魔女殺し

 身体が重くなったような、上から抑えつけられているような、下に引っ張られるような、そんなどんよりとした感覚が全身を襲う。


(これは…。盗賊団の動きを制限する時に、ティラさんが使っていた『魔法』?)


 行動制限を受けながら、マルタは周りの状況を観察する。影響を受けているのは、マルタ、白い少女、ポトコルの3人。近くにいる子供たちは何が起こっているかを把握していないようだった。


(体が重く感じる『魔法』なんて見たこと無いから、おそらく彼女独自の『魔法』のハズ…。魔法士である以上、弟子にもそうそうタネは教えないと思うのだけど…。)


 マルタは自身が素質、才能、環境に恵まれていたことは自覚していた。なんなら既に、2流の魔法士では相手できないほどの知識や力量を有していた。ただし、それらを把握しているのはごくわずか。村ではおばば様くらいだし、村の外でもこの場にいる白い少女と黒い男くらいだろう。


 そんな彼女の目を通したユートは異質であった。

 無尽蔵に魔力を通せるその体質はもちろんのこと、『魔法』に縁遠い地域から来たためか術式の解釈が独特であった。マルタとユートは馬車の中や講習会くらいでしか交流は無かった。しかし、彼の視点から見る術式は既存で使い古されたものですら新しいものに感じるほどであった。


(もし…。もし、仮に『魔法』を見て、…いえ、見たで学んだなら…。既存の術式から、再現しているとしたら…。)


 実際、ユートが発動しているコレは、ティラが使っていた『魔法』とは根本的に仕組みが違う。ただ言葉にするなら、手持ちの札で再現度を高めているだけ、であろうその行為。しかし、本当にそんなことが可能ならば――


「まさに、…だね。…2人とも、場所は保証できないけど、するよ」

「エ"ッ!それハ、流石ニ怖いヨ」


 行動制限を受けながらも、術式の準備をするマルタ。


「何をしている!」


 逃げる気配を察したのか、すぐさま銃を向けようとするユート。

 以前はあった他者を撃つ覚悟・葛藤がそこには無かった。


 本来の定点型の魔術は、変異材や触媒となるものに術式を書き込む。それは設置場所を中心に守ることはもちろんだが、恒久的に魔力が術式へ供給されるためでもあった。現状としてはユート自身が要石となっている。条件により反応を示す結界とは異なり、術式とユートの身体を暴力的に魔力が行き来し続けている。


 いくらほぼ無尽蔵に『魔法』が使えるとて、この『魔法』は銃で狙いを定める精密な集中力とは相性が悪かった。


 銃に意識を割きすぎたか、少女たちの拘束が少し弱まった。ほんの少しだが、動き始めるには十分であった。場数の違いか、勘の良さか。これを好機と白い少女はユートを煽る。


 既に作られているナイフをちらつかせながら、投擲の準備に入る。

 ユートの脳裏にはさきほどのブラックホールがちらつく。


 そのノイズは無意識の動揺を誘い、結果として行動制限が不安定となった。


 ユートの展開している術式は常に魔力を欲している。この場では「魔除け」によって濃度の薄まった魔力をかき集めているようなものだ。ここで『魔法』を新たに使うには、無理くり新たな術式に魔力経路を紡いでいく必要がある。

「魔除け」が使われた閉鎖的な空間で、燃費の悪い『魔法』を使う戦術は間違いでは無かった。


 出力と消費が直結してるティラの『魔法』を模した術式。ユートが要石となっている以上、ユートの制御が不安定になれば出力も落ちるというもの。それは行動制限が不安定になっていることから、魔力の制御ができていないと推測されることでもあった。


 そこを逃す「魔女」ではない。制御からあぶれた魔力を自身の術式にしっかりと紡ぎ、なんとか術式起動までこぎ着けた。


(心配があるとすれば…。まぁ、それは今考えても仕方ないか。)


「――準備ができたよ」


 マルタは仲間へと告げる。


「ン、じャあネ!ユートくン!」

「ま、待て!」


 呼ぶ声むなしく、マルタと白黒、それに子供たちは術式から発する淡い光に包まれ、消えていった。


 …。

 村の子供たちやよくわからない奴らが収まっていた、この狭い空間。かすかに生命の熱が余韻よいんを残している。

 今ここには、ユートとリィラ、あとはリィラが拘束した3人の盗賊団員がいるだけだ。ただし、意識があるのはユートだけだ。活気は無い。


 リィラを亡くし、誘拐も止められなかった。その事実がさきほどまでのユートの激情を鎮火させ、喪失感を芽生えさせたのは言うまでもない。


「ユート!無事か!」


 静けさと入れ替わるようにバリィが空間に入ってくる。リティア、マルチア、ティラを連れ立って。


「…バリィ先輩。みんな…」

「無事なようだな、良かった。あいつらは?」


 ユートに明らかに覇気のないのは見て取れるが現状把握のために、バリィは問いかけた。


「…逃げました。…『魔法』で…」


 聞いたこともない『魔法』にティラが驚嘆を覚える。


「『魔法』で移動?普通だったら、ありえないわね」

「…術式が発動して、それに包まれて消えたんです」

「あぁ。いえ、信じていないわけではないわ。ただ、術式を勉強しているユートならわかると思うけれど、聞いた限り基本から外れた『魔法』になるわ。流石は『魔女』と言ったところね」


 元来、『魔女』は魔法士そのものを指していた。

『魔法』は一般的なものでは無く、超常現象と思われていた。

 その超常現象を人々は、大掛かりな仕掛けや時間のかけた儀式、時には生贄を用いて顕現させてきた。


 生活や戦闘を便利にするものであったが、マジョリティから見た彼ら魔法士の行動はまさに奇々怪々。加えて、成功率・再現性の低さから時間や生贄と言ったさまざまなコストを無駄にすることもままあった。そんなこんなで、当時の魔法士は女性が多かったこともあり、『魔女』と呼ばれ疎まれていた。


 疎まれ避けられていた流浪の者が集まって自然発生的にできたのが『魔女の森』のはじまりであった。

 そこから時は進み『魔法』が一般的になるころから、『魔女』の意味合いも変わってきていた。


 今の『魔女』が指示すのは『唯一無二』。

 魔法士は自らのタネを他人には明かさないものではある。仮に、おばば様の『運命視』、マルタの『転移』、ティラの『行動制限』を本人たちから仕組みを教えてもらえたとしよう。それでも、凄腕の魔法士ですら術式に起こすのはできないだろう。


「……ユート、リィラは?」


 不意のリティアのつぶやきに表情がこわばるユート。

 そして、ユートの後ろで眠るように倒れているリィラを認識、状況を察した。


 振るえるユートに、1歩、2歩近づくマルチア。

 そして、ユートを試すかのような言葉を紡ぐ。




「ユートさん、人を殺す覚悟は、ございますか?」




 どうやら、究極の選択を迫っているらしい。


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