願い

 暑い。太陽も大分西へ傾きはしたものの、未だ茹だるように暑い。折角駄菓子屋で水分を補給することができたというのに、この暑さであっという間に全部外へ出てしまいそうだ。そもそもここへ来るまでに電車に乗り、海で散々泳ぎ、このクソ暑い中を嫌という程歩き回っていているのだから、本来ならもうくたくたであるべきなのだ。だというのに、大地のやつときたら――。


「なぁなぁしゅうちゃん、その水晶って、叶えてくれる願いは一つだけなのか⁉ 二つは駄目なのか⁉」

「うーん、どうかなぁ。少なくとも、二つ叶えてもらったって話は聞いたことは無いけど」

「ってことは、プレスタ2とゲームスフィアの二つを貰える可能性はゼロじゃないんだな⁉」

「まぁねー」

「ど、どうしたら良いんだ……そ、そんことになったら……。や、やべぇ……ふ、震えが止まらねぇよ……」


 欲しいゲーム機が手に入るかもしれないと思った途端に完全回復しやがった。なんというか、こいつは本当にブレないな。


 腕時計を確認すると、針は十七時前を差していた。青瀬の話では、その洞窟とやらは駄菓子屋から歩いて二十分くらいのところにあるということなので、事を終えて宿に戻れるのは、大体十八時前後といったところだろう。普段ならば小学生の俺たちは家に帰っていなければならない時間だが、青瀬の様子を見る限り、晴美さんはそこまで門限にシビアではないのだろうか。


「でも大地くん、そういうのって、欲張ると後で碌なことにならないんじゃないかな?」

「おっ? そういうものなのか……。じゃあ一つだけとなると、うーん……やっぱ、プレスタ2か……。いや、それよりも……。…………、あっ、な、なぁ、隼人と博は何を頼むつもりなんだ?」


 と、何かを思案した後に大地が俺たちの方へ話を振ってきた。しかし突然そう言われても、俺には今特別欲しい物も無ければ、他力本願で学力を向上したいと願うほど勉強に切羽詰まっている訳でもない。


「いや、別に無いかな」

「マジかよ⁉ じゃあ、博は?」

「えっ……? う、うーん……、…………、…………」


 話を振られた博は困った顔浮かべて何かを考えていたものの、暫くするといつものだんまりモードが発動してしまった。そんな俺たちの様子を見た大地は、突如こんな提案をする。


「じゃあ二人共、特に叶えたい願いは無いんだな? ならさ、こういうのはどうだ。俺たち三人はずっと友達だっていうのは」

「……は? えっ、どういうことだよ」

「だから……その、もしかしたらだぞ? もしかしたら、いつか俺たちが離れ離れになることがあるかもしれないだろ? もしそうなっても、ずっと俺たちは友達でいようぜって、つまりそういうことだよ。俺一人で頼んでも効果は薄いかもしれないけど、三人で一緒に神様に頼んだらさ、もしかしたら本当に叶えてくれるかもしれないじゃん」

「いや、なんつうかさ……――」

「あっ、そ、それ、い、良いね! さ、賛成!」


 俺の言葉を遮るようにして、博が賛成する。どうしたんだ、博のやつ。いや、それに大地もか。いつも友情がどうだとか言っては、その度に面倒で暑苦しいやつだとは思っていたけれど、夏休みが始まる辺りからやけに拘っているような。


「……ったく、ただでさえ暑いのに、お前の所為で余計に暑苦しいんだよ」


 そう言い捨てると、俺は前を歩いていた三人を早歩きで追い越した。のだが。


「あっ‼ 待てよおい‼ 追い越すなって‼ 一番乗りは俺だからな‼」

「ちょ、ちょっと、まま、待ってよー」

「っていうか君たち、道知らないでしょ!」


 俺が大地のやつを追い抜いたのをきっかけに、この暑い中で突如競争が始まってしまい、俺は余計に無駄な体力を使う羽目になってしまったのだった。

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