おとぎ話

 店の奥の小上がりに通された俺たちは、お菓子とジュースをご馳走になっていた。まぁお菓子とは言っても、店に置いてあるやや湿気た駄菓子だし、出されたジュースはなんだか気が抜けていたけれど、小腹が空き、何より喉の乾いていた俺たちにはとてもありがたかった。


 駄菓子を食べ、他愛の無い話に一区切りが付いた頃、俺はこの部屋に入ってよりずっと気になっていた疑問を口にする。


「あの、紺ノさん。さっきから気になっていたんですけど、その絵のそれ、なんなんですか?」


 そう言って俺が指さした方には、水墨画と思わしき一枚の絵が飾られていた。これは、一体何が描かれているのだろうか。蜷局とぐろを巻き、海で荒れ狂う巨大な龍のような何かを中心に、人とも魚とも言えないような何かが人々を襲っているかのような。


 俺には絵のことなんて分からない。分からないけれど、正直に言うと、そこに描かれているものが俺にはどうしても気味が悪いとしか思えなくて、今まであまり会話に集中することができないでいたのだ。


 またどうやら大地と博もその絵のことが気になっていたようで、俺がそう切り出すや否や、興味津々といった様子で紺ノさんの方を注視していた。


「ん、あぁ、それはね、大昔にこの村へ“苦痛龍様くづうりゅうさま”という神様が降り立ったときの出来事を絵にしたものなんだよ」

「苦痛龍様?」

「知りたいかい? それじゃあ、どこから話そうかな――」


 紺ノさんはズレていた瓶底めがねを直すと、静かに話し始める。



 ***



 昔々、それは今から凡そ三百年ほど前のこと。かつて苦痛龍様という神様がこの地に降り立ち、多くの生贄を望んだという。しかし要求を拒んだ村人たちは、苦痛龍様の遣わした魚人たちに毎日のように連れ去られ、生贄にされてしまったそうな。


 そんなある日のこと。偶然この村に立ち寄った旅の僧とお供が、苦痛龍様とその従僕たちを退治して、村には再び平和が訪れたという。


 退治され、苦痛龍様が去った後にはなんと拳大ほどの大きさの水晶が残されており、その水晶は触れた者の願いを叶え、それから村人たちは幸せに暮らしましたとさ。


 めでたし、めでたし。



 ***



 というのが、紺ノさんの話してくれたこの村に伝わる神話の要約である。が、俺に言わせてもらえば、こんなのはどこにでもありそうな子供騙しの作り話にしか思えない、のだが。


「すっっげぇぇぇぇ‼ 悪いドラゴンを退治するとかマジかよ‼ その旅の僧ってやつ、めっちゃかっけぇじゃん‼」


 とまぁ予想通り、大地のやつは大盛り上がりである。そんな大地を目の前にしたからか、俺はついうっかり――。


「嘘くさ……」


 ポツリと、半ば無意識に口からそう言葉がこぼれてしまった。


「あー、隼人、信じてないんでしょ?」

「えっ、いや……まぁ……」


 目の前で話をしてくれた人に対して、真正面から否定するのは失礼だろうか。だけど、紺ノさんだってその伝承を本当にあったことだと思っているとは思えないし。


「でもさ、それって本当のことだもんね。ね、紺ノさん」

「うーん、全部が本当のことかは分からないけれど、今話した水晶っていうのがこの村に残っているのは本当だよ」

「えっ⁉ そ、それって、そのなんでも願いを叶えてくれるっていう水晶かよ⁉」

「あぁ。この村の東側の海に面した岩場の洞窟に、海神わだつみの門というほこらがあるのだけれど、その奥に今話した水晶が保管されているんだ」

「……あの、でもそれって、偽物なんじゃ――」

「本物だよ! だって私、その水晶に触って学校のテストで良い点数を取らせて下さいってお願いしたら、クラスで最下位にならなかったもん!」


 うわ、一気に胡散臭くなった。大体、折角なんでも叶えてくれる水晶だっていうのに、願うのが学校のテストの点数かよ。それに青瀬が元々どれくらいの学力の持ち主なのかは知らないが、その結果が最下位ではなかったって言われても、そんなの眉唾にしたって限度があるだろう。なのに、大地のやつときたら完全に鵜呑みにしていて。


「マ、マジかよ……。そんなのもう、本物としか言いようがねぇじゃねぇか……。な、なぁ、それって……村の住人じゃない俺たちにも触る権利はあるのか……?」

「良いんじゃない? 駄目ってことはないでしょ」

「も、もしかしてだけどよ、その水晶に願ったら、プレスタ2を手に入れることも夢じゃねぇんじゃねぇのか……?」

「もしかしたら、ね」

「う、う、うぉぉぉぉぉッ‼ そんなのもう行くしかねぇ‼ やるしかねぇだろぉぉぉぉぉ‼」


 これだよ。今の話じゃ、件の場所は海の近くにあるってことなんだよな。大地を説得、は、無理だろうし……あーあ、またあのクソ暑い道を歩かなくちゃならないのか。

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