新章 未だ来ないものへ

分岐する未来へ

「くあぁ~……ぁぁあ……。超~眠みぃ~……」

「僕も、凄く眠い……ふぁっ……」

「だから、途中で仮眠しようって言っただろ」

「しょうがねぇじゃん。あとはラスボスを倒すだけでゲームクリアだったんだからさ」

「つうか、なんでもかんでもごり押しで倒そうとするのが悪いんだよ。ちゃんと弱点を狙えって、俺は何回も言ったのに」

「弱点を狙うなんて、俺はそんな卑怯な真似はしねぇ‼ 例えそれが世界を滅ぼそうとする魔王であってもだ‼」

「……毎回思うけど、なんなんだよ、お前のその無駄な拘りは。そんなだから、ボスを倒すまでに五時間もかかったんだぞ。クソ、結局昨日の昼から一睡もできなかったじゃないか」

「ま、まぁまぁ。でも良かったじゃない。ずっとクリアできないかったゲームがクリアできたんだから」

「ったく、博は大地に甘いんだって。それにどうすんだよ、夏休み中に捕まえたあの大量のカブトムシは。調子に乗って五十匹も取りやがって。カブトムシ屋でも開くつもりだったのか? しかもアメリカには持って行けないからって、結局全部俺に押し付けるし」

「良いじゃん。これで隼人は一生カブトムシに困ることは無いだろ‼ ダハハハハ‼」

「いや、カブトムシに困る状況ってなんだよ……」

「あっ、じゃあこういうのはどう? 面倒見切れないと思った分は全部油で揚げて、はちみつをかけて食べるの。そうすればちゃんと全部消費できるでしょ」

「「…………」」

「冗談だよ」

「ひ、博ぃ‼ お、お前なぁ‼ 冗談にしたって怖すぎるんだよ‼」

「つうか真顔でそんなこと言うなよ‼ マジで本気で言ってると思っただろうが‼」

「ご、ごめんごめん。その、二人とも眠くてピリピリしてるみたいだったから、リラックスさせようと思って」

「リラックス、って……今のでか? ククク」

「ダハハハハ‼ 博の冗談って、すっげー分かり辛いのな‼」

「えぇ、そうかなぁ? フフ」


 いつもの三人で、俺たちはいつものように笑い合った。


 さて、こうして眠気も覚めたことだし、今回俺たちが巻き込まれた大事件について少し振り返っておこうと思う。


 まず今回の事件の根幹たる苦痛龍は、蒼蓮さんの構築した術で遠い宇宙の果てに追放されて、もう地球に戻って来ることはないらしい。けれど大空洞で大黒が言っていたように、あの恐ろしい怪物は、他に幾多もいる落とし子の一つでしかなくて、この地球上のどこかの海の底には、もっと恐ろしい本物の苦痛龍、いや、クトゥルフが眠っているのだとか。


 とんでもない話だ。あれ以上の怪物が存在しているなんて。そんなの、一体誰が想像できると言うのだろう。だけどそう説明されたとき、何故か俺は早々に納得できてしまったというか、詳しい話を聞かされるよりももっと前からそのことを知っていたような、そんな気がするのだった。


 そういったことを詳しく教えてくれたのは、“対外星財団”、通称“CAP”の職員の人たちだ。あの後、浜辺で呆然としていた俺たちは、碧蓮さんが引き連れてきたCAPの術者に保護され、三日間もの間隔離されることになってしまった。


 俺たちが玖津ヶ村で相対した怪物たち、正式な総称は神話生物と言うらしいが、それらは場合によっては近付いただけでも何らかの異常をきたす恐れがあるらしく、短期間で何種類もの神話生物に接触した俺たちは、CAPが保有する施設の元で、あらゆる検査を受けねばならなかったのだ。


 尚、一番の懸念であった博にかかっていた呪いは、俺たちの隔離されていた支部に偶然立ち寄っていた特S級術者というもの凄い力を持った人の力によってあっさりと解呪されて、それ以外特に問題らしい問題が見つからなかった俺たち三人のことを、検査を担当した職員は酷くいぶかしんでいたようだ。


 しかし、青瀬だけはそう簡単には済まなかった。三年間神話生物に拉致監禁されていた青瀬の心身を調べるには、一朝一夕ではとても判断することができず、検査にはかなりの時間を要するのだと言う。


 またそんな素振りは一切見せなかったけれど、あいつの体はかなり衰弱していたようで、そういった事情も踏まえた結果、俺たちと一緒に解放とはならず、現在青瀬がどうなっているのかも知らされてはいない。


