どっちか、じゃなくて

「よし! これで終わらせよう! それじゃあ二人共、始めるよ! 準備は良い?」

「あぁ、問題無い」

「うおぉぉぉぉぉ‼ いつでもバッチリだぜ‼」

「よし、それじゃあ、いくよ!」


 深く深呼吸する博。それに呼応するかのように、勝手に捲れる魔導書のページ。博が言うには、この術を発動するには長い呪文を詠唱する必要があり、しかも詠唱を始めてから一度でも途切れたなら、水底に設置した水晶の中の魔力が霧散むさんしてしまって、二度と苦痛龍を葬る為の儀式を行えないという。俺と大地は博の近くに寄り添い、博の詠唱を邪魔されないように辺りを警戒する。


 確かに、ここへ来るまでは決して楽な道のりではなかった。だけど、この大空洞の中へ入ってからというもの、俺たちは深きものたちの妨害を一度も受けてはいない。ここは敵の本拠地の本丸で、敵はもう俺たちがこの場所へ来ていることを知っている筈。なのに、どうしてやつらは何の妨害もしてこないんだ。大黒がこの場所を守護しているからなのか。だけど、どうしても何かが引っかかって――。


「スゥー……、『外より来たりて、今は宙より黒く遠く、暗き深い場所に眠りし者よ。在処ありかにあらず。立ち去り給え、還り給え、元の暗きところへ――』」


 博の詠唱が始まった。すると次第に、目の前に広がる水面が仄かに光り、少しずつ波打ち始める。気付けば大黒の姿も消えていた。水の中へ潜ったのだろうか。どうやら今になって妨害されるってこともないようだ。考えすぎだったのか? いや、このまま何も起こらないなら、それに越したことはない。あとはこのまま上手く術が成功することを願って――。


『いあ、――くとぅ――ふ――ん――……』


 そのとき、どこからか誰かが囁いているような声が聞こえた。知っている。これは、海神の門で聞いたあの奇妙な声と同じだ。どうやら大地も気付いたらしく、俺たちは音の出所を探って辺りを見渡した。


『『いあ、いあ、くとぅる、ふた――』』


 どれだけ辺りを見渡しても何も見当たらない。だと言うのに、音の出所は増え、反響し、重なり合い、どんどん大きくなって――。


『『『いあ‼ いあ‼ くとぅる、ふたぐん‼』』』


 最早耳を塞いでしまいたくなる程に声の共鳴は激しさを増していた。あのときは得体の知れない恐怖に帯びていた。だけど今は違う。邪魔だ。そのうるさい音で、博の詠唱が掻き消されたらどうする。そう思うと――。


「「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉッ‼」」


 気が付くと、俺と大地とで同時に叫んでいた。すると、海神の門のときと同じように声の共鳴はピタリと止み、大空洞の中には博の詠唱だけが反響し続けている。隣を向くと、大地と目が合う。すると大地のやつは、俺に向かってニッと笑って見せる。


 やめろよ。別にお前に合わせてやった訳じゃない。ただなんとなく、そうした方が良いと思っただけだ。そう思いながらも、俺はなんだか無性に気恥ずかしくて、大地から視線を逸らしてしまった。


 そのとき、視界の端に何かが映る。それはこの大空洞の至るところに開いた幾つもの横穴。いつの間にかその全てに深きものの姿があり、全員が俺たちの方を見下ろしていた。そして穴の一つにその姿はあった。あの人、いや、あいつは――。


「バレちゃったか。それに君たち、こんなことくらいじゃ全然ビビらないんだね。ちぇっ、面白くないの」


 長身痩躯にボサボサの髪の毛。瓶底のような厚ぼったいレンズの眼鏡。そこにいたのは紺ノさん。いや、紺ノ哲月だった。そこには初めて会ったときのような、どこか間が抜けていて人当たり良さそうな印象は失せ、まるでさげすむような目で俺たちを見ていた。


