王の断片

 襖が開かれた瞬間、ビビった僕は目を瞑ってしまい、襖の先を視認するのが遅れてしまった。すると隼人と大地はあっという間に駆け出して行き、僕一人が部屋に取り残されてしまったのだった。


 遅れながらも、二人に続いて僕もポイントTへ向かってダッシュしようとしたそのとき。どこからか、何かの声が聞こえたような気がした。それどころではない筈。なのに、僕はどうしてもそれが気になってしまい、声がした方へ、目的地とは真逆の方へと歩き始めてしまう。


 進んだ先は、部屋を出て左側。そのまま進んでつき当たりまで来ると、今度は右側に廊下が続いていて、奥には襖が見える。廊下を歩いていると、その途中、頭の奥で「行っちゃ駄目だよ」と、何かが警鐘を鳴らすのだけれど、それに相反するように「そっちへ行こう。早く行こう」と、誰かが耳元で囁いているような気がした。


 異様に長く、遠くに感じる廊下を歩いていると、僕を引き留める方の声は次第に小さくなり、耳元で囁く声は大きく、そして「こっちへおいで。早くおいで」と、まるで部屋の内側から僕をいざなうようなものへと変わってゆく。


 扉の前に辿り着いたとき、気付けば恐怖も尿意も無くなっていた。引手に手を掛けたそのとき、何故か隼人や大地の顔が、それに晴美さんが警告したときの光景が脳裏に浮かぶけれど、そんなことは今の僕には大した問題ではなくて、するりと襖を引いていた。


 襖の開いたその先。その部屋は、何も無い部屋だった。晴美さんは物置だと言っていたけれど、そこに置いてあるものと言えば、掛け軸の外された床の間に置いてある小さな何かが一つだけ。それの正体を確かめる為、部屋の中へ足を踏み入れると、突然、ぴしゃりと背後の襖が勝手に締まった。驚いて一度振り向くけれど、それよりも、僕はどうしても床の間に置いてある何かの方が気になって、前を向いて進む。


 掛け軸の前まで辿り着くと、そこにあったのは、黄色いボロきれを纏った小さな人形だということが分かった。もっと近くで観察しようとして、体を屈めようとしたそのとき、僕は背後に誰かが立っていることを直感する。


 振り向いちゃ駄目だ――コッチヲミロ。


 頭の中で同時に二つの声がする。多分、どっちかが僕の声で、どっちかが僕意外の声だ。どちらかを選べなかった僕は、結果的に後者を選択したことになった。けれど、前を向いている僕は何故か、背後に立つそれ・・がどんな姿をしているのかが分かる気がする。


 それはとても大きい。大人よりもずっと。そして、その大きな何かはボロきれを纏っていて、僕をじっと見ている。それには顔が無い。ボロきれで影ができて見えないんじゃなくて、無い。あぁ、それはきっと、生物とかそういうのじゃないんだ。概念がいねんというか、少なくとも、本来僕たち人間には観測できちゃいけない何か。


 それでも無理やりそれを何かに例えるなら、邪悪――いや、そんな矮小な言葉では言い表せない程の――あぁ、背後から伸びて来る何か――伸びて来たそれは僕の背後から腹部を弄って、体の中へ――いや、もっと深い精神ばしょを侵食して――。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る