、ありません。ただ、生命の宿る器でないと蘇生を望む代償にならないと思います」


「マルチアの感覚からすると、3人から5人くらい必要ってことか?」

「えぇ。感覚的な話で申し訳ないのですが…」


「それ以外の代償は?」

「天力に溶ける前の魂を無理に拾い上げる行為です。一番強い思い・信念以外が抜け落ちるでしょう。生前のリィラさんそのままにならない可能性はあります」


「人を殺す覚悟、か。それなら、できているさ。ただ、怖いのは俺のわがままにリィラを付き合わせることになるのが、ね。でも、リィラとはもっと一緒に居たい」

「承知いたしました。私もユートさんとリィラさんの未来を願っております。それでは――」


 マルチアは祈りを捧げるように腕を組んだ。

 魔力の流れとは、また違う何かが渦巻く気配。


 マルチアを中心に魔法陣のような模様が浮かび上がる。

 それは、えるざわめきを感じさせるような、そんな力強さだった。



「――これより、『祝福』・【蘇生の儀】を始めます」



 ―――

 ――

 ―


 森の入り口、あるいは出口。


 突如として、浮かび上がった魔法陣に魔力が集まり発光する。

 やがて光が収まる頃に見えてきたのは、10人前後の子供の影。

 先頭に立つのは幼き魔女で、傍らには黒と白の凸凹コンビが控えていた。


「ふむ。どうやら、成功したようだね」

「え?失敗する可能性があったの?」


 満足げなマルタに冷や汗をかくポトコル。

 そんなポトコルに構うことなく、白い少女と向き合うマルタ。


「そういえば貴方も名前は無いのでしょう?」

「ン?まァ、そうダね」

「それなら貴方は、パリンでどうかしら?」

「割レそうナ名前ダね。いいヨ、マルタちゃん。改めテよろシく」


 名前を付けるのが楽しいのか、またもや満足そうにするマルタ。

 そんなマルタを囲うように村の子供たちは群がってきた。

 子供たちはみな、マルタの安否が取れたことへの安堵と村の外に飛ばされたことの困惑を浮かべていた。


 説明責任を果たすべく、マルタは子供たちへ向かう。


「みんな、まずはおめでとう」


 両手を大きく広げ、尊大な態度で言い放つ。


「おめでとう、って何?」

「今まで洞窟に居たのに急に外に。マルタちゃん何やったの?」

「逃げられたなら村に帰ろうよ!」


 感情が落ち着かない子供たちは、一斉に言葉をマルタへと投げた。

 訳も分からぬ間に連れてこられたのだから、混乱することは仕方なし。火に油の如きマルタの態度は、偉大さを魅せるよりも煽る結果となってしまった。


「説明、するよ?」


 一気に姦しくなった場ではあるが、たったの一言で子供たちは静まり返る。

 ある種の武力を魅せることで、それを成した。


 えもいえぬ雰囲気をかもしたマルタ。それは、周りを漂う魔力をコントロールし、威圧感にも似たプレッシャーを周囲に与えたのだ。

 本来、感じることがまれな魔力の流れを、補助具を無しに周囲へ感じさせる技量は『魔女』たる所以のものか。


 ともあれ、これで落ち着いて説明ができるとプレッシャーを和らげたマルタ。


「みんなには『魔女』になってもらおうと思うんだ。


「『魔法』って素晴らしいよね。

 こうしたいああしたいって机で書いていたものが、実際にできるんだ。

 だから、私はもっともぉっと『魔法』が発展してほしい。


「でもね。あの村に居たら、『魔女』に成れる人はそういないと思うんだ。

 結界に守られていて、基礎がすでに出来上がっている場所。

 そんな安全地帯じゃ、常識を根底から覆す『魔法』は造れない。

 だって、村のみんなの最近の研究も行き詰ってきてるでしょ?


「あぁ、村に残りたいなら残ってもいいよ。でも、あの村はじきに滅ぶよ?

 私が種を仕込んだからね。残り少ない時間を破滅の時まで楽しんでね。


「みんなは『魔法』の基礎はしっかり根付いていると思うの。

 だから、今度は応用。私と一緒に過酷な場所を経験しよう!


「私の目標は。みんなで『魔女』になって『魔女』を殺そうよ!」



 和らげたとは言え漏れる圧、夢を語るキラキラとした目、世界を変えるとうそぶく口、村の子供らと変わらぬあどけない容姿。

 そのすべてを含んでいる少女は、異様。その一言であった。


 マルタの雰囲気に呑まれたか、あるいは村に未来は無いと悟ったか。

 子供たちはみな、マルタに付いていくことを選んだ。


 こうして対外的には、盗賊団による大規模な人攫いの被害を受けた村として知られることとなる。それは子供をさらわれた被害者としての同情というよりも、最先端の魔法士をうたって置きながらも迎え撃てなかったためのブランド低下、としてであったが。


「それじゃ、少し休んだらするよ」

「無理に結界から出てきたんだぞ?連続で『魔法』使って大丈夫なのか?」

「さっきと違って魔力が集まりやすいし大丈夫だよ。多分」

「多分て」


 ポトコルの心配をよそに、終始にこやかなマルタ。


 どうやら、少女の気分は上々らしい。

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