9、呪いからの解放(上)
第42話 帝立図書館にて
ルネは、帝立図書館へと赴いていた。帝国全土、いや、世界中の叡智が結集するこの場所は、魔術師たちのありとあらゆる問いに答えてくれる。
クロードが学生時代に作った死の術式。だが、それはアリスティドに没収されて、彼が改良を重ねた結果、クロード自身でさえ解けないものになっていた。
だけれど、とクロードは断言した。
——夫は魔術に対する「ひらめき」は全くありません。かならず本を読み尽くして、膨大な知識をもとに術式を組み立てます。
膨大な知識が脳内に詰まっているゆえに、ありとあらゆる魔術に
とりあえずクロードと待ち合わせるため、図書館の受付近くの柱の横で待っていた。
季節は夏。少し暑かった。貴重な本がたくさんあるので、保存のために書架のほうは適度に空調されるよう魔法が
だが、クロードは約束の時間を二十分すぎても来なかった。いつもはそんなことはないのだが。
待ち合わせ場所を間違えたかなあ、とそわそわしながら周囲を見回しかけたとき。
「遅れましたーーーーっ! 申し訳ありません!!」
半泣きになっているクロードが、黒い髪の女の子を背負いながら、馬車馬のごとくやってきた。いつもおしゃれに身を固めているが、今日は服はまだしも、髪の毛はボサボサでかなりやつれている。ルネを見た瞬間、気力が抜けたように地面に座り込んだ。
ルネはびっくりして、急いでクロードのそばに寄った。
「先生、だいじょうぶですか。あと、そのお子さん……」
クロードの背中から女の子がするりと降りた。女の子は緋色の瞳で、じっとルネを見つめた。ひどく睨んでくる。
「……あの、その、ごめんなさい」
ルネは何もしていないが、とりあえず女の子に謝る。だが、女の子はさらに眼光鋭く睨み据えてきた。
クロードはひどくため息をついて、「マリー」と女の子をたしなめる。
「挨拶しなさい。人と会ったら必ず挨拶すること。初めて会う人には自己紹介しなさい」
どこか生意気そうで、つややかな黒髪をハーフアップにまとめた女の子は、クロードに聞いてきた。
「パパよりえらい?」
「……」
ルネは
「えっと」とルネは女の子のそばに膝をつく。「わたしは、その、謹慎中の帝国神聖騎士で、ルネ・スキュリツェスと申します。こんにちは……」
「あっそ。神聖騎士ならたいしたことないわね。パパよりえらくないとあいさつしないことにしてるの」
マリーと言われた女の子はそう言い放った。ルネはまたもや唖然とした。クロードはまたもや「すみません」とルネに何度も謝る。
「なんでママはその子にあやまるわけ? 上級魔術師ならけいそつに人にあやまったりしないっておばあさまが」
クロードは瞳を揺らし、「どっちの」と子供に聞いた。子供は素直にはっきり答えた。
「パパの。……ヴァタツェスの」
ルネはその瞬間、この子供がクロードとアリスティドのあいだの子供で、魔力なしだなんだと言われていた女の子だとはっきりわかった。ついでに魔術師の嫁姑問題というものに直面した。クロードが、いきなり受付の柱の一部を氷漬けにしてしまったからである。
「……お
クロードが盛大にため息をつき、深刻に頭を抱えていた。
「私の責任でもあるわね。マリー、はっきりいうけど、人はね、申し訳ないと思ったら、皇帝陛下でもだれでも人に謝るものなの。魔力の有無は関係ない」
「えらくみせないと、ほかの家にうりとばされちゃう!」
ルネはこの発言にも唖然とした。いや、愕然としたと言ったほうが正しいかもしれない。
クロードは目を丸くしながら言う。
「何を馬鹿げたことを言っているの。あなたを売ったりしない」
「うそつきママ! マリーは来年うられる!!」
マリーはばたばたとあばれた。
「パパとさいきん会ってない! ママはパパと会いたいかなんども聞いてくる!
ルネは周りに、魔術師たちが集まってくるのを見た。
「うらせないからーーーーっ!」
マリーの声が、図書館の受付の吹き抜けの天井に反射して一円に響く。本を持った魔術師たちがあつまり、「人身売買?」「まあ」とひそひそ話している。
クロードが急いで異空間を作り、受付近くの大きな柱に扉を作ってマリーとルネの首根っこを掴んでその扉に入った。
飛んだ先は書架が並ぶ日当たりの良い
クロードが子供を抱えて頭を下げる。
「すみません、朝からこの子が全く離れなくて」
「お構いなく」
「うられるんだーー!」
「売るって……」
「うられるさきは、子供のないハゲおやじとごうつくばばあ」
「マリー、何を言っているの」
ルネはクロードが困っているのを見てとって、興奮するマリーの額に手を当てた。マリーはぴとっと行動を停止する。子供用の氷魔法を使ってみた。
クロードが「あっ、あの」とルネをたしなめる。
「幼児ですから! ルネ嬢、お手柔らかに」
「あっ、ごめんなさい」
ルネはすぐに魔法を解いた。恐怖にすくんで、マリーは「こわいまじょ……」とルネを凍りついた視線で見た。
「ごめんなさい」とルネはマリーに頭を下げた。
「マリーさん、なんで売られると思ってるんですか?」
マリーがぎゅっと目をつぶりながら答えた。
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