 村人や碧蓮さんから聞いていたから、この男がこの事件を起こした犯人だということは理解していた。それでもあの人当たりの良い紺ノさんが犯人だなんて、何かの間違いなんじゃないかと、頭のどこかでそう願うように思っていた。だけど今の物言いから察するに、人間であることも、あの人当たりの良さも全部嘘で、俺たちを騙して海神の門へといざない、そして青瀬を攫った敵であることに間違いないのだろう。


「――ッ‼ 紺ノ‼」

「おいおい、呼び捨てかい? 目上の者に対する礼儀がなっちゃいないじゃないか。初めて会ったときから思っていたけど、本当に可愛げの無いガキだね、君たちは」

「うるせぇ‼ 何が礼儀だ‼ ガキって言うな‼ それよりもお前、よくもしゅうちゃんを、村の人を、晴美姉ちゃんを悲しませるようなことをしたな⁉ どうしてそんな酷いことができんだよ⁉

「どうしてって、そんなの必要だったからに決まっているじゃないか」

「ひ、必要だったから……?」

「そうさ。でもね、まさか攫ったあのガキが、三百年前に茂垣蒼蓮のお供をしていたやつの子孫だっていうのは知らなかったんだ。いやぁ、ドラマチックだよねぇ。そういうことを自然にできちゃう僕って、物語を盛り上げることのできる才能みたいなものがあるのかなぁ? ハハハ!」

「て、てめぇ……絶ってーに許さねぇ‼ 降りて来い‼ ボコボコにしてやる‼」

「うーん、どうしよっかなー。降りて来て下さいって土下座すれば、そこまで降りてやっても良いけど、どうする?」

「な、なんだと⁉ この野郎‼」

「止めろ大地‼ 挑発に乗るな‼ 相手は大人で、しかも人間じゃないんだぞ‼」

「でもよ⁉」

「ククク、そうだよ、君たち下等な人間のガキが、僕のような上位存在に敵う訳無いじゃないか。そんなことも分からないのかい?」

「――‼ …………ッ‼」

「おや、何も言い返さないのかい? いやぁ、愉快愉快。人間のガキを揶揄からかうのは実に楽しいなぁ! ハーッハッハ!」


 嘲笑するように大声で笑う紺ノ。対して大地は、歯を食いしばるようにして怒りを堪えているようだ。大地を止めた手前こんなことを言えた義理じゃないが、俺だってこいつをぶっ飛ばしてやりたい。だけど――。


『高いところからガキを相手に粋がることしかできんとは、なんとも情けないやつじゃのう。まぁ、おどれみたいな小心もんには、ガキ相手につけ上がるんがお似合いっちゅうもんかや。なぁ、紺ノよ』


 どこからか響くように声が反響する。この声、姿は見えないけれど、間違いなく大黒のものだ。


「だ、黙れ‼ お、お前、分かっているのか⁉ 私は“クトゥルフ”様より勅命ちょくめいを受けてこの場にいるのだぞ‼ 三百年もの間何の策も講じずに、御子様の周りをただ呆然と泳ぎまわっていただけのお前と今の私、どちらの格が上なのか分からぬとは言うまいな⁉ 口の利き方に気を付けろよ‼」

『ハン、言うに事欠いて格上ときたか。凡々坊ぼんぼんぼうが、まるで己ん力で成り上がったが如く口を利きよって。本物ほんもんの海ん底の暗さも知らん半端者のガキが、調子付くなや』

「ぐっ……き、貴様ッ……。そ、その物言い、お、覚えていろよ‼ この件が済んだら、クトゥルフ様に貴様を追放するよう直訴してやるからな‼」

『さっきから聞いとりゃ、何がクトゥルフ様じゃ。本物を前にしたことも無い分際で。そぃどころか、そんガキにすら怯えてこん場所まで下りてこれんくせに、口ばっかりがいっちょ前かい。あぁ、それとも何かい、本に怖いんは“とぅてゅつぅふゅ”んガキじゃのうて、こん大黒様かい? 情けないのぅ。そこん人間のガキ共は、儂を前に一歩も怯まず、あまつさえ儂らん寝所へ入って、底まで行ったっちゅうのになぁ。そんな己より度胸の座っとるガキに対して粋がるとは、実に笑わせてくれるっちゅうもんじゃ‼ ギャハハハハ‼』


