第3話 初仕事

8月12日 午前0時22分 埼玉県 わらび


「お、おい……。やめねェか?肝試しなんて……」

「ははっ!お前は昔からビビりだもんな!大丈夫、幽霊なんか俺がぶっ飛ばしてやるよ!」

「で、でもこの廃ビルにはマジで出るらしいぜ?」

「いいから早く行こうぜ〜。」

「うぅ……。わかったよ……」

男達は懐中電灯を手に持ち、廃ビルの階段を上っていく。

「お、おい……本当に行くのかよ……」

「ここまで来て帰るわけねぇだろ?さっきまではノリ気じゃなかったくせによ!」

「そうだぞ!お前だけ逃げんじゃねえよ!」

3人はドアを開ける。するとそこには……


〘イタダキマス……!〙


「「うわああああ!!!」」



***



私は、異能局で働くことが決まったあと、水上さんに連れられて、施設内の食堂に向かった。

「好きなもの頼んでいいよ。」

「は、はい……ありがとうございます……」

メニュー表を見ると、どれも美味しそうだ。

(うーん……。何食べようかな……。)

「私はカレーにする。」

「じゃ、じゃあ私もそれで……」

「飲み物は何飲む?」

「オレンジジュースで……」

「了解。」

注文した料理が来るまで、水上さんと少し話をした。

「黒江さんは高校生?」

「は、はい。高校二年生です。」

「じゃあ私の3個下だね」

「じゃあ水上先輩って呼べば良いですか……?」

「水上先輩ですね……」

「好きに呼んでいいよ。」

「あの……水上先輩はどうしてこの組織に入ったんですか……?」

「まあ、いろいろあってね。」

「そうだったんですね……。」

「そういえば、昨日も思ったんだけど、その猫可愛いね。」

「あ、ありがとうございます……」

シロネを抱き上げると、眠そうに欠伸をした。

「名前はあるの?」

「シロネっていう名前です……」

「へェ~。可愛い名前だね。」

「えへへ……」

「ほら、できたよ。」

水上さんはテーブルの上にカレーを置いた。


「いただきます……」

「今日は新人の研修も兼ねた異能退治の任務があるの。黒江さんも来れそう?」

「初仕事……。で、でも私は今日も学校が……」

「異能局は国家公認の組織だから学校は出席停止扱いにしてくれるよ。」

「そうなんですか……」

「今回の任務は黒江さんを含めた新人が3人も参加するけど、基本的に戦闘は私達がやるから、黒江さんは民間人の安全確保を任せるわね」

「はい……!」



8月15日午前11時45分。私たちは埼玉県蕨市の廃ビルに来ていた。


「今回ここに来たのは、廃ビルに住み着いた怪異を退治するのが目的よ。この廃ビルに行った民間人が何人も行方不明になってるらしいわ。」

「行方不明者が出た時点で警察に連絡すれば良かったんじゃないですか?」

「それができないの。警察は怪異の存在を知らない。それに、怪異の存在を広める行為は怪異に対する噂が広まり、怪異が強くなってしまう恐れがあるの。」

「なるほど……」

「それでは異能局埼玉支部異能課の初任務を開始する!」

異能局埼玉支部のメンバー7人で廃ビルの1階に入る。

1階は薄暗く、所々壁が崩れていたり、床に穴が空いていたりしている。

2階に上がる階段の前まで来たとき、急に風を感じた。

「ひっ……。怖いです……」

私より少し前に入った新人の子が震えている。この子も私と同じ高校生のようだ。

「大丈夫だろ、優秀な先輩方もついてる」

もう1人の新人である、金髪に髪を染めたヤンキーのような雰囲気の女の子は、全く怯えている様子がない。

「そうだぜ、日夏ちゃん達は俺が守るぜェ〜」

チャラ男は相変わらず高いテンションで言った。この人の名前はたしか一条太陽と言った。この人のことは親しみを込めて、"太陽さん"と呼ぶことにした。

「この任務僕も行く必要ありました?支部長が来てないなら僕も来なくてよかったんじゃないですか?」

小柄な少年が気怠げな口調で呟く。彼は神木澪と言うらしく、少女のような整った顔立ちをしていて、女の子にしか見えないが、彼……?いや、彼女?は男らしい。

「そんなこと言うなよォ〜。」

「だってこの任務僕が行かなくてもどうせ勝てるじゃないですか。」

「いや、わからないぞ〜。もし強い奴がいたら俺達でも負けるかもしんねえぞ?」

「まあ、そういうことにしておきましょう。」

「お前も素直じゃねえなァ!」

「うるさいですよ。」

「うるさいのはお前のほうだろォ〜!家入もそう思うよな!」

「………。」

この家入という人は見た感じ身長が2メートル以上はある大男だ。寡黙で無口な性格のようで、何も喋らない。

「チームワーク壊滅っすね……」

「まずは3階から探索するよ。」

水上先輩の合図で私たち4人は3階の部屋の扉を開けた。


「何もいませんね……」

「油断しないで!いつ怪異が現れるかもわからないんだから!」


すると、突然後ろのドアが軋んだ音を立てながら閉まった。

「えっ!?ドアが勝手に!?」

「これは怪異の仕業よ!気をつけて!」

私は恐怖で足がすくんでしまった。

「黒江さん大丈夫?怖かったら私の後ろに隠れてていいわよ。」

「は、はい……」

私は水上さんの背中に隠れるように移動しようとしたそのとき、

「きゃあああ!!」

「うわあああ!!」

悲鳴が聞こえてきた。

(あの声は日夏ちゃんだ……)

