魔女が来た

 拘束されていた少女が終わりを告げると共に、落ちていたナイフの術式が起動し始める。魔力が流れを生み、少女とナイフに魔力の経路つながりができる。


 ユートは不思議で仕方なかった。


 モノとモノが魔力によって繋がりを持ち、流れができることで術式に魔力が行き渡り『魔法』が生成される土台が生まれる。

 だが、警戒している『魔法』が生成される気配がない。少女周辺の魔力の流れを見る限りではその土台はできているのに。


「やっぱリ、君ハ流れが見えテいるんだネ?」

「ユート、何か起こっているのか?」


「ちョっトぉ、こっちが話しテいるんだケど?」


 仲間を見つけたような、おもちゃを見つけたような、ライバルを見つけたような、遊び相手を見つけたような、そんな色の声でユートに話しかけてくる少女。

 それを遮り現状の確認をしようとするバリィ。頷きながら返すユート。


「えぇ、そこに転がっているのにも術式があったんですけど、起動しているのに『魔法』が生成されてないんですよ」

「…、失敗したってことか?」

「失敗した、というよりは生成が遅延しているか既に何かしら効果が出ているか、そんな感じです」


 少女を視界に収めながら会話を続ける2人。


「なるほど、見えない何かが生まれているかもしれないってことか。それってあの刃物を壊してもダメなのか?」

「術式の起動はしているのでダメっすね」

「ちナみに、あタしを殺しテもムダだゾ!」


 ほったらかされて寂しくなったのか、会話に入ってきた少女。

 お遊び感覚なのだろうか。はたまた、実力差からくる余裕の表れなのだろうか。その態度には緊張感が欠片も無かった。


「そういや…、君の所属と名前は?」

「相手のこト聞くナら、まずハ自分カらじャナい?ユートくン?」

「っ、なぜ俺の名前を!?」

「?さっキ、そこのお兄さント会話しテたじャン?」


 意外にも少女はノリノリで自分のことを語った。話を聞くに少女は、今は名前もなく、組織も秘密結社で明かせなく、目的も機密事項に関わるとのこと。つまり何の情報も得られなかった。


 目的を果たしたのか少女に戦闘の意思は感じられないし、これ以上付き合っても情報は得られない。そう判断したユートはリィラの安否を確認するため、バリィに少女のことを見張ってもらい奥に行くことにする。

 少女は奥に行こうとするユートを止めることは無く、すれ違いざまに「奥は子供タちダけダヨ」と声をかけていた。


 そんなこんなで、バリィと少女の2人が広場の通路付近に残る形となった。

 バリィは、話したがりの割には機密事項が多い少女に問いかけてみた。答えは返って来ないだろうなとも思いながら。


「森の中で俺たちを襲ったのは目的のひとつか?」

「いヤ?アレは、暇ダったカら」


 応えが来たこととその内容の薄さに驚きを隠せないバリィ。そんな散歩気分で、鬼軍曹の苛烈な軍事訓練みたいなもんを受けさせられていたのか、との憤りも湧いてくる。


「いヤぁ、便利屋は憲兵ヤ騎士みタいに装備も『魔法』も型にハマっテないカら戦っテいテ楽しいネ」

「俺たちが便利屋所属ってよくわかったな」

「ン?リテリアの憲兵は制服着テるし、騎士は今更『魔女の森』ここには来ナいデしョ。私兵の可能性もあるケど、この辺は便利屋の縄張りデしョ?」


 戦闘狂せんとうぐるいの割には聡いな、そう思いながら両刃斧を担ぎなおすバリィ。


「――――っ!」


 その時、奥から叫び声が聞こえた。

 おそらくユートであろうその叫び声に、バリィは良からぬ結果を思い浮かべる。

 バリィの不安を察した少女は優しく声をかける。


「あっチに行っテあげナよ。こっチの見張リナんテ、もう意味ナいカらさ」

「…、それってどういう――」


「――お?珍しく不利な状況なのか?」


 背後から男性の声。バリィはその発生源にほぼ反射的に武器を振り下ろす。

 黒ずくめの長身の男は突如攻撃されたことに驚きはしつつも、難なくそれをかわした。


「おいおい、いきなりそれは危ないだろ」

「ポトコルもしっかり避けてるし問題ないよ」

「それは結果論だろ」


 バリィはいつの間にか背後に立たれていたことに戦慄した。近づいてくる気配もなく、だ。まるで急に生えてきたかように、ポトコルと呼ばれた男は居たのだ。そして、男をポトコルと呼ぶ人物は――


「マルタ…ちゃん…?」

「はい、便利屋さん。その節はどうもありがとうございました」


 ――『魔女の森』の入り口で倒れていた少女、マルタであった。

 マルタの様子は、ポトコルに無理に連れ去られてきたようには見えない。むしろ、彼らを先導するような様子からバリィには混乱すら覚える。


「子供たちハ奥だヨ、『魔女』さん」

「そうですか。ありがとうございます」


 そんなバリィを脇に置いて、ユートが向かった方へと3人が進んで薄暗闇へと消えていった。

 ほどなくして呆けたバリィが正気を取り戻した。入り口から来る気配を感じ取って。


「バリィ、無事だったのね」

「あぁ。良かった、みんなも大丈夫そうだな」


「この惨状は、なかなかなものですね」

「……バリィ、ユートは?」


 やってきたのはティラ、マルチア、リティア。それぞれユートからのメッセージを受け、合流しこの場所へとやってきたようだ。息を切らしていることから、急いできたこともうかがえる。全員、白い少女からの猛特訓を生き延び、体力気力的には相当消耗していることも要因にありそうだが。

 ともあれこれで青犬討伐で村を出たメンバーが全員揃ったわけだ。


「ユートは、この奥に居る」

「なら早く合流しないと、ですね」

「あぁ、ただ――」


 バリィはできるだけ端的に説明する。

 顔がこわばる面々だが行かない選択肢は、無い。


 どうやら、総出で会するらしい。

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