第40話 クロード先生、術式を解く……?

「はあ」と、クロードは一つため息をつきながら話し始めた。


「殿下の呪いは、僕が帝立第一魔法学校の在校生だったころに作った術式を元にしているんです。そのときの僕は、恥ずかしいことに未熟な人間でしたから」


 聞けば、クロードは、戸籍が女であり、ゾナラス伯爵令嬢として深窓で育てられ、もちろん学校でも女子生徒としてふりわけられたのだという。幼少期には性別の自己制御はできていましたが、思春期に入ると、性別を自己制御できなくなった。


「初めての寮生活で、ストレスもたまっていましたしね」


 生徒もクロードの性別を気にしたが、それは噂の範疇はんちゅうでだった。

 皆、勉強で忙しく、詮索する余裕などありはしなかったからだ。更衣の時間も、クロードのほうが気にして、寮の自分の部屋で着替えたり、目立たない場所でこっそり着替えたりしていた。クロードがなんらかの事情を抱えていて、気を使っているのを生徒はきちんとわかっていた。だからそれ以上追及しなかった。


 だが、教師が気にした。スポーツの時間は苦痛だった。男女に分かれてスポーツをするのだが、女性教師が、おとなしく女子生徒としてスポーツをしていたとき、何故男子生徒が女子のスペースにいるの、女の子たちをいやらしい目で見たいからでしょうと揺らした。


 男子のスペースに行くと、そこにいた男性教師は、可愛い女の子がこんなところにいるぞ、と男子生徒をはやし立てた。


 それだけではなく、男性教師から、どんな身体をしているのかと触れられたり、女性教師たちから、「あなたは男なのよ」「男が女のふりして何か得があるの」と男として生きるようこんこんと諭されたり……。


 ついには親が呼び出され、教師のいいっぷりに怒った親は、自分を守るためにとうとう伯爵家の権力を教師にちらつかせた。それに反発した教師は、クロードを目の敵にするようになり、してもいない遅刻による減点がたまり、やってもいない失敗の責任を押し付けられたりした。


 そんなことが続いて、クロードは教師全員を呪い殺してやろうと思ったのだ。


「それで術式を書きました。課題を終えた後、様々な魔術を調べまくって、一年くらいかかったかなあ。ものになった術式をかけるまで。でも、当時監督生だった夫が、そのノートを見つけて没収してしまったんです」

「……よかったな。凶悪犯罪者にならなくて」


 大公は呆れ返っている。


「本当は苦手だったんです、アリスティド・ヴァタツェスという男子生徒が。教師から目をつけられない程に非常に成績が良く、品行方正で、僕みたいにうっかりワクをはみ出したりしない。教師だけでなく生徒全体から好かれているし、彼の意見で学級の雰囲気は変わるし、いつも人の真ん中にいて、人生楽しそうに過ごしてる。そういう人間が存在することが不思議だった。ひょっとしてあんまりに完璧すぎるから、人間ではないのではと薄気味悪く思いました。そんなことをまわりにうっかり漏らしてしまったら、向こうの親の耳にまで達してしまったようで、激怒を買いまして。また親と一緒に呼び出されて、『おたくのお嬢さまはおかしいです』と三者面談を……。だから本当に苦手だったんですけど、向こうは僕にしつこくくっついてくるし、面倒を見てくれるし、学校についてのさまざまなことを教えてくれるし、教師からかばってくれるし、いつの間にか親しくなってしまって。おかげでノートの中身を見られて没収されてしまいました」


 ルネは「苦手だった人間を好きになることってあるんだ」と少しだけ目を丸くする。


「——没収された後、ノートは破棄されたと思っていたものですから。本当に申し訳ない限りで。僕が自分で捨てるべきだったのに」


「まったくほんとうだ」


  大公が鼻を鳴らす。だが、その反面、呪いの正体がわかって安心したような表情であった。

 クロードが微笑む。


「あの術式ならきちんと記憶しています。解呪の方法もわかります」


 そして、近くにあった紙に術式をさらさらと書きはじめた。

 その姿はまるで死の呪いを解く魔術師ではなく、今日の献立を考える主婦のようにゆったりと、だが機敏で隙がなかった。


 十分後、ルネはその紙を受け取ると、その術式通りに解呪を行おうとした。


 だが。


「足りないです」


 ルネは困惑気味にクロードと大公を見た。


「え?」

「何かが足りないんです、この術式」


 クロードと大公は、顔を見合わせた。

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