第七章 セーフポイント

「男の子ですものね」

 光に導かれるまま、俺たちは森の中を歩く。途中何度か例の地響きが俺たちの近くまで寄って来はしたけれど、光の中を歩いているお蔭でか、あの怪物が俺たちに襲い掛かってくることも、頭がぼんやりすることも無かった。


 そうして暫く歩いた頃、遂に開けた場所に出る。そこには古くて小さな寺が鎮座しており、驚くことに、建物全体が空から降り注ぐ光に照らされていた。そして寺の中から微かに聞こえる呪文のような声。これは、先ほど怪物に襲われそうになった際に聞こえたもの。それに、俺たちをここまで導いてくれたのと同じものだ。


 俺たちは三人で顔を見合わせると、同時に頷いて、寺の戸を開ける。そこには、法衣を着た一人の女性が俺たちに背中を向けて座っていた。まず目に入るのは、その長い髪の色。黒というよりも深い青。それに先端に向かうに連れて色が薄くなり、緑に近い色となっている。


 女性は俺たちが中に入って来たのを知ってか、呪文を唱えるのを止めると、静かにこっちへ向き直った。


「みなさん、ようこそいらっしゃいました。大変な道のりでしたね。お疲れ様です。それに事情があったとは言え、お迎えにも行けず申し訳ありませんでした。さあ、まずはどうぞ、お座り下さい」


 そう言って、女性は三つ並べられた座布団を手で差す。俺たちは場の空気に当てられてしまったからか、やや畏まった態度で座布団の上に正座する。


「あぁ、いえいえ、そんなに固くならないで。足も崩して大丈夫ですよ。そうだ、今タオルと、それにお茶とお菓子を持って来ますからね」


 優しくも凛とした表情を崩し、ほにゃっと柔らかく笑みを浮かべて立ち上がる女性。その仕草と雰囲気に幾分か緊張が解け、俺たちは三人同時にふーっと息を吐いた。いや、というか――。


「な、なぁ……あの、さ……あの人、その、なんつうか、さ……」

「あ、あぁ……。超、美人だし……それになんて、いうか……」

「うん……。そそ、その……おお、大きいよね……」


 博が言っているのは身長のことではあるまい。ゆったりとして、体のラインが出辛いであろうその服をもってしても主張するそれは、おおむね・・・・――いやいやいや、概ね平均とはかけ離れたものと言って差し支えないだろう。


 その結果、俺たちは足を崩しても良いと許可を得たものの、男特有のやむを得ない事情につき、足が痺れることもいとわず正座を崩すことができないでいたのだった。



 ***



 戻って来た女性は俺たちにタオルを配り、お茶とお菓子を出してくれた。タオルで頭を拭いている最中、座布団に腰掛けた女性はゆったりとお茶を飲んでいた。のだが、その所作の端々で揺れ動くそれ・・に気を取られ、俺たち三人の視線はついついそっちへ向いてしまい――。


「ん? あぁ、ご紹介が遅れましたね。私の名前は茂垣碧蓮もがきへきれん。この寺の住職をしている者です。フフ、住職が女性で珍しかったのでしょう?」


 こちらの視線を悟られたものの、その理由まで見抜かれなかったことに安堵し、俺たち三人は胸を撫でおろした。


「あ、その……ど、どうも。俺は、梅原隼人です」

「お、俺の名は佐藤大地だ――……です……」

「い、いいい、石岡博……ででで、です……」

「ほら、さっきも言いましたが、そんなに固くならないでも大丈夫ですよ。ここにいる間私のことは、そうですね……では、お母さんとでも思ってもらって構いませんから」

「……ママ……」


 早々に博がやらかした。おい博、お前さっき俺たちを母親呼びしたことを揶揄からかったら、ガチ切れしていたじゃないか。しかもお前、自分の母親のことはお母さん呼びなのに、住職さんをママ呼びしているのは、一体どういう了見なんだよ。


「えぇ、良く頑張りましたね。怖かったでしょう。ほら、私で良ければ甘えてくれても良いのですよ」


 そう言って腕を広げ、抱擁ほうようの構えを取る住職さん。すると俺の視界の先に、行くべきか、行かざるべきかと二つの選択肢が現れ、激しく左右にカーソルが揺れていた。


 俺は小学六年生。こうして年上の女性に甘えられるか否か、酷く微妙なラインだ。いや落ち着けよ、梅原隼人。相手は初対面の人だぞ。向こうが良いと言っていても、流石にそれは駄目じゃないのか?


 いやいや、しかし考えてもみろよ、梅原隼人。この機会を逃したら、この次はそういうことをするのがもっと難しくなるんじゃないのか? そもそもこんな美人で、つまりその……お、大きい――否、大人の女性に甘えられるなんて、今日を逃したらもう二度とそんな機会は巡って来ないかもしれないんだぞ。いや、いやいやいや、いやいやいやいや――。


 そうして無限とも思える回数、頭の中で葛藤に葛藤を重ねていると、不意に隣の博が立ち上がる。こいつ、やる気だ。そう判断した俺は、ほぼ反射的に博の首根っこを掴み、座布団の上へと座らせてやる。ハッとした表情の博。我に戻った博と視線が合うと、気まずそうな表情を浮かべていた。


 いや、決して博を責めはしまい。もしも先に博が折れていなければ、そうなっていたのは俺だったのかもしれないのだから。いやいや、そんなことより――。


「あ、あの! それより、今何が起こっているんですか?」

「えっ、いや……それより、その、お――」

「うるせぇぞ博‼」

「そ、そうだぜ‼ 俺たち、ここへ来るように言われたけど、殆ど何も教えられていなかったんだ‼ なぁ、村の人たちはどうなっちまったんだよ⁉」


 そう言うと碧蓮さんは手を膝に下ろし、神妙な表情を浮かべて話始めた。


「そうですね。折角時間もあることですし、お話させていただきましょう。ではまず、全ての始まりである、今から三百年前に起こった、本当の苦痛龍伝説から話すとしましょうか」

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