第39話 戦場に出られない神聖騎士なんて

 どうして自分は戦場に出てはいけないのですか。

 戦場に出られない神聖騎士なんて、意味がないじゃありませんか。

 第六席も、第十一席も出ていない? 片方は無期限謹慎の末に大公妃とかいう大層なものになって、もう片方は大怪我をしているからじゃありませんか。

 え? 「寿命リミット」? 私が? ありえません。

 頭の固い上司との会話は骨が折れた。

 オーレリアンは上司であるミルティアデスに告げられたことの半分も理解できなかった。


 先日、ミスを犯した。帝国南部に火災が発生したという。犯人は炎を使う竜。怪物だ。

 ミルティアデスの反対を押し切り、「水流の術者」と呼ばれる第三席、「台風の魔女」と呼ばれる第五席が共同で仕事を任されたのに、ついていった。


 火事に炎を叩きつけた。

 それで、炎魔法で南部の小さな農村を燃やし尽くしてしまった。


 どうしてこんなミスを犯した。火事に火を叩きつけては、鎮火にならないだろう。


 そのとき、感情が溢れ出した。

 どうして。生まれ故郷は怪物に襲われてばかりの貧乏な寒い村で。何もなくて。それでも村人たちが村で唯一の魔力の持ち主だった自分の炎を求めるから、必死で魔術の勉強をして。魔法学校に奨学金で入って。魔法学校の人間は自分よりはるかに魔力があって。でも負けるわけにいかないから苦労して勉強して。神聖騎士になって。


 ——どうして才能や育ちに恵まれた人間ばかりが、努力しかできない自分を追い越すのだ。

 そう叫んでいたら、目から大量の血の涙を流していた。


 いきなり病院に押し込められた。

 どうして、ミスしただけなのに病人扱いされなければいけないのか。医者は治癒専門の魔術師だとすぐにわかった。

 ここから出してくれと裾にすがって懇願すると、医者は憐れみ深い顔をして、「誰もがそうおっしゃいます」と告げた。


 ——アルギュロス卿。あなたはもう頑張らなくていいのです。十分努力されてこられた。もうあなたは、他人を傷つける必要も、