雨降って地固まる

「さっきは言い過ぎた。ごめん、大地、博」


 本堂に戻ると、俺は開口一番二人に謝った。こいつらとは長い付き合いになるが、これはかなり稀なケースかもしれない。いつもは二人の方が、特に何かをやらかすとしたら大地のやつがその大半を占めている為、俺から謝るようなことなんてそうありはしなかったからだ。


「いや、なんつうか……隼人は全然悪くねぇっつうか……アレだよ、俺もアホでさ……。だからその、俺も、悪りぃ」

「ぼ、僕も、突然変なことを言って、ごめん……」


 俺からの謝罪に一瞬面食らったような二人だったが、大地も博も謝罪の言葉を述べる。その言葉はとてもシンプルだったけれど、お互いに言いたいことはちゃんと伝わったのだと思う。その証拠に三人で顔を見合わせると、誰ともなく気恥ずかしそうにしながらも、笑い合うことができた。


「そういや、碧蓮さんは?」

「おっ? 知らねぇ。俺がトイレに行ったときは、まだいたと思うけど」

「あっ、そそ、その……ささ、さっき、そ、そっちの部屋に、何かを探しに、行ったんだと、おお、思うんだけど……」


 やけにどもる博。俺と大地は疑問に思い、博の方を見ると――。


「お、おい博! お、お前の、それ! 鼻!」

「あ゛っ……え゛っ……?」


 何故かもの凄い勢いでダラダラと鼻血が流れていた。今回、青瀬の一件でも鼻血を出していたが、今のこれはあのときの比ではない。


「おいおいやべぇぞ‼ このままじゃ出血大量・・になっちまう‼」

「多量だろ! いや、それどころじゃない! と、とりあえず、ティッシュティッシュ!」


 俺はポケットティッシュを差し出してやるも、博の鼻血の勢いが凄まじくて、全部を使い切っても完全に止められなかった。どうしよう、このままじゃ畳が血塗れになってしまうぞ。……――ッ、そうだ!


 俺はダッシュでトイレへと向かい、ホルダーからトイレットペーパーを抜き取って本堂へ戻って、急いで博の元へと持ってくると、すぐに博の顔をグルグル巻きにし始めた。まるで包帯を巻かれたミイラのような姿になってゆく博の顔。だがそれでも顔の中心部は真っ赤に染まり、博の鼻血の凄まじさを物語っている。


 それから暫く経って、博の鼻血が落ち着いた頃。今まで俺にトイレットペーパーを巻かれるままになっていた博が、突如顔を掻きむしりながら、ジタバタと暴れ始めた。


「お、おい‼ なんか博がやべぇぞ⁉」

「んんふぃーッ‼」

「なんか言ってる……。いや、なんて言っているんだ?」

「んんひー……? ア、アルフィー……?」

「いや、このタイミングでアルフィーは言わないだろ……」

「んーッ‼ んんむーッ‼ ふ、ふ、ひぃいッ‼」

「ふ、ふ、ひー……。あっ、く、る、しい、か?」

「おぉ‼ それだそれ‼ 顔をグルグル巻きにされて苦しいんだぜ‼ やるなー、隼人‼ 今のは五十ポイントだな‼」

「何のポイントだよ。ったく」

「「…………」」

「それどころじゃねぇよ‼」

「お、おぉ‼ そうだな‼ ひ、博‼ 今助けてやるからな‼」


 俺と大地は急いで博の顔のトイレットペーパーを剥がし始めた。血を吸っている上、柔らかいトイレットペーパーということもあって、それはすぐに取り除くことができたのだが……。


「ブハァッ‼ く、苦し……かった……」

「う、うわぁ……」

「ひ、博……お、お前……その、顔……」


 博の顔は、髪の毛の先から顎の下に至るまで血塗れになっており、まるで海外のホラー映画に出て来る怪物のようだった。そしてそのとき――。


「ごめんなさい、長々と席を外してしまいまして。ちょっと皆さんにお話ししたい、こと、が……ひぃっ⁉」


 碧蓮さんが部屋に戻って来た碧蓮さんは、博の顔を見るや否や、怯えた表情を見せる。どうしよう。これ、どう説明したら良いんんだよ……。



 ***



「おい博、お前、大丈夫なのかよ?」

「ふ、ふぅん……あい、じょうぶ……」

「なぁ博、俺たちが部屋を出て行った後で、一体何があったんだ?」

「…………」

「んだよ、ま~たいつものだんまりモードが出ちゃったじゃんか」

「いや、違うな。博、お前、本当は今ちゃんと喋れるんだよな? 本当は喋れるのに、喋れないフリをしているんだろ?」


 俺の問いに対して、首をブンブンと振る博。しかしその目は泳いでいて、俺たちと目を合わせようとしない。こいつ、俺たちのいない間に一体何をしていたんだよ。


「はぁ~……良かった。ただの鼻血だったんですね。私はてっきり、博君の症状が進行したのではないかと、ヒヤヒヤしましたよ」

「えっ、あの、博の症状って?」

「……はい。博君の身に起こってることも踏まえて、今から百年前、この村で起こった出来事をお話せねばなりません。そしてその話を聞いた上で、皆さんにはある決断をしてもらうことになります」

「ある決断って?」

「……苦痛龍の元へ行くかどうかの決断を、です」


 真剣な表情で言う碧蓮さん。そんな碧蓮さんを前にして、俺は勿論のこと、先ほどまで自分たちの力で苦痛龍を封印しようと言っていた二人からも、緊張している気配が感じ取れる。


「あの……碧蓮さんは、俺たちが苦痛龍の元へ行くことに反対だったんじゃ……」

「はい。本当のことを言えば、今でも皆さんを苦痛龍の元へ行かせることには反対です。ですが、博君の状態を見る限り、そうも言っていられなくなってしまいました」

「博の状態って?」

「そうですね。それではまず、百年前の、二度目の苦痛龍復活の兆しがあった頃のことをお話せねばなりませんね」

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