 ビリビリと反響する大黒の笑い声。だけど、今は全く恐怖を感じない。いや、むしろ頼もしささえ感じられるくらいだ。それにしても、この二人は仲間ではないのだろうか。話の感じから察するに、紺ノは大黒や苦痛龍の子供を恐れているかのように聞こえたのだけれど。


『ええかガキども、そこん臆病者はな、“とぅてゅつぅふゅ”んガキば恐れてこん場所まで降りてこれんのじゃ。間もなくガキが復活するが、その折、こん場所におるもんは須らく全員がガキの生贄と見做みなされてしまうからな』


 なるほど、そういうことだったのか。どうりでさっきから苦痛龍を葬る為の術が進行しているというのに、一向に深き者たちが襲って来ない訳だ。いやでも、それってつまり――。


「えっ⁉ そ、それじゃあ、この空間にいる俺たちも、生贄の対象ってことなのか⁉」

「な、何ぃ⁉ おいおいおいおい‼ そんなの聞いてないぞ⁉ ど、どうすんだよ⁉」

「いや、どうすんだよって言ったって……」

『アホか。そうならん為にここへ来たんじゃろうが。“とぅてゅつぅふゅ”んガキば葬ってやったら、己らは助かる』

「ほ、本当かよ⁉」

『おう、本当も本当よ。術ん感じからしてもうあと半分っちゅうところじゃろう。上の臆病者はおどれらに手出しできんじゃろうし、そこでどーんと構えとけや』

「お、大黒ッ‼ き、きき、貴様今、自分が何を言っているのか分かっているのか⁉ 貴様は今、人間に加担するようなことを言ったのだぞ⁉」

『この際だからはっきりと言ったるわ。儂ぁな、昔っから“とぅてゅつぅふゅ”んことが大嫌いだったんじゃ。何かとあれば毎度毎度偉そうにしよって、挙句ガキんお守りまでさせよるわ、そんガキまで儂んことを舐め腐っとるわ。鮫を舐めんのも大概にせぇっちゅう話じゃ』

「ちょ、ちょっと待て‼ 分かった‼ 今の発言も、全部不問に、聞かなかったことにする‼ だから今からでも遅くない‼ そこのガキどもに術の発動を止めさせて、御子様の復活の手助けをするのだ‼ そ、そうすれば、クトゥルフ様もきっと貴様をお許しになるだろう‼」

『お断りじゃ』

「な、なんだと⁉」

『そもそもこの場におる時点で、ガキが復活してまったら儂らは生贄になってまう。どん道儂らに助かる手立ては無い。ならばじゃ、気に入らんガキよりも気に入ったガキん方ば付いて、最後は華々しく散ったろう。そう決めたんじゃ。どうしてもそんガキの術ば止めたかったら紺ノ、自分で降りて来れば良いじゃろうがい』


 大黒の言葉で、この場は完全に膠着こうちゃくした。そしてその間も博の術は進行しているようで、いつの間にか水面は激しく波打ち、ごうごうと音を立て始めている。このまま行けば俺たちの勝ちだ。そう思っていると――。


「……フッ、馬鹿め‼ 僕が何の策も弄さずにこの場へノコノコやって来たと思っていたのか⁉ 大黒、お前が駄目でもガキをどうにかすれば良いというだけのことなんだよ‼ おいガキ共、これを見ろ‼」


 そう言うと、紺ノは後ろから何かを取り出して俺たちに見せる。あれは――。


「「青瀬しゅうちゃん⁉」」


 紺ノが取り出したのは青瀬だった。青瀬は意識が無いようで、目に光を宿していない。紺ノのやつ、まさか。


「ガキ共‼ すぐにその眼鏡のガキに術を止めさせろ‼ さもなくばこいつを水の中へ投げ捨てて、御子様の最初の生贄にしてやるからなぁ‼」


 やっぱり、青瀬をこの中へ投げ込む気だ。


 どうしたら良い。碧蓮さんは、苦痛龍が復活してしまったら世界の脅威となると言っていた。つまり俺たちは今、青瀬を助けるか、それとも世界を救うかの二択を迫られているということじゃないか。


