白い乱入者
さきほどから感じ取っていた強者の匂いは、今リィラの目の前で壁のように立ちはだかっていた。
強者の匂いと言っても単純な筋力や戦闘能力が高いというだけの指標ではない。集団をまとめあげるリーダーシップあるいはカリスマ性、権力や財力があり人を統治・統制する能力が高いなど人の上に立つ者特有の雰囲気を強者の匂いと呼んでいた。実際にその壁を目にしたリィラの観察眼は、そういったカリスマ性に加え戦闘能力も備えていそうと算出していた。
「茶色級…。うちらはここから出たいだけなんだ。見逃してくれない?」
「残念だが、俺はそこで伸びてる奴らの上司みたいなもんだ。大人しく奥に戻ってくれ」
軽めに言葉を交わしながら、
さきほどまでの見張りと違い荒事にも戦闘にも慣れているであろう男との対峙。厳めしい仮面に目を奪われるが、全身を観察すれば装飾品を多数身に着けていることがわかる。念入りに準備をしてから来たのだろうと推測できる。リィラにしてみれば、このにらみ合いが続いてくれた方が都合がよかった。
こちらの位置はすでに
積極的に攻撃はしてこないだろう、襲ってきてもなんとか抵抗はできる、最低限の時間稼ぎはできる、そう信じていた。
…。
結果として、男はものかなしげな表情でたたずみ、子供たちは再び奥のくぼみに収容され怯え切り、リィラはぼろ雑巾に成り果てた。
「………。」
「…リ、リィラお姉ちゃん」
「バナン。やりすぎじゃないかい?」
「手加減できるような奴じゃなかった。お前も見ててわかってただろ」
「…。そうだね、戦闘技術があることが彼女の不運だったね」
なんて特別なことは無い。彼女が最強であった条件が崩された。相手が襲ってこない前提が覆された。ただ、それだけであった。
通路まで「魔除け」が届かなかったのだろう。通路側に立っている相手は『魔法』が使えて、空気が淀んで風も吹かないこちらは「魔除け」の効果が残っている。
『魔法』以外にも戦闘準備を万全にしてからやってきただろう相手に対し、こちらは油断してろくに装備も整えていない見張りから
女子供を相手にするのが苦手と言うのは本心なのだろうことが言動から見て取れたが、リィラの本気の抵抗を見るや否や
そして、彼自身も戦闘の手練れであった。
ただ、それだけであった。
あっけないほどに簡単に打ち破られてしまった脱出計画。計画の要となっていたリィラは、子供たちを守るとプライドだけでギリギリの意識を保てている。そんな状態のため、おびえる子供たちへ迫るバナンをただただ睨むだけであった。
「さて、せっかく縄を
「イヤイヤ、きつめだと子供たちモ痛がっちゃうデしょ?」
「そうは言うが、また自由にされちまうからな」
「子供たちハ伸び伸びと育ってくれタ方がいいデしょ?」
「あん?何言ってんだおま……誰だお前はっ!?」
隣から聞こえてきた声は、相棒のケラウのものでは無かった。
女子供相手に躊躇を見せていたバナンであったが、突然隣に生えてきた白髪の少女へ向かって
相手の
対して、白髪の少女。バナンの一撃を、その拳を正面から握った。まるで投げられた林檎をキャッチするかのように軽々と。
「いきなり殴ってくルなんテ、情熱的ダね?」
「だからっ!お前は誰なんだよ!」
白髪の少女にガッチリと掴まれた手を引こうとするバナンだがビクともしない。
思わぬ異物の出現に、戸惑いやら焦りやらが込み上げてきたバランであったが、壁に倒れ掛かっているケラウを横目で認識すると怒りがそれらを追い抜いた。
「うぉおおお!!はなせぇぇえええ!!!」
雄叫びを上げて限界を超えて力を引き出そうとするが、ストレッサーは涼しい顔で装備に刻まれている術式を読んでいた。
「ふム、ふム。ザッと見た感じ、威力を調節する術式っテとこカな?それデ、この指輪は魔力に歪みを与えてテるね。あぁ!なるホど、なるホど!調節できルことを隠匿すルのか!それデ?こっちの指輪は、魔力を貯めテいるのカ」
楽しそうにバナンの装備の組み合わせを分析していく白髪の少女。
腕がビクともしないならと蹴り上げようと体重を移動したその直後、その足の甲を踏まれてバナンの身体が硬直する。
「コラ、暴れチゃダメでシょ?」
少女はにやりと笑う。
為すことすべてが止められて身動きの取れないバナンに向けた、まるであやすかのような少女の態度は彼の神経を逆なでさせる。精神の余裕が無くなっていくのだが、それでも抵抗をみせるバナンを感じて恍惚な表情を見せる少女。
「いいネ!抵抗してくれルなんて好感度高いヨ!」
「知らん奴の好感度稼いでも嬉しくもない」
「釣れナいこト言うナよぉ。ところデさ、この装備っテ結構良く考えられテるよネ?魔力貯めテるのは『魔法』が苦手?…いヤ、「魔除け」の匂いが微かにすルな。あァ、相手の『魔法』を封じテ自分は術式で強化すルっテことネっ!これ自分デ考えたの?」
「………。」
矢継ぎ早に言葉を飛ばしてくる少女。それは会話と言うよりは、少女の欲求を満たすだけの行為であった。そんな少女の相手をするのが疲れたバナンは言葉に返す気力もなくしてしまった。そもそも現状からしてリーダー然としている彼でも少女の存在でキャパシティは決壊寸前であった。
抵抗をみせなくなったバナンに少女はため息一つ、彼の拘束を解いたと同時に彼を蹴り飛ばしていた。反応する間もなく壁に衝突し倒れ込む。バナンが装備を固めていたのが幸か不幸か、とてつもない衝撃を受けたが気を失うことは無かった。そのまま少女を睨みつけるが、すでに興味を無くしたのか子供たちの方へ向かっていった。
「みんナは『魔女の森』子たちかナ?お姉さンとこんなところカら出ようネ!」
どうやら、少女は子供たちに用があるらしい。
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