感情の爆発

「リィラ!」


 探し人を求めながら奥の空間に足を踏み入れたユート。しかし、まず目に入ったのは怯えている子供たちだった。見張りが居ないのにも関わらず、収容場所に身を寄せ合っている。はじめこそユートの声で驚いていた子供たちだが、村で一緒に講義を受けた便利屋の姿を見て安堵が広がっているのがユートから見てもわかった。


 泣き出してしまった子をなだめながら、ユートは子供たちの点呼を取っていた。シィタ、リック、マルタを除いて講習会にいた全員を確認できたユートはひとまずの安心を得た。あの場で飛ばされたのは自分だけでないことは予想していた。最悪の想定は、全員が青犬の溢れている森で散り散りになることだ。そこから考えれば良すぎる結果ではあった。


 微かに残る「魔除け」の匂いを感じ取ったユート。なるほど、この空間は『魔法』のからリィラが子供たちを守っていたんだな、と推測。起こったことを一生懸命に伝えようとする子供たちの話をまとめると、それが正解だったようだ。


「そうか。よく耐えたな、みんな偉いぞ。それで…、リィラはどこかに行ったのかい?」


 リィラの行方を聞かれた子供たちは一様に、視線を向けた。

 視線の先はユートの背後。より詳しく言うならば、この奥に入ってくる通路からは陰となる場所。

 視線を追うように振り向いたユートは、思考をすべて置き去った。


「リィラ!リィラ!!」


 一分の隙もなく駆け寄ったユートは、壁にもたれかかるリィラを反射的に抱き寄せる。剣で切られたような目立つ外傷はない。だが、抱き寄せた時の違和感を感じたユート。この状況や彼女の戦い方から、身体の内側にダメージを負っていることを悟った。


 聞こえる呼吸は不規則で、見える姿は一生懸命に口で息を吸い込み、感じる肌感は紫を帯び始めていた。その弱弱しい様子に、纏わりつくのは死の香り。


 自分の体温を、体力を、生命を、魂を分け与えるように、震えながらも力強く抱きしめていた。


「リィラ、…、リィラ。」


 知り合ってからの期間は短いかもしれない。仲間として。友人として。そして何より…。


 仕事では同期として一緒に訓練を受けたり、新人としての顔見せを一緒に周ったり、同じ班として簡単な依頼をこなしたり…。


 地理のわからないユートと遠方から来た姉弟は、便利屋の宿舎に寝泊まりをしている。その関係上、食事の時間も一緒だったり買い出しの時間も一緒だったり…。


 仲間みんなでいることの時間の方が多かったが、リィラが積極的に2人きりになろうとしてきて、ユートもそれを受け入れていた。

 その様子を見ていたマルチアは形容しがたいものになっていたが…。


「リィラ…、リィラ…、」


 共に過ごした日々も居心地が良いものであったが、ユートにとって一番は自分を受け入れてくれたことだった。

 自分ですら自分が何者かもはっきりしない。そんな自分を、、と言ってくれているリィラの態度は心の拠り所でもあった。


 だから、はっきりと言うとユートはリィラの虜になっていたわけだ。

 この初めての遠征依頼を終えて、はっきりと言葉にして、パートナーとして歩みを始めるだろう。そんな気持ちであった。




「…………ユー、ト?」




「リィラ?俺だよ、ユートだよ」

「……へ、へっ…。…ボ、ロボ…ロに、なっ……ちゃ…、…た…」

「うん。うん、頑張ったね」


「……ユー、ト?……、あの、ね?……、ユートの、こと……好き、だ…よ…」

「うん、俺も、好きだよ」


「…へへ、……両、想い…。……最期に、さ…、思い…出、ちょう……だい?」

「……、うん――」


 ――でも、最期なんて言うなよ。


 ――さすがに、自分の身体のことはわかるよ。


 ――リィラ…。


 ――そんな顔しないで!戦闘職には付き物でしょ!


 ――そうだけどさ。いや、そうだな。俺もリィラとは笑って過ごしたいかな。


 ――うん!うちら、相性も雰囲気も良かったと思うんだけどね。忙しくてなかなか2人きりになれなかったよねぇ。


 ――ははっ、確かにもっと2人きりになりたかったよ。でも、楽しかった。すごく。


 ――うちも…。…あぁ。…なんか、もう身体にチカラが入らないや…。


 見つめあう2人。




 唇を、落とした。




「……あ、り……がと…。」


 苦しいだろうに、つらいだろうに、そんなことを感じさせないような笑みを最後に、彼女からちからが抜け、ユートは彼女の重みを感じていた。


 ユートの頬を伝う涙が、子供たちにも伝播する。


 …。


 ただ状況というのは無情にも、ユートが感情の整理をつける間もなく動き続けていた。


「そんな暗い顔してどうしたの、みんな?」


「無事だったんだね!」

「マルタ?」

「マルタちゃんだ!?」


 マルタの登場に、わっと騒ぎ始める子供たち。

 子供たちみんなに囲い込まれたマルタも嫌な表情はしていない。


「マルタちゃん、後ろの人たちはだぁれ?」


 それは、ごく当然な疑問であろう。


「う~ん、協力者…かな?」

「協力…者?」

「うん!みんなで村から出るの!素敵でしょ?」


 マルタからの突然の提案に子供たちは動揺に飲まれる。

 ユートも驚きを隠せず思わず振り返ったことで、協力者とやらを認識する。


「お前ら、仲間だったのか!」


 さきほど化け物のような強さを見せていた白い少女と、村の講習会で講師を務めていた黒い男がマルタのそばに控えていた。


「お前らが、盗賊団を村に入れたのか?」

「まぁ、そうなるな」


 黒い男が答える。


「この騒ぎは、お前らが画策したことなのか?」

「まァ、そうナるのかナ?」


 白い少女が答える。


 淡々と答える黒と白のそのさまに、怒りや悲しみ、恐れややるせなさなどさまざまな感情が入り乱れ、混ざり合っていた。


 相手は遥か格上で自分では歯が立たないことも、この溢れんばかりの感情をぶつけるのが八つ当たりなのも、混沌こんとんとする心中しんちゅうであったが理解していた。


 ただ、この爆ぜる感情は制御できそうになかった。

 紙を鞄から取り出し、素早く術式を書き込む。

 走り書きした術符には、簡略図のようなモノしか書かれていないが――



「――【風よ】【圧し潰せ】【下に】」



 それはティラが森の入り口で使用していた『魔法』を模した拘束魔術。

ティラが独自に解釈し、創り、得意とする特別な『魔法』。それを、


 どうやら、ユートが発動したらしい。

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