第二章 邂逅
子供の年功序列は、大人より重い
「はーい、ここが今日三人の泊まる部屋でーす」
俺たちが通されたのは、可も無く不可も見当たらない、要するにごく普通の部屋だった。日に焼けた畳に障子。年季を感じるガラスの窓と、部屋の隅には年代物のブラウン管テレビに扇風機。強いて良いところを挙げるならば、子供三人が寝泊まりするには随分と広いというところで、逆を言えばエアコンが無いということ。
「い、良い部屋ですね……」
まっさきにそう大地が口を開く。「良い部屋? マジかよ」とは言うまい。そりゃあ、さっきあんな目に遭ってしまってはな。そう思った俺もまた、大地に続いて無理やり口を開いて言葉を捻り出した。の、だが。
「そう、ですよね。なんか、
「て、テレビもあるし、扇風機も、あるし……、…………」
「「「…………」」」
俺、次いで博の心にも無い言葉を最後に静まり返る部屋。おい誰か、頼むよ。頼むから、誰なんとか言ってくれよ。これじゃあお世辞を言っていますって公言しているようなものじゃないか。
「……ぷっ、アッハッハ! もう、子供がそんなおべっか使わなくて良いって。うちの宿、見ての通り古いだけが取り柄でね。さっきも言ったけど、人様に褒めてもらえるようなものなんて何も無いの」
俺たちの発したお世辞の言葉を見抜いておきながら、何故か晴美さんは気を良くしたように笑う。そんな彼女の姿を前にしたからなのか、俺たち三人によって醸し出されていた強張った部屋の空気が幾分か和らいだような気がした。
「ま、子供なんだし、そもそも部屋なんてどうでも良いかもだけどね。何も無い村だけど、ここには海も山もあるから、子供は子供らしく外で遊んでらっしゃい」
「うぉぉぉぉぉッ‼ そうだぜ‼ その為に俺たちはここへやって来たんだ‼」
晴美さんの言葉で、一発で大地のエンジンが掛かる。そうだった、こいつのことを忘れていた。お通夜のような空気も困るが、この原始人に付き合う算段も立てねばならないのだった。
「オーケー、それじゃあ私は買い物に行ってくるからね。今日の晩御飯は気合入れて作らなくちゃ。あんたたち、どこへ遊びに行っても良いけど、海で溺れたり、山で怪我したりしないように気を付けるのよ」
「「「はーい‼」」」
「あぁそうそう、言い忘れてた。この部屋を出て左側を進むと、今度は右に廊下が続いているんだけど、その先にある一番奥の部屋の
「そこに何かあるのか、晴美姉ちゃん?」
「色々と壊れ物が置いている部屋なのよ。まぁ物置替わりって感じ。言っておくけど、一人でも中へ入ったなら、あんたたち全員連帯責任で罰金、アンド、ジャーマンスープレックスだからね」
「いやいやいや‼ 俺たち絶対そんなことしないって‼
「天地神明に、ねぇ……ま、それなら良いけど。それじゃあ、晩御飯まで後は自由時間だからね」
そう言い残し、晴美さんは部屋から出て行った。すると、大地が俺たちの方へ振り返って言う。
「で、どうする?」
「今日行くのが海か山かって話か?」
「ちげーよ‼ 今晴美姉ちゃんが言ってたアカヌの扉をいつ開けるかって話だよ‼」
“開かず”な。つうかお前、たった今天地神明に誓うとかって言っていたじゃないか。どんだけ軽々しく神々への誓いを破ってるんだよ。
………………。
とは言え確かに、何があっても絶対に、などと言われておきながら、気にならないと言ったらそれは嘘だ。こういう場合良くある話では、実は過去にこの宿で事件があって、幽霊的なものが出たりするのではないだろうか。
正直かなり気になる。どうやら博も気にはなっているようで、俺と大地の方を交互に見ながらそわそわとした空気を隠し切れていない。しょうがないな。俺もたまには二人の言い分に付き合ってやるか。
なんてことを考えていると、突如部屋の窓ガラスがパンパンと音を立てて叩かれる。この場の三人とも、やってはいけないことをしようとしていた後ろめたさや、もしかしたら本当に幽霊がいるんじゃないかという不安を抱えていた為か、体をビクッとさせて窓の方を振り向く。そこにあったのは手だ。窓の下から生えた手が、俺たちの方へ向かって手招きをしている。
「う、うわぁぁぁぁぁ⁉ なんまんだぶなんまんだぶ‼ どーまんせーまん‼ アーメン‼ ラーメン‼ ちゃんぽん麺‼」
大地が叫ぶ。しかもその恰好はと言えば、土下座というか、まるでヨガのような姿勢である。ちなみに博は既に気絶していた。しかし、あれは本当に幽霊なのか? いや、それにしてははっきりと見えているというか、何かがおかしい気がする。
恐怖よりも疑問が勝った俺は、恐る恐る窓の方へと近寄り、覗き込むように手の伸びている方を見る。すると、そこには子供が一人立っていた。見た目の感じからして、多分俺たち三人と同い年くらいだろうか。その子供はこの窓を開けてほしいというジェスチャーをしており、俺はそれに従って鍵を開けて窓を開く。
「あっ、子供だ!」