 冷静に考えたなら、世界を救うべきだ。だって、そんなの当たり前だろ。青瀬一人を助ける為に、大勢の人を犠牲にすることなんてできる筈がない。三年前、玖津ヶ村の人たちがそう選択したからこそ、青瀬の母親である晴美さんでさえそう割り切ったからこそ、今の平和があるんじゃないか。


 じゃあ俺は、三年前と同じことを繰り返すのか?


 止めろよ、そんなことを考えるのは。そもそも、ちょんと考えてもみろよ。俺たちと青瀬は昨日偶然出会っただけの間柄で、たった半日一緒に遊んだだけの、友達と言えるかも怪しい関係だろう。俺たち三人の誰かの命が危険に晒されているならともかく、そんな程度のやつと世界を天秤に掛けること自体が間違っているんだ。


 だったら俺は何の為にここに来た? わざわざ自分も、友達の命さえも危険に晒して。


 分かってるんだよ、そんなこと。どっちを選ぶのかが正しいとか間違っているじゃないなんてことは。でも、どうしたら良いんだよ。あいつは、青瀬は夢の中で俺に「助けて」と言ったんだぞ。そんなやつに、仕方がないからって、世界の方が大事だからって、そんなこと、俺には言えない。でも、青瀬を選べば、世界は……。


 助けを求めるように、大地と博の方を見る。けれど、二人共俺と同じことを考えているようで、やはり答えは見つからなかった。


 どうする、どうするどうする。俺は、どうしたら良い――。


『――この先、お主はきっと幾多もの選択を迫られる。ならばそのとき、誰の意志でもなく、己自信がどうしたいのか、何を欲しているのか、他の誰でもなく、自らに問いかけてみるのだ』


 不意に、ここへ来る前に蒼蓮さんに言われた言葉が脳裏を過る。


 俺が欲しているもの? この場合はつまり、世界か、それとも青瀬を救うかってことだろう。でも、こんなときにそんなことを言うのはズルいだろ。だって、こんなのどっちを選んだって後悔するような状況じゃないか。それとも蒼蓮さんなら、この状況に立たされても公開しない選択をすることができたって言うのかよ。


「おいガキ‼ 早くしろ‼ あと三つだ‼ 三つ数える内にどうするのか決めろ‼ 僕は本気だぞ‼ 本気でこのガキをそこに投げ捨てるからな‼ 三‼」


 痺れを切らしてか、紺ノが宣言する。どうするのかを決めろって? 勝手なことを言うなよな。苦痛龍の子供を復活させなくちゃいけない立場のお前こそ、どっちかを選べるような状況じゃないだろう。いや、だからか。自分でどちらかを選ぶのが怖いから、決断を人任せにしているんじゃないか。大人のくせに、こんな大事なことを子供任せになんてしやがって。


「二‼」


 そもそもこんな状況、こんな場所に俺たちみたいな子供がいること自体がおかしいんだよ。確かにここへ来る決断をしたのは俺たちだし、ここへ来ざるを得ない原因を作ったのも俺たちだったさ。だけど、俺たちは非力で何の力も持たないただの子供なんだぞ。そんな子供に、マジで世界の命運を託したりなんかするかよ、普通。


「一‼」


 なんだかだんだん腹が立ってきた。今現在、世界の命運が危機に晒されているような状況だけれど、もうそんなことはどうだって良いや。青瀬のこともだ。あいつ、終始俺のことを小馬鹿にするようなことばっか言いやがって。ちょっと可愛いからって、ムカつくんだよ。


