続々と

 謎の少女に吹き飛ばされ意識を手放していたケラウが目を覚まし現状を認識したのは、バナンが自分と同じように軽々と吹き飛ばされた時だった。相棒をちらと見ると、意識は保っているようであった。その様子を見て安堵を漏らす。


 ――とりあえず、撤退……いや、敗走か。


 不意を突かれたとはいえ、体格差なんて無いようにあしらわれた。突然現れた化け物。唖然とする感覚もあるが、恐怖の方が上回る。装備を整えていたおかげか走って逃げるくらいはできそうとケラウは自己検診で判断をくだした。幸い、少女の興味はケラウたちに向いていない。


「バナン」

「ケラウ、無事だったか」

「あぁ。あの化け物がこっち向く前に逃げるぞ」

「そうだな、部下たちはどうする?」


 チームを見捨ててリーダーが敗走。理解のある副団長に想定外のこれを説明すれば、ペロペロ団を追い出されることは無い。が、次に割り当てられる仕事の内容や部下の面々は今ほど充実しないだろう。再び実績を積まない限り。

 ケラウ自身、相棒と一緒であれば功績を立てて今の規模に戻るのは難しくないと感じている。そして、同時にペロペロ団自体に恩義も思い入れも無いこともあり、この場を放棄して団に戻らない選択肢もあると思っている。


「バナン、

「…っ。」


 意図を察したバナンは少し悔し気な顔をする。ペロペロ団に帰属意識は無くとも、短い付き合いの手下だろうとも、同じ仕事をこなした仲間であった。


 そう、こいつバナンは情が移りやすい性格だ。


 ――「どうする?」も「部下の安全を確保する方法」を聞きたいんだろ?ほんと甘い。


 そんなバナンだからこそ、あの寂れた区画をまとめることができた。

 ただ、今回ばかりは命の危機すらある。そして、ケラウは非情な決断をした。


 少女が子供らと話をしている隙に、2人は敗走を開始した。


 ―――

 ――

 ―


 洞穴の入り口付近。

 バリィとユートは到着と同時に、息を整える間もなく周囲の調査を始める。青犬に囲まれていることも想定していたが、ひとまずは危険が無いことを確認した。


「位置的には、この中ですね」

「そうか。よし、俺が先行しよう。ユートは念のため後ろを警戒してくれ」

「はい。リティアとティラさんにも、洞窟に入るって内容は送りました。いつでも行けます」


 一歩踏み入れる。

 微かに感じ取った洞穴での戦闘の匂いが、バリィの緊張感を高めた。暗さに目が慣れてさらに歩みを進めようとした。しかし、思わぬ足止めを食らってしまう。


「人が倒れている…?」

「バリィ先輩。こいつら、ペロペロ団の…」

「…そうか」


 洞穴に入ってほどなくの場所。

 2人の男性が倒れていた。状況を察するに、ほぼ不意打ちだったのだろう。体の側面に人を吹き飛ばすほどの衝撃を受けたのだろう。外傷は見受けられないが、血を吐いているし、曲がらない方向に身体が曲がってしまっている。


 ユートは灯が消えた虚ろな目に優しく手をかざした。そして、合掌。亡くなった生命いのちに対する無意識の配慮。亡骸に対して突然の行動を起こしたユートに向け不思議そうに見るバリィ。視線を感じたユートは、正面に転がっている2人を見ながらつぶやいた。


「俺の故郷の風習です。詳しい由来とかは知らないんですけどね。生前は悪いことしてたかもしれない人たちですけど、戦闘で亡くなったのであればせめて死後は安らかにと」

「そうか、故人を労わるいい風習だな」


 この世界、教会はあるものの神を崇める信仰は主流ではない。世界やモノを構築するのは魔力であり、生命にチカラを宿すのは天力と思われている。魔力信仰・天力信仰の2大派閥と言われるほどに人々の心の支えとなっている。物や命に感謝することはあれど、祈りを捧げる対象が居ない人がこの大陸には多かった。


 加えて言うならば、大雨や強風、噴火のような自然災害のほか、魔力を帯びた獣、竜や怪鳥といったものまで人類(森人や岩鬼を含む)の脅威である。これらに遭遇し、遺体が残らないことは少なくない話である。


 それらが重なり、この大陸では格式張った葬儀を行うことはほとんどない。家族や友人といった身内で故人を偲び献杯をすることはあるが、鎮魂の意を込めて祈祷する風習は無かった。

 バリィは価値観を完全に理解はできなかったが、ユートにならって手を合わせた。


 …。


 下り気味の穴を進んでいくと、それなりに開けた場所に出ることができた。壁や机に掛けられているランタンのおかげか明かりが行き届き、囲まれている狭さや暗闇の不安感などは感じない空間であった。賭けの遊具や食料、酒といった品々が机や道具箱の上に広がっており、人が休憩していたことがうかがえる。


 半ば予想していたとは言え慣れていないユートにとっては目を塞ぎたくなる光景であった。生きていたであろう証が散らかっている机の上に対し、壁や足元には明らかな死が転がっていた。


「これは…」

「あぁ、なんともむごたらしいな」


 しばし合掌したのち、現状を確認する2人。

 入り口付近で見かけたそれは人のカタチを保っていたが、眼前に広がっているおそらく4つほどの死体は無残なものであった。目を覆いたくなるものであったが、2人にとって朗報は、この中にリィラはいないことだ。


 安堵するユートだが、リィラを探すため意識をすぐに切り替えて現状確認を続ける。斬殺、圧殺、刺殺、撲殺。さまざまな手段が見受けられる死体。この盗賊団の拠点を襲撃した者は複数いそうだと予想するユート。また集団であるならば、盗賊団を襲撃する、かつ『魔女の森』付近で活動しそうな組織と言えばリテリア北部の憲兵団の可能性が高いと結論付けていた。バリィの意見を聞こうとそちらを向いたが、難しい表情を浮かべていた。


「バリィ先輩?何か見つけました?」

「……ん?あぁ、すまない考え事をしていた。そうだ、ユート。この刃物なんだが、ちょっと見てくれないか?」


 壁に突き刺さっていた一本のナイフをバリィが指さす。


 普段は感じ取れない魔力だが、集まりが濃い場所・箇所では目で、耳で、鼻で、肌で、舌で感じることができるらしい。

 らしい、というのも魔術基礎論などで理論上は可能であることは語られているが、明確に魔力を感じたことがある人が多くは居ないためである。むしろ、一般的には雑談や冗談の小ネタとして広く知られている内容であった。


 戦闘職では、魔力過多や魔力暴走に触れる機会もあり、一般に比べて魔力を感じるケースも多い。特にユートは、魔力適性の異常な高さゆえそれらを感知できる閾値いきちが低かった。


そして、ユートの目を通したナイフにはカゲロウのようにらめく魔力がまとわりついていた。


「……。残存魔力を感じますね。多分、『魔法』で作られたか魔力を閉じ込めてます。これがどうかしました?」

「この柄に見覚えがあるんだ。もしかしたら――」


 どうやら、バリィは少女の存在に気付いたようだ。

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