生贄の印

「……起こってはならぬことが、起こってしまった……」


 と、目の前の村長と名乗る厳つい顔をした老人は憔悴しょうすいしたように言う。また周囲の大人たちも各々にざわつき、困惑を隠せないでいるようだ。


 数分前、宿へ向かって歩いていた俺たちは、道すがら突如大人たちに取り囲まれ、村の集会場へと連れて来られると、今までに起こったことを洗いざらい話すように言われたのだった。俺たちは包み隠さず青瀬と会ってからの出来事を全て話すと、その後大人たちから聞かされたのは、信じられないような事実の数々だったのである。


 まず今日俺たちが訪れた例の駄菓子屋。あの店は、数年前に経営者のお婆さんが亡くなっており、今はもう営業などしていなかったということ。また店の店員だと名乗った紺ノ哲月という人物のことは誰も知らず、少なくともこの村の人間ではないということが判明した。


 そして紺ノと名乗った男が語った苦痛龍伝説は実際のものとは部分的に脚色されており、例の水晶は人の願いを叶える物なんかではなく、かつてこの村に現れた災厄の神、苦痛龍を封印の為の法具だったのだ。


 また本来、件の洞窟は板で目張りされ、決して誰も立ち入れぬよう厳重に封鎖されていたのに、何故か今はその目張りがされていなかった。つまり紺ノという男は苦痛龍の復活を目論む何者かで、俺たちに怪しげな術をかけ、苦痛龍の復活に利用したのではないかという推察で話を締め括られる。


「……じゃあ、俺たちがあの水晶に触ってしまったから……」

「うむ。いやしかし、それもまたおかしな話なのだよ」

「おかしな話?」

「苦痛龍の封印が弱まっていたのは三年前のこと。そしてその再封印も今の茂垣の僧によって成され、これより百年は安泰となる筈だった。封印が正しく成されていたなら、子供が触れたとてあの水晶がどうこうなることなど考えられぬのだが」

「だったら、どうして……」

「残念だが、どうして再び苦痛龍が復活しようとしているのか、それは儂にも分からぬ」

「……じゃあさ、みんなで逃げようぜ‼ 今から遠くへ逃げれば大丈夫じゃないのか⁉ そうなんだろ⁉」

「どこへも逃げられぬよ。海も山も、既に苦痛龍のしもべたちによって囲まれておるし、そもそも彼奴らの邪悪な術によって、儂らは村の外へは出られぬようになっておるのだ」

「でも、でもッ‼ やってみなくちゃ分かんねぇじゃねぇか⁉ 簡単に諦めちゃだめだよ‼」

「仮にこの村から出ることができたとして、儂らはもうどこへも逃れられはしないだろう。これを見なさい」


 村長と村人たちは各々服をまくって俺たちに見せる。そこには何か、たこか何かの触手が巻き付いたかのような、濃緑色の痣が浮かび上がっていた。


「この村で生まれた者の血は呪われておる。それは三百年経った今も尚こうして儂らに受け継がれ、この痣がある以上はどこへ逃げようとも苦痛龍の贄となる定めからは逃れられぬのだ」

「そん、な……。じゃあ、俺の……所為で……」

「子供がそんなことを気にするでない。苦痛龍の下部にたぶらかされたというならば、仕方の無いことだ。それに本来ならば、儂らももっと気を配るべきだったのだ。三年前、この件で儂らは一人の子供を犠牲しにしてしまったのだから、尚更にな」

「犠牲にした? 子供を?」

「そうだ。その子は苦痛龍の最初の生贄に選ばれた。気付いたときには既に遅く、かつてこの村を救った“茂垣もがき”の力を以てしても、取り返すことは叶わなんだ」

「…………、その、犠牲になった子供って、まさか……」

「あぁ、お主たちが出会ったという、青瀬の家の子だ」

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