 あぁ、もう知らん‼ もうどうだって、どっちだって良い‼ 世界も青瀬も、勝手にどうにかなってしまえば良いんだ‼


 ………………。


 どっちだって……どっちか……。いや、そうじゃない。そうか‼ そうだ、あるぞ‼ “どっちか”を選ばなくても良い方法が、一つだけある‼


「ゼロ‼ おい‼ 聞いているのか⁉ ぼ、僕は本気だぞ‼ 本気でこのガキを投げ捨てるからな⁉ 今からこのガキは御子様の生贄となり、その魂は永遠に苦しみ続けることに――」

「やれよ」

「…………、……はっ? お、お前今、なんて……」

「やれよって言ったんだよ。それとも紺ノ、お前、本当は怖くてできないのか?」

「な、なんッ……な……」

「あぁ、そうだよな。三年前に青瀬を攫っておきながら、未だにそうやってどうにもできず後生大事に抱えているのがその証拠だ。本当はお前、命を奪うのが怖くて仕方がないんだろう。違うか? この腰抜け野郎め」

「お、おい‼ 隼人⁉」

「しっ! 作戦がある。良いか大地、この後俺たちは――」

「こ、腰抜け……? 人の命を奪うのが、怖いだと……? この、浅瀬の天才と称された、この僕が……? …………、貴様ら人間のガキまでも、この僕のことを馬鹿にするのか……。許さない、許さないぞ‼ もう良い‼ 分かった‼ それならお望み通り、こうしてやるよ‼」


 激情した紺ノは、抱えていた青瀬を放り投げる。青瀬は手足をダラッとさせたまま力なく落下し、ザブンと大きな音と水柱を立てて水の中へと落ちて沈んで行く。


 大丈夫。計画通りだ。これなら――。


「博‼ 呪文を止めるな‼ 青瀬のことは俺がどうにかする‼ 俺たちが上がって来なくても、そのまま続けるんだ‼」


 僅かに逡巡しゅんじゅんする博。けれど、俺の言葉に迷うような表情を浮かべながらも大きく頷くと、小声になっていた呪文の詠唱に力強さが戻った。


「大地‼ 後は頼む‼」


 そう言い残すと、俺は桟橋に向かってダッシュする。作戦なんて言えるようなものは何も無い。沈んで行った青瀬を助けて、苦痛龍の復活も阻止する。それだけだ。でも、俺は決めたんだ。世界は救うし、青瀬も助けるって。だってそうだろう。こんなの、どっちを選んだって後悔するに決まっているんだから。


 どっちかじゃない。どっちもやるんだ‼


「ま、待てよ隼人‼ 俺、俺も行くぜ‼」


 後ろから大地が追いかけてくる。俺が大地に指示した作戦は、呪文を唱えている博を守ってほしいというものだった。確かに紺ノは苦痛龍の生贄になることを恐れていて、この場には降りて来られないのかもしれない。だけど、もしもいざとなったならば、その限りではないかもしれないのだ。その場合、足止めをするならば、俺よりも力も体力もある大地の方が勝算が高いと考えたのだが。それを全て説明している時間が無かったのがあだとなったか。


「大地、お前は――」


 なんとか手短にでも説得しようと後ろを振り返ると、大地は桟橋の手前で足を止めていた。そうか、さっき大地は、この中で恐ろしい思いをしたから……。でも、今はそれが好都合だ。


「大地‼ 頼んだ‼」


 そう言い残すと、俺は桟橋の先端まで辿り着き、あと一歩踏み出すだけで海へ飛び込める姿勢を取った。


 が、俺はここで大事なことを思い出す。そうだ、この中、鮫がウヨウヨしているんだった‼ しかも今は博の契約の恩恵も無い‼ ヤバいぞ‼ ど、どうしよう⁉ でも、今ここで立ち止まってしまったら、青瀬が、世界の命運が……。


 ………………。


 えぇい‼ あんな風に啖呵を切っておいて、ここから今更引き返すなんて、そんなの滅茶苦茶ダサいじゃんか‼ 覚悟を決めろよ梅原隼人‼ 男だろ‼


「――ッ‼ えぇい、クソッ‼ どうにかなれッ‼」


 半ばやけっぱちになりながらも、俺は一人、目の前の青瀬が放り投げられた水の中へと頭から飛び込んだ。

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