新しい朝と柔らかな感触

 ザザーン、ザザーンと、波の音。にゃあにゃあと鳴く海鳥の声が聞こえた。次第に潮の匂いが鼻を衝いて、頭の後と背中には砂の柔らかな感触を感じる。瞼に当たるのは暖かな陽の光。この感じからして、今は朝だろうか。


 目を閉じたまま、フーっと静かに息を吐く。大地と博。それに青瀬や村の人たちのこと。もっと言うなら、俺は今どこにいるのかとか、本当なら、そういった諸々のことを確認しなくちゃいけないのだろう。でも、体に残るこの心地良い疲労感と、そして何よりも、全員が助かったのだという根拠の無い不確かな確証が、起き上がらせることを億劫おっくうに感じさせる。


 そうしてそのまま砂浜に身を投げ出していると、ふと、瞼の上に薄い影が覆いかぶさった。なんだろうと思いながらも、そのまま何もしないでいると、不意に唇に柔らかな感触を覚える。それはすぐに俺の上から退くと、俺は感触の正体を確かめる為、自分の舌で唇をなぞった。


 しょっぱい。そして今も尚唇に残る、この柔らかい感触は――。


 ガバッと体を起こして目を開ける。するとそこは、昨日青瀬に連れられて来た海辺の砂浜だった。辺りを見渡すと、砂浜には何人もの人が倒れている。その中には大地と博、それに晴美さんの姿もあって、遅ればせながら俺はホッと胸を撫でおろす。


「気が付いた?」


 声を掛けられた方。そっちへ視線を向けると、そこには青瀬の姿があった。瞬間、俺の脳裏に、あらゆる情報が流れ込んでくる。砂浜には沢山の人。けれど、今目を開けているのは俺と青瀬だけ。そして今の唇に感じた柔らかな感触と、その味は――。


「お……ちょ……お、おまッ⁉ い、いっちょ……今、お、俺⁉ キ、キッス――」

「助けてくれてありがとう。隼人、大好き」


 そう言って、青瀬は俺に抱き着いた。お互いに顔の見えないこの体勢は、俺にとって本当に幸運だった。だって多分、今俺の顔は真っ赤に染まっているだろうから。だけど、この密着した体勢では、バクバクと鳴る心臓の音だけはもうどうしたって誤魔化せなくて、だけど上手い言い訳を思い付けるほど冷静である筈もなく、俺はただ黙ってその場でピクリとも動けずに、ただ青瀬にされるがままになってしまっていた。

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