 だけど俺たち三人は、誰一人として青瀬のことを心配なんてしちゃいない。何故なら最後の別れ際、あいつは一片の不安も無いぞといった様子で「また絶対に会えるよ!」って、何の疑いも無く笑顔でそう言っていたのだから。だから俺たちは約束したんだ。どれだけ時間が掛かったって良い。でもいつか、絶対にまた四人でまた会おうって。


 ちなみに見送りの際、大地と博だけ青瀬に頬にキスされていて、何故か俺にだけ何も無かった。いや、そんなの別に全然いらなかったし、全く、全然、これっぽちも悔しくないけれど。ていうかむしろ、あのとき俺は浜辺であいつと――……まぁ、そのことはどうだって良い。


 その後CAPから解放された俺たちは、両親たちの強い抱擁ほうようで出迎えられることとなる。隔離された期間を含めても一週間程度しか離れていなかったのに、もう随分と顔を合わせていなかったような気分になっていた俺は、正直、その場で泣いていてもおかしくはなかった。


 の、だが、佐藤家は我が家とは大分事情が違っており、大地は大地母に卍固めと共に「危ないことはすんなって言ったでしょうが‼」という叱責しっせきの言葉で出迎えられ、「ギャァァァァァ⁉」と絶叫する大地の姿を目の当たりにした俺の涙は、どこかへと引っ込んでしまったのだ。


 両親との再会を済ませた後、大地の両親は、俺と博、それに俺たちの両親に深々と頭を下げて今回のことを謝罪した。けれど当然俺も博もそんなことを責めるつもりはなく、当事者である俺たちが良いのなら何の文句も無いと、両親たちはすぐに溜飲りゅういんを下げたようだ。


 そんなこんなあって、色々と面倒事に巻き込まれもしたけれど、俺たちの夏休み後半戦は、やや遅ればせながら始まったのだった。ただ今思い返してみても、まるで後れを取り戻さんとするかのような後半戦の日々は、玖津ヶ村で体験した神話のような出来事にさえ、勝るとも劣らないくらい濃密だったのではないだろうか。


 ラジオ体操をするという名目で毎日朝四時に起きると、俺たち三人は適当な場所に集合して、自転車に飛び乗ってあちこちを駆け回り、思いつく限りのことを実行した。森中のありとあらゆる昆虫を捕まえて、隣町までカードゲームの大会へ出かけ、小遣いが無くなるまで一日中映画館に入りびたり、夏祭りの盆踊りでは大地の奇妙な踊りに付き合わされて周りから注目を浴び、いつも俺に意地悪をする女子グループのリーダーの椅子にブーブークッションを仕掛けてやったりと、そんなことを門限が過ぎて外が真っ暗になるまでずっとやっていたのだ。


 当然毎日のようにそんなことをしていては、家に帰ると決まって母さんに怒られるのだけれど、夏休みが終わったら離れ離れになることを口実に、時に迫真の演技で泣き落とし、時には駄々をこねて叱責を有耶無耶にしては、翌日以降もありとあらゆる手段を駆使して三人でいる時間を捻出し続けた。まさに非行少年である。


 しかし今になって思えば、子供たちだけで旅行へ行き、しかもその先でとんでもない目に遭って帰って来たというのだから、もう少し心配してくれる両親の気持ちを考えるべきだったのかもしれない。


 だけど、そんな日々も今日で終わりだ。


 俺たちは今現在、空港のロビーで飛び立つ飛行機を眺めながら談笑している。そう、今日は二人と一緒にいられる最後の日。そして俺は、これから旅立つ二人に別れを告げるためにここへ来たのだった。


 まぁ、ここへ来る前にはほんのちょっとだけしんみりした気持ちにもなっていたのだけれど、正直今は眠気の方が勝っている。それはそうだろう。今日まで連日、まるで体の限界に挑戦でもするかのように遊んでいた上に、最終日を前にして、昨日の昼頃から今朝までずっと、やりかけのゲームをクリアするのに半日以上も躍起やっきになっていたのだから。