「黒江さんはここで待ってて!」

水上先輩は急いで日夏ちゃんが向かった部屋に入っていった。


「日夏ちゃん!」

「先輩!助けてください!」

日夏さんは怯えきった表情を浮かべながら水上先輩に抱きついた。

「日夏ちゃん、怪我はない?」

「はい……。でもあいつがいきなり襲ってきて……。」


日夏さんが指さした方向を見ると、そこには体長1メートル近くある巨大なカタツムリのような生き物いた。

「あれは雀食いね……。」

「す、すずめぐいっ?」

「ええ。雀を食べることからその名が付けられた怪異よ。」

「あ、あんな気持ち悪いのと戦うんですか?」

「ええ。」

「そ、そうですか……。」

「ここは私がやるから黒江さんと日夏さんは下がっていていいわ」

「わ、わかりました……!」

水上先輩の指示に従い、私たちは階段まで下がった。


〘ゴガァ…………!〙

雀食いは水上先輩に向かって牙を向く。

「"ぬりかべ"!」

水上先輩がそう唱えると、彼女の目の前に大きな壁が現れた。壁はどんどんと大きくなり、雀食いを壁に押し出し、そのまま潰した。

「食べて、"カーバンクル"」

水上先輩がいつも持っている手持ちバッグを開けると、中から小動物が出てきた。その生き物は大きな耳とを持ち、額に宝石を付けたリスだった。

〘キュイィ!〙

カーバンクルと呼ばれたリスは雀食いに噛み付いた。

〘グゥウウッ……〙

「とどめよ。」

〘グルルル……〙

カーバンクルが鳴き声を上げると、雀食いはみるみると小さくなっていき、やがて消滅した。


「すごい……」

「これが水上先輩の戦い方……」

「異能を持たない人間が最も有効に怪異と戦う方法。それは人間に友好的な怪異を使役することね。」

太陽さんも日本人形の怪異を使役していたことを思い出す。

「ぬりかべ、カーバンクル、お疲れ様。戻っていいよ」

水上先輩の合図で壁の怪異は地面の下に消えていき、リスの怪異は先輩のバッグの中に戻っていった。

「私の使役する怪異立ち向かうは戦闘向きじゃないけど、民間人の護衛とか戦闘の補助には向いているの。」

「なるほど……」

「これで、任務完了……ですか?」

「いや、雀食いは他の強い怪異の近くで身を守る習性があるの。弱い怪異ほどよく群れるからね。きっとこの上の階により強い怪異がまだ潜んでいるわ」

「今の怪異は弱い方なんですか……?」

日夏ちゃんが水上先輩に聞く。雀食いは確かに気持ち悪かったけど、路地裏にいた土蜘蛛のような化け物よりかは弱そうな見た目をしていた。

「雀食いは下級の怪異ね。危険度は3に該当してる。ちなみに黒江さんが倒した土蜘蛛の危険度は5よ。」

「えっ?あの土蜘蛛そんなに強かったんですか?」

「ええ。それに、あそこまで大きな身体をした土蜘蛛を見たのは初めてよ。」

「へぇー……。」


〘我の危険度も知りたいか?〙

頭の中でサラマンダーも話しかけてきた。

「そういえばあんたも喋れたんだね。」

私は心の中でサラマンダーに問いかける。

〘ああ、お前の脳内に直接語りかけている。お前の脳に干渉してな。だからお前が話したいときはお前が心で思ったことを言えば伝わるぞ。まぁ、お前の心の声を聞くこともできるんだがな。ハハッ!お前の考えていることは面白いな!実に愉快だ!フハハ!ハハハ!〙

私は実に不愉快だ。

「じゃあ4階に行くよ。まあ、もう怪異はやられてるだろうけど……」

私達が階段を登り4階まで行くと、太陽さん達が既に戦闘を終えていた。

「おう!美鈴ちゃん!日夏ちゃん!無事だったかァ〜!」

「はい!先輩が助けてくれたので……!」

「よかったぜェ〜」

「こっちの怪異は全部俺がブッ殺しといたから安心しなァ!」

「ありがとうございます。」

「気にすんなって!俺たち仲間なんだからよォ!それより怪我はないかい?お嬢さんたち?」

「ええ、大丈夫です。」

「大丈夫ですよ。」

「そうかそうか!なら良かった!でも、5階からはヤベェ奴がいるかもしれねえから気をつけろよ?」

「はい。」

「どうせ大した奴じゃないから大丈夫でしょ。僕、眠いので帰っていいですか?」

「おい澪テメエ!」

「はいはい。喧嘩しない。はやく5階に行くよ。5階の怪異を倒せば今回の任務は終わりよ」


その時だった。突然廃ビル全体が地震のように揺れ始めた。


ドドドドドドドド


「うわああっ!!」

「きゃあ!」

「これは……!?」

「みんな落ち着いて!」

「オイオイ!マジかァ!」

「皆さん……!」

「黒江さん!日夏ちゃん!危ないから動かないで!」

(何が起きてるの……?)

「黒江さん!日夏ちゃん!」

「先輩!」

〘愚カナ異能者共メ………〙

「な、なんだァ〜!この声!?」

〘私ハ怪異。大食イノ怪異、野槌ナリ…〙

「コイツは……まずいな……!」

「こいつが……今回の元凶ってことかァ……?」

「みたいですね……。」

野槌と名乗る怪異は、廃ビル全体に響くほどの声で叫んだ。

〘サア……!食事ノ時間ダ……!!!〙


〘キャアアッ!!〙

〘ウワァッ!〙


野槌が叫ぶと、あちこちの部屋や通路から沢山の小さな怪異が現れた。

「黒江さん!日夏ちゃんを連れて逃げて!」

「はい!」

私は急いで日夏ちゃんの手を引いてその場から離れようとした。しかし、

「くっ!」

「きゃっ!」

私達の目の前に雀食いが現れて道を塞いだ。


「やるしかない……!」

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サラマンダーと怪異 かきあげ精霊 @kakiage_seirei

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