グッデイグッバイ

 ダラダラと歩いて出発ロビー前まで来ると、既に俺たちの両親らが待っていた。


 手ぶらの俺と、大きなリュックサックを背負った大地と博。その途中、俺は歩みを止め、二人は先へと進んで行く。別に何かに遮られた訳じゃない。だけどこの先、俺たちの間には、見えないけれど確かな境界線で隔てられているような気がするのだ。


 二人は両親と二、三言葉を交わすと、俺の方を振り返って、口々に別れの言葉を告げる。


「お別れだな、隼人」

「ああ」

「幼稚園の頃から今までありがとう。楽しかったね」

「ああ」

「アメリカもイギリスもなんかすっげぇ遠いらしいけど、もう絶対会えない訳じゃないしさ、またいつか会おうな」

「ああ」

「向こうへ着いたら手紙書くよ。だから、隼人も返事を書いてよね。ほら、こっちの学校のこととか、しゅうちゃんのことが分かったらさ」

「ああ」

「でー、あー……。…………、え、えっと……ハハ。つうかさ、隼人は無いのかよ。何か俺たちに言うこと」

「そんなこと言われてもな。だって俺たち、この夏休み中にもう一生分遊んだだろ。あれだけ思い付く限りのことをやっておきながら、今さら改まって何か言うことって言われても……。まぁ強いて言えば、元気でな、ってことくらいだろ」

「お、おう」

「うん。隼人も元気で」

「ん。じゃあ、これ以上引き留めても悪いから」


 そう言うと、俺は踵を返して、両親の元へと向かおうとする。そのとき――。


「――ッ‼ 隼人‼」


 背中越しで大地に呼び止められる。俺は振り返らずに、そのままの状態で次の言葉を待った。


「あのときのこと、覚えてるか⁉ 海の洞窟で水晶に頼んだ願い事のこと‼ あのとき俺、三人はずっと友達だって、そう言っただろ‼ だから……大丈夫だから‼ 離れ離れになっても、俺たちはずっと友達だからな‼」

「……アホだな、大地。願いが叶うなんてのはただの嘘で、俺たちは紺ノに騙されていたんじゃないか。もうそんなことも忘れちゃったのかよ」

「だ、だってさ……」

「いや、僕たちの願い事はちゃんと叶っているよ」

「なんだよ博、お前まで大地に乗っかるのか?」

「魔導書を手渡されたて蒼蓮さんの記憶を覗き見たとき、僕は知ったんだ。あの水晶は、本来願いを叶える為の道具で、三百年前に苦しんでいた玖津ヶ村の人の願いを叶える為に使われたんだって。だから大地の、いや、僕たちの願い事はちゃんと叶えられた筈だよ」

「ほら‼ ほらな‼ 俺の言った通りだったろ‼」

「博、それ、作り話だろ」

「えっ⁉ つ、作り話⁉ 博⁉」

「え、えぇと……ど、どうしてそう思ったの?」

「別に、なんとなくそう思っただけ。でも今の感じからして、作り話ってのは本当のことっぽいな」

「あ、あはは……。やっぱり、即興で考えた嘘じゃ隼人は誤魔化せないか」

「当たり前だ。それに、願いを叶える道具だっていうのに、俺たちが苦痛龍を倒すまで三百年もずっと願いが叶わなかったってんじゃ、むしろ縁起が悪いだろ」

「そっか。そう、だよね……」

「…………、じゃあもう俺、行くから……」

「待てよ隼人‼ 確かに紺ノのやつは俺たちを騙すつもりだったのかもしれねぇ‼ でもさ、それでもやっぱり俺は、博の言ったことが本当なんじゃないかって、そう思うぜ‼ あのとき、海の洞窟でああやって言っておかなかったら、俺は多分今でもちゃんと二人に引っ越すことを言い出せなかったと思うし……それになんつうか、俺ってアホだから上手く言えねぇけど……でも、なんかその方が良いじゃねぇか‼」


 大地、お前はなんてアホなやつなんだ。今言ったことには何一つ根拠も客観性も無い。脊髄反射百パーセントで喋っているところなんて、まさに原始人じゃないか。そういうところ、いつも本当にイラっとするんだよ。


 そう、だから今も俺はイラついている。眠いのに、帰ろうとしているのに何度も引き留められて、かと思えば非文化的な会話にいつまでも付き合わされるし、だから、だから堪えろ、振り向いちゃ駄目だ。今ここで振り返ったら、俺は――。


 そう思ったときにはもう遅かった。


 初めて友達になったときのこと。楽しかった出来事。喧嘩して、仲直りした思い出。朝会ってからするなんでもない話。夕暮れ時の帰り道にした他愛のないお喋り。学校で、家で、公園で。笑って、泣いて、怒って、また笑う。そんな沢山の記憶を、一気に、全部思い出してしまったのだ。


 気付いたとき、俺は踵を返して二人の元へ駆け出していた。すると二人も俺の方に飛び込んで来て、俺たち三人は、間を隔てるように引かれていた見えない境界線の上でぶつかり合うように肩を抱き、わんわんと大声で泣いた。


 何度も、何度も考えていた。アメリカもイギリスもどうってことはない。飛行機に乗れば半日で着く距離なんだって。だから、大げさに考えることなんてない。全然寂しくなんてないんだって。


 でも、駄目だ。何度も自分にそう言い聞かせてきたけれど、そんなのは全部嘘だ。寂しい。大地と博と別れるのが辛い。格好良く、そうでなくとも格好悪くならないように別れを告げようって、ずっとそう考えていたけれど、やっぱり俺にはできそうもない。


 俺、梅原隼人は冷めたものの考え方ができる子供である。そう、子供なのだ。だから往来の真ん中で大声を上げて泣きじゃくるのが迷惑なことは分かっているし、「行かないでくれ」と二人を引き留めるような物言いが自分勝手で我儘わがままであることをちゃんと理解しているけれど、それでも、子供である今の内だけはきっと許してもらえるだろう。

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