 しかも現在飛行機のトラブルで、既に一時間近くフライトが遅れている。なんなら俺はもう随分前から、まだ終わねぇのかよとすら思っているくらいだった。


「でもさ、結局色々あったけど、なんて言ってもやっぱりあの旅行の出来事が一番だったよな‼」

「うん、本当に凄かった。いつかまた三人で一緒にどこかへ行きたいよね」

「おぉ‼ つうか俺、もっと良いこと思いついたんだけどさ、次に旅行に行くときはしゅうちゃんも誘って、今度はもっとすげぇ冒険に出かけようぜ‼」

「いいね、大賛成!」

「……勘弁してくれよ。もうあんなの、俺は二度とごめんだって」

「はぁ⁉ なんでだよ隼人⁉ 俺たちとはもうどこにも行きたくねぇってのか⁉」

「いや、そうじゃなくて。なんていうか、どうせどこかへ行くんだったら、もっとこう安全で危険もなくて、怪物なんかが一切出て来ないような場所が良いなって、そういうことを言ってるんだよ」

「はぁ~分かってねぇな~隼人は。ああいうのがある方が絶対面白いじゃんか。危険も無い。怪物も出ない。安心安全が一番なんて、そんなの俺たちが爺さんになってからいくらでもできるだろ?」


 本当にこのアホは。あれだけ恐ろしい目に遭っておきながら、全く懲りてないじゃないか。それに今の言い分だと、こいつはどうやら俺たちが老人になってからも交友が続いていることを毛ほども疑っていないらしい。まったく、これから遠い所へ行く上、そんな先のことなんて分かりっこないっていうのに。


「あっ、分かった。隼人、もしかして、僕と大地だけがしゅうちゃんにちゅーしてもらったから、不貞腐れてるんじゃないの?」

「……はっ、はぁ⁉ いやいやいや、そんなんじゃねぇし‼ なんだよ突然‼ だいたい、なんの根拠があってそんなこと言ってんだよ⁉」

「だって、ねぇ? 大地?」

「ハイ……博ノ、仰ル通リデス……」

「だ、大地、鼻血、鼻血が出てるよ」


 博のやつ、ちょっと良い思いしたからって調子に乗りやがって。何勝手なことを言ってるんだよ。クソ、あのときのことを言ってやろうか。でも今ここでそれを言おうものなら、二人にエロ判定される可能性がある。別れ際にそれは避けたい。つうかそもそも、青瀬にキスされたことなんて俺は別に全然羨ましいなんて思ってねぇよ。なんてことを考えていると――。


『ウィルマース航空、並びに、ミスカトニック・エアラインをご利用の皆様、大変お待たせいたしました。間もなく、ご搭乗手続きを開始いたします。お手元の搭乗券に書かれております番号に沿ってお呼びいたしますので、国際線搭乗口、三番までお越しいただき――』


 搭乗手続き開始を知らせるアナウンスが掛かる。


「おっ、これ、俺たちの乗る飛行機のだよな?」

「うん。間違ってこっちの飛行機に乗っちゃ駄目だよ」

「大丈夫だろ。間違って乗っちゃっても、途中で降りて戻って来りゃ良いんだから」

「……大地、これだけは言っておくけど、絶対に、絶対に飛行機の窓を開けようとしちゃいけないんだからね」

「おっ? …………、おぉ!」

「ったく、やっとかよ。ほら、さっさと行けよな」

「なんだよ、急かすんじゃねぇよ」

「そうそう。手続きまでまだちょっと時間もあるみたいだし、もう少し一緒でも良いじゃない」

「もう眠いんだって。お前らは飛行機の中で寝てれば良いけど、俺はこれから家まで帰らなくちゃいけないんだぞ。さっさと見送って帰りたいんだよ、俺は」

「ふわぁぁぁあ……。あぁ……言われてみりゃ確かに眠いな。飛行機の中で寝過ごしちまったらどうすっかな。そういうときって、延長料金って取られるのか?」

「大地は目的地まで十三時間くらいかかるから、多分寝過ごすことは無いと思うよ」

「はぁ⁉ 飛行機ってそんなに時間かかんの⁉ マジかよ~超遅ぇじゃん飛行機~。どうせだったらバスとかで行った方が早いんじゃねぇのか?」


 なんて、これから別れるっていうのに、俺たちはあくまでもいつも通りだった。ただそんなこいつらを前にして、何ら特別な感情を抱いていない今の自分に、俺は内心ホッとしている。というのも、もしも直前になってこいつらの前で泣いてしまったなら、そんなの滅茶苦茶ダサいからだ。


 けど、これならその心配も無いだろう。まぁこいつらとは夏休みに散々、毎日、それこそ嫌と言うほど顔を合わせていたのだから、それも当たり前と言えば当たり前だろうか。何にせよ、これで一切の後腐れも無く別れを済ませられそうだ。

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