ノーコンテンツヴィレッジ

 俺たちがやってきたのは、“玖津ヶくつが村”という小さな田舎である。海と山があるにはあるが、それらを活かしたイベントなどは一切無いらしい。結果、ただあるだけの海と山に若者を呼べるようなコンテンツ力がある筈も無く、夏になっても込み合うということが無いのだそうだ。


 事実旅館までの道を歩いている最中、俺たち以外の子供は見当たらなかった。どこを見ても殆どがお年寄りばかりで、すぐそこにあるという旅館へ辿り着くまで既に十回以上は「若いねぇ」「どこから来たの」「お菓子食べるかい」などと声を掛けられている。


 そして予想通りというか、辟易へきえきしながら応対する俺と博を他所に、大地のやつは常にハイテンションで、それが却って酷くお年寄りに気に入られたからか、既に受け取った菓子類で俺たちの両手は埋まってしまっていた。


「メッチャ良いところだな‼ ちょっと歩いただけでこんなに菓子を貰えるなんてさ‼ 俺、将来ここに住もうかな‼」


 冗談じゃない。見たところコンビニもゲーム屋も漫画の本を買えそうな店も無いじゃないか。こんな不便な村に、ジジババから菓子が貰えるなんていう理由だけで誰が好んで住みたがるんだよ。大体将来とは言うが、大地お前、大人になってもずっと菓子を貰い続けるつもりなのかよ。


 なんてことを溜息交じりに考えながら歩いていると、周囲の家々よりもやや大きめの建物の前に辿り着く。ふと辺りを見回してみると、小さな立て看板に青瀬旅館と書いてあった。どうやらここが今日宿泊する旅館であるらしい。ただ旅館とは言ったものの、これは旅館と言うより、民宿と言った方が良いであろう見てくれをしている。


 それと失礼を承知で正直に言わせてもらえるなら、正直かなりボロい。こんなことなら、予め俺たちが泊まるのはボロい民宿だと言ってくれば、こうもがっかりはしなかったろうに。どうやら博も俺と同じことを考えているようで、顔を覗き込めばいつも困ったときに見せる苦笑いを浮かべていた。


 さて、目の前のボロ民宿を前にして、大地のやつはどんなリアクションをするのだろうか。まぁどうせこいつのことだから、何を見たってハイテンションを発揮するのだろうが。


「えっ、えぇ~……? これ、旅か……旅、館……? んん……?」


 おっと、珍しく意見が合ったな。口には出していないが、思いの外がっかりしているというか、困惑しているようだ。だが、これで少しでもテンションを落としたなら、俺も博もこいつの無尽蔵の体力に付き合わされることは無くなるかもしれない。そうだ、そうやってポジティブに考えるとしようじゃないか。


「……まっ、いっか‼ 泊まる場所がどんなだって、お前たちと一日中遊べることには変わりないもんな‼」


 とか、突発的にそんなことを言いだした。俺はそれがどうにも何かがむず痒くて――。


「……いちいち恥ずかしいんだよ、お前は」


 そう言い捨て、二人を置いてさっさと入口の方へと歩いて行く。誰に釈明しゃくめいするでもないが、一応言っておくと、別に照れたからとかじゃない。


「あっ‼ 待てよ‼ 一番乗りは俺だからな‼」

「ま、待ってよ、二人共」



 ***



「こんちわー‼」


 前を行く俺を掻き分けるようにして入口の引き戸を開けると、早々、建物の中へ向かって大音量で挨拶をかます大地。そんな様子を目の前に、俺は旅館の人を驚かせてはいないかとひやひやしていると――。


「おっ、来たなー。いらっしゃーい、待ってたよ~」


 と、快活な声と共に、これまた快活そうな顔の女将さんと思わしき人が現れた。大地母の“はとこ”だとは聞いていたけれど、確かにどこかまとうう空気のようなものが似ている気がする。


「えっとー、そうだ、あんたが大地でしょ。一目見て分かったよ。いや~大きくなったね~」

「おっ? おばちゃん、俺のことを知ってるのか?」


 “おばちゃん”という大地のその一言。それは俺たちにしてみれば何事でもない一言で、決して悪意のようなものがあった訳では無い。しかしそれはこの人にとって、恐らく拳銃を突きつけられたに等しい一言だったのだろう。何故なら。


「おい大地、おばちゃんじゃなくて晴美はるみさん。もしくはお姉さん。私のことはそう呼びな。もしも今度おばちゃんだなんて言ったら、あんたに取り返しの付かないような関節技をかけてやるからね」


 この人、目がマジだ。そしてこの殺気。それは間違いなく大地に向けられたものである筈なのに、後ろに立つ俺まで震え上がってしまっていた。実際、隣の博は既に立ったまま気絶している。これはもしや、俺たちにも同様の警告をされていると捉えた方が良いのだろうか。


「ひっ……へ、へへへ、ちょ、ちょっと間違えただけだぜ……! あの、俺ってレーギシラズってなもんで……。その、許してくれよな、は、晴美、お、お、お、お姉さん……」


 おぉ、大地のやつがたじろいでいる。珍しいこともあるもんだ。


「なんであんたはお姉さんって一言を言うのにそんなに噛むんだい。まぁいいや。大地に、隼人くんと博くん。改めてようこそ。何も無いところだけど、楽しんでいってちょうだいね」

「「「はいッ‼」」」


 三人の返事がぴったりと被る。俺たちは幼稚園からの付き合いだが、かつてここまで意思の疎通が上手くいったことがあっただろうか。恐らく学校で一番怖いと評判な藤井先生の号令があったとしても、こうも上手くはいかないだろう。


「タハハ……ちょっと怖がらせすぎちゃったかなぁ。まぁほら、気を取り直してさ、今日泊まる部屋まで案内してあげるから、私に着いて来て」

「「「はいッ‼」」」


 またもや返事が被る。これじゃあまるで軍隊だ。しかし言い得て妙。これは言わば、恐怖によってもたらされた一体感。それだけ俺たちはこの人のことを恐れているということなのだろう。

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