突っかかっていたもの
部屋を飛び出し、トイレに引きこもった俺は、トイレットペーパーで涙と鼻水を拭いていた。喜んで閉じこもるような場所ではないが、外界と遮断された空間の影響でか、今は幾分か落ち着いたように思う。
………………。
いや、やっぱりそんなことは無い。思い出しただけで腹が立つ。
クソ、なんだよあいつら。勝手なことばっか言いやがって。博の奴は突然おかしくなっちまうし、大地のやつはいつも通りのアホだし。わざわざこんな所までやって来たっていうのに、いざ旅行へ来てみれば喧嘩ばっかじゃん、俺たち。
そうだよ。そもそもこんな所へ来なければ、俺たちが喧嘩をすることも無かっただろうし、村人たちが犠牲になることも無かったんじゃないか。そうだ、これも全部、俺たちだけで旅行に行こうなんて言い出した大地のやつが全部悪いんだ。
大体、博のやつもいきなりなんだよ。普段はこっちから意見を求めても、すぐにどもって何も言わなくなるくせに。なのに、今日に限っては苦痛龍を倒そうだとか、そんな突拍子も無い大それたことを言い出すし。かと思えば、俺と大地が喧嘩を始めたら、今度はまただんまりしやがって。
………………。
でも、俺たちが一緒にいられるのが最後だって分かっていたから、大地のやつは旅行へ行こうなんて言い出したんだよな。それに博も、突然あんなことを言ったのは、もしかしたらずっと責任を感じていたからなのかもしれない。
それで、一体俺は何をした? 何もしてないじゃないか。二人の話に乗るでもなく、
多分、ああして博の言ったことに反対したのは、真っ先にそういうことが言えた博がカッコ良くて、それが羨ましいと思ったんだ。俺だって苦痛龍をどうにかしたかったし、青瀬を助けたいと思っていたから。だから俺はあんなことを言ってしまったんだろう。
それに、大地のやつにもそうだ。絶対に無理だ。できる筈が無い。どんなに俺がそう思っていようとも、あいつは絶対に目を背けない。そりゃあいつも上手くいく訳じゃないけれど、少なくともあいつは、大地は、いつも俺の想像を超えて来る。だから今回も、大地のやつならどうにかできちゃうんじゃないかって、本当はそう思っていたんだ。
俺には、何も無い。何もできない。それに気付くのが嫌で、あいつらに置いて行かれるのが怖くて、だから俺は、二人を否定するようなことを言ったんだ。
なんだこれ。俺はただ、二人の足を引っ張っただけじゃんか。
「だっせ……」
ポツりと漏れた独り言。考えれば考える程、自己嫌悪に陥る。するとだんだん、あいつらの方が正しいような気がしてきた――そのとき、トントンとトイレのドアがノックされると、ビクッと体を震わせて俺は我に返る。
「お、おい隼人……出て来いよ……」
扉越しに、大地が声をかけてきた。ただどうにも声のトーンが弱々しい。もしかして、さっきのことを謝ろうとでも言うのだろうか。止めてくれよ。そんなことをされてしまったら、俺は余計に自分が
「…………ッ、もう、ほっといてくれよ……」
「た、頼むよ……そんなこと、言わないでさ……」
「分かっているよ、お前たちの言ってることの方が正しいってのは……。さっきあんなことを言ったのも、お前ら二人が羨ましかっただけなんだ……。それに、それに……転校のことも……。お前も、これが最後になるって分かってたから、だから俺を旅行に行こうなんて……。でも、どうせそんなことしたって、二人がいなくなったら、お、俺は一人ぼっちじゃんか‼ なんだよ、ずっと一緒だったのに、いきなり転校なんて言いやがって‼ …………ッ‼ う、うぅ……ク、クソッ……‼」
次から次へと言葉が沸いてきた。けれど、自分でも何を言っているのか分からない。最早ただ、感情のままに言葉を吐き出しているだけ。だけど、これだけははっきりした。そうか、俺は寂しかったんだ。
モヤモヤと、今まで胸の内に引っかかっていた何か。俺はそれに気付いていながらも、認めたくなくて、気付かないフリをしていたのだろう。でも、こうして改めて認めてしまうと、納得というか、スッキリ腑に落ちてしまった。なんて、複雑ながらも一人スッキリとした気分に浸っていると。
「は、隼人‼ そんな、そんな場合じゃねぇんだ‼ た、頼む‼ 早くここを開けてくれぇ‼」
最初とは裏腹に、今度は切羽詰まった様子で言う。あれ、まさかこいつ、俺を説得しようとか、謝りに来たとかじゃなくて、もしかして……。
そう思うよりも先に、ガチャガチャと何度もノブが捻られ、ドアをノックする音が激しさを増す。俺は便座から立ち上がり、急いでドアのカギを外してやると、その瞬間。
「ヤバイヤバイヤバイって‼ も、漏れるぅ‼」
勢いよくドアを開けて中に入って来た大地と入れ替わるように俺は外へ放り出され、その場で呆然と立ち尽くすことしかできなかった。
「ククッ、ハハハ……なんなんだよ、全く……」
込み上げてくる変な笑い。すると途端に、今まで色々と頭を悩ませていたことがバカバカしくなり、俺もあいつらと同じように、馬鹿なことをやってみたくなってしまったのだった。
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