想像以上

「白髪の小柄な少女?」

「あぁ、その少女1人に俺たちは襲撃されて、分断されたんだ。ユートと合流する直前のことだったな」

「4人相手に1人で?そんなことが…」

「まるで、カルディクさんを相手にしてるみたいだったよ。色でいうなら最低緑くらいの実力はあったな」


「…っ。リィラ!」

「待て!ユート!」


 最悪を想像して思わず、奥の空間に走り出すユート。バリィはすんでのところで腕を抑えて、激情に駆られたユートを止めた。


「焦っても仕方ないだろ。1人で突っ込んでも無駄死にするだけだ」

「で、でもっ!」

「2人で行くぞ」

「…はい」


 落ち着きを取り戻し、改めて奥へと続く空間を見つめる。広場ここに比べ薄暗さが広がるその通路は、さながら鮟鱇あんこうの口だった。

 逸る気持ちを抑えクリアリングしながら、奥へ続く通路の手前までやってきた。


 ――目を慣らしてから行くぞ。


 ――はい。


 何が潜んでいるかもしれないため、ハンドサインでやり取りをする2人。

 まんべんなく明るさを振りまいていた広場のランタンだが、さすがに陰になる空間まで光を求めるには荷が重すぎたのだろう。その薄暗さは、不気味さと少しの戦闘の香りを漂わせていた。


 意を決し踏み入ろうとした、その瞬間。

 青年2人が逃げ隠れするかのように奥からやってきた。ガタイの良い男バナン細身の男ケラウの2人組は、まさしく自分らユートとバリィと同じような組み合わせだ。相手方は全身装具や装備で身を固めているようだが、戦闘があったのだろうか。その装備には汚れが付いており、彼らに疲弊した様子が見受けられる。


「悪いがここを通してもらうぞ?急ぎで外に出ないといけないんだ」

「そこの広場に死体があった。お前らがやったなら、戦闘職として見逃せない」

「…っ。そうか…死体、か…」


 バナンが見逃すよう求めてきた、高圧的にだが。バリィはきっぱりとそれを拒否をする。自分らが辿ってきた道のりに生者は居なかったことを伝えた途端、バナンの放っていた余裕は消え去った。そこには、責任感と悲壮感が入り混じっていた。


「それは俺らの仲間だ。ここらを拠点にしてたからな。弔ってやりたいから通してくれないか?」


 が、それも一瞬でまた見逃すよう要求。ただそれは、先を急ぐような、この場から去りたいような焦りをにじませながら。そのバナンの焦りを感じ取ったユートは共鳴するかのように、リィラの安否に対する不安が込み上げてきた。


 1分にも満たない言葉の投げ合いであったが、この場は不安と焦燥が支配していた。


 1秒がじりじりと感情を駆り立てていく。


 冷静に言葉も発さずに成り行きを見ていたケラウにも。

 リィラの安否にはやるユートの身体と自身の心を制御していたバリィにも。


 延々と対峙していると錯覚させるほどの空間がそこにはあった。


「っ。早く通してくれ、が来る」

「奴?もしかして――」




「睨めっコ楽しそうダね。私も混ぜテよ」




 暗闇から、真っ白な少女が浮かび上がってきた。

 ギザギザしたチャーミングな歯もしっかりと確認できる。

 少女の出現は、不安と焦燥が支配していたこの空間を叩き割った。


「くっ、来たか。あれを使え!」

「わかってる!」


 余っていた「捕獲玉」を使おうよう指示を出すケラウ。バナンはすでに左手に「玉」を持ちいざ投げんとしていた。

 しかし、少女がいつの間にかナイフを投げるのが先だった。思わず右腕を振り上げる。装備されている小手は、刻まれているに傷をつけることなく高い音を鳴らしてナイフを弾いた。


 素早い反応は流石の戦闘経験だと言えよう。

 ただ、ナイフを弾いたことで、位置が計測されてしまった。


「――【闇ヨ】【爆ぜロ】【その場デ】」


 ナイフに刻まれていた術式が起動する。

 少女の命令通りにナイフは爆ぜた。爆ぜた瞬間、飛び散るはずの破片やら術式によって増幅された魔力やらが爆心地へ引き寄せられ収縮していく。それは、まるで超新星爆発を見ているかのようだった。


「ブラックホールかよ…」


 ユートのつぶやきの通りに、中心に浮かぶ闇はビー玉ほどの小さな球体であった。

 明らかに光を発していないそれは、まさしくブラックホールそのものに見える。

 闇の周りは高温なのか圧力なのか景色は歪んでおり、その脅威を示すかのように


「うぐぁぁあ!う、腕が…」


 バナンの右腕がひしゃげて、ただれていた。

 信じられないものを見た表情を浮かべるケラウ。衝撃のあまり、思い浮かべた疑問がそのまま口に出てしまった。


「な、なんで『魔法』が使えるんだ?「魔除け」はしっかり撒いたはず…」

「ン?アァ、魔力ガ散るなラ、無理くリ集めれバいいジゃン?」

「な、何を言っているんだ?」


 頭が困惑に支配されてしまったケラウだが、なんとかバランを引っ張り小さい闇から遠ざけた。

 小さい闇は遠目で見ていても吸い込まれそうなほどの重い存在感を持っていた。その闇は観察する間もなく、己の重さに耐えきれなくなり火花を散らすかのように光り果てていった。爆発から収縮、消滅に至るまで僅かな時間であったがみなに静寂が重く圧し掛かった。


「綺麗でショ?お気に入リなんダ」


 そう言う少女は飛び切りの笑顔でナイフを構えていた。

 脳裏に浮かぶのは先ほどの破壊。受けるか弾くとアレが発動することを考えると避けるしか、無い。


「ほレ、また遊ぼウよ。お兄さん」


 バリィへ向かって投げてきた。フェイントも入れずに、小細工も無しに、まるでこちらを試すかのように飛来物がやってくる。

 ただ、それがバリィへ到達することは無かった。銃声と共に弾かれたナイフは誰よりも遠い場所に着地した。そして、ナイフを弾いたそれは跳弾して少女を襲った。


 現状として、拘束弾により上半身を縄で縛られいる少女に向けて銃口を突き付けているユートである。


 ユートがいち早く行動できたのは、魔力を感じ取るその感性のおかげであった。『魔法』でナイフを生成している魔力の流れを察知。即座に銃を構えることができた。また、魔力の流れを辿ってある程度狙った場所に跳弾させることもできた。


 だが、その感性が、直感がユートに警戒を解くなと告げている。ふいに少女が語りかけてくる。


「あいつラ、逃げちャっタけドいいのカい?」


 ユートもバリィも少女に集中しすぎたようだ。いつのまにかバナンとケラウはこの場から去っていたようだ。

 ただ、盗賊団容疑の2人を気にする余裕など便利屋の2人には無かった。いくら拘束してある状態でも、それを覆す何かがありそうだったから。


 その2人の様子はこの絶望的な状況に抗っているように見えたのだろう。あどけない容姿の少女には似つかわしくない、恍惚な表情を浮かべていた。しかし、どこか残念そうな表情へと移り変わる。



「アァ、どうヤら時間切レらしい…」



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