お前も子供だろ。そんな反感を抱きながらも、俺のことを子供と呼んだ目の前の子供を観察する。ハーフパンツに青のノースリーブシャツ。身長は、多分俺と同じくらい。セミショートの髪に、くりっとした目。夏だというのにやや色白に見えるのは、俺と同じくインドアを好んでいるからなのだろうか。一つ気になるのは、窓を叩いていたのと反対の手には包帯が巻かれているということ。総合的に評価して、可愛――じゃなくて、普通の女子って感じ。
「ねーねー、君ってもしかして、うちのお客さん?」
「客、だけど……うちって、つまりこの宿は君の家なのか?」
「そ。珍しくお客さんが来るっていうのは知っていたけど、まさか子供だけが来るとは思わなかった」
「……そっちだって子供じゃないか」
「君、何年生?」
「小六」
「じゃあアタシの方が年上じゃん。私も六年生
「だった? つまり、今は中学生ってこと?」
「ま、そんなところ」
「チッ……ちょっと年上だからって、偉そうにすんなよな」
「えぇー? してないじゃーん? 偉そう? どの辺がー? どのくらいー? アタシ、そんなに偉そうに見えるー?」
なんだ、こいつ。自分の方が年上だって分かった途端にこの態度かよ。クソ、何か言い返してやらなくちゃ気が済まない。そう考えていると――。
「お、おい隼人‼ 幽霊はどうなったんだよ⁉」
「や、やめなよ、大地……。そ、そっちに行ったら、の、のの、呪われちゃうって……」
今になってようやく二人が近寄って来た。このビビりめ。だけどそうだ、こっちは三人なのだ。三人いれば、口で言い負けるということは無いだろう。
「他にもいたんだ! しかも三人! しかも全員子供!」
「おっ? えっ、女子……か? なんだよ、幽霊って女子だったのか……。……ん? あっ‼ ていうか今お前、俺のことを子供って言ったな‼ 許さねぇ‼」
そうだ大地、お前は頭なんて使わなくて良い。その有り余るエネルギーを有効的に活用して、お前はただ勢いだけで言い返してやれ。
「子供じゃん。それに君たち全員同学年なんでしょ? だったらアタシの方が年上だもん」
「と、年う、え……? つまり、俺たちの方が子供で、あなた様が、おと、な……? それじゃあ……仕方、ないか……」
おい大地、どうしてそんなに簡単に諦めるんだよ。いつもの勢いはどうしたんだよ。お前、そんなに年功序列思考の人間だったのかよ。幼稚園の頃からの付き合いになるけど、今まで知らなかったよ。
真っ先に大地が黙ってしまっては、当然博が何かを言い返せる筈も無く、俺もまた、年上の女を前にしてはどうにも分が悪くて、反論するタイミングを失ってしまった。そうして少しの間、静まり返っていると――。
「ぷっ、アハハ! もー、アタシが年上だからって、そんな黙らなくても良いじゃん。ねぇ、そんなことより自己紹介しよ。アタシはこの青瀬旅館の一人娘で、みんなからは“しゅうちゃん”って呼ばれてる」
「そ、それはつまり……お名前をお呼びするときには……しゅうちゃん、さん……で、よろしいでしょうか……?」
「いやいや、しゅうちゃんで良いって。サカナクンさんじゃないんだからさ」
「おぉぉ‼ 太っ腹だな‼ 俺の名前は佐藤大地‼ 大地で良いぜ‼ よろしくな、しゅうちゃん‼」
「ぼ、ぼぼ、僕は……い、石岡博、です……。その、よろしく、お、お願いし、ます……」
「大地くんと博くん、よろしくね。それで、そこのツンツンしている君は?」
「…………、梅原、隼人……」
「よろしく、隼人。で、三人はこんな田舎に何しに来たの?」
「当然、海と山を堪能する為にだぜ‼ なんたって今年は俺たちのさ――……いや、夏休みだからな‼ 夏と言えば海と山ってもんだろ‼」
「あー……、うん、なるほどねー。でもさー、旅行へ行くならもっと他に良いところがあったんじゃない? この村、マジで海と山しか無いよ?」
「なんも無くたって良いよ‼ どこに行くんでも、こいつらと一緒ならな‼」
またこいつは、恥ずかし気もなくそんなことを言う。しかしそれを聞いた目の前の女は、顔をしかめる俺とは対照的に、目を輝かせていた。
「へぇ、仲良いんだ。いいなー。…………、ねぇ、君たちこれから外へ遊びに行くんでしょ? だったら、アタシも一緒に付いて行っても良い? 何も無い村だけれど、何も無い村なりに良いところを教えてあげるからさ」
「マジ⁉ 勿論良いぜ‼」
おい、おいおいおい、即答かよ。まずは俺たち二人にも相談するとか、そうでなくともちょっとくらいは考える素振りを見せろよ。
「決まり! じゃあ君たち、まずはどこに行きたい?」
「そりゃあ勿論海だぜ‼ 目の前にあんな綺麗な海があるのに、泳がないなんて手は無ぇぜ‼」
「さ、賛成……」
「よーし、それじゃあ海だ! ヤロー共、このアタシに着いてこーい!」
「うぉぉぉぉぉッス‼」
「は、はーい……」
こいつ、いつの間にかボス面かよ。女のくせに偉そうな顔しやがって。大体、大地はともかく博まで乗り気じゃないか。クソ、俺は旅行に来るのだって本当は不本意だったのに、なんだってんだよ。
………………。
まぁ良い。一緒に行動するっていうなら、絶対に何かでぎゃふんと言わせてやれば良いのだ。なんてことを考えながら、俺は先へと進む三人の後を追うように歩いた。
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