長い夜の籠城戦 フェイズ4:地下からの強襲者

 あれ以降襲撃らしい襲撃は無く、気付けば時計の針は三時を指していた。ここまでどうにか起きてはいられたものの、体力も精神も限界寸前で、もう随分前から疲れが表情に滲み出していた。だけど日の出まであと一時間と少し。ここまで粘ったのならもう大丈夫だろう。


 俺は紙とペンを取り「あと一時間経ったら、少し寝てから鎮痛寺へ行こう」と書いて見せると、疲れ切っていた二人の表情が僅かに和らぎ、安心したような様子で頷いた。


 一秒でも早く過ぎてくれと念を込めるように秒針を睨む。次第に時計の音がやけに大きく聞こえるようになり、すると次第に緊張でか、やけに喉が渇いていることに思い至る。俺は静かに立ち上がると、机の上の水差しの方へと手を伸ばした。すると、水差しの水が微かに揺れていることに気が付く。最初の内、水差しに波紋を打つ程度だったそれは、どんどん大きくなり、今は部屋全体を震わせ、天井からぶら下がっている電灯がぐわんぐわんと激しく揺れていた。


 地震か? いや、違う。これは地面の揺れというよりも、振動だ。それも工事のように地上で何かが震えているのではなく、原因はもっと下の方。地下で何かが這い回り、その振動で震えているかのような。そう推論を立てていると、振動音に混じって何か別の音が耳に届く。それは――。


『け・はいいえ えぷーんぐふ ふる・ふうる――』


 そう、それは夜にこの宿へ戻って来たとき、山の方から聞こえていた、頭の奥底を揺さぶられるかのような声で――。


『ぐはあん ふたぐん。け・はいいえ ふだぐん しゃっどめ――』


 そう、もっと原始的で、しかしどうあっても人間には理解が及び得ない、言わば深く深く、もっと深く深淵の更に先にあるであろう、人間の生まれた原初で根源的な理由。その意味合い。なればその意味を知り得理解したのなら、意思を捨て、形を捨て、体と言う箱を脱却してあるべきところへと還り、然るべき方たちへ献上を――。


 バチンッ‼ という激しい破裂音と共に、突如目の前が明るくなった。えっ、俺は今、一体何を考えていたのだろう。何か考えてはいけない、知ってはならないことを、無意識の内に熟考していたような。いやそれよりも、今の音はどこから。


 音の出所を探ろうとして部屋を見渡したそのとき、部屋に貼ってあるいくつかのお札が、バチン、バチンと立て続けに破裂した。お札が破裂する度、一瞬部屋の揺れや奇妙な声が止むものの、すぐにまた揺れと声が始まり、それに反応するようにお札が破裂する。


 そんなことを交互に繰り返している内、俺はある懸念を抱く。もしもこのまま部屋中のお札が破れ続け、全てのお札が無くなってしまったら、と。大地と博もすぐにそのことに気が付いたようで、顔を真っ青にして俺たちは三人背中合わせになるように身を寄せ合った。


 お札が破裂するのは十秒に一枚のペース。朝が来るまで大体あと一時間弱。どれだけ持つ。今どれだけ残っている。どれだけあれば足りる。時間と共に減り続ける俺たちの生命線たるお札の数は、ざっと数えて三百枚と少し。頭の中で計算してみると、かなり際どい。


 できることなど何一つ無い現状を前に俺たちは、恐怖と睡魔で頭の中がごちゃごちゃになってしまい、いつの間にか気を失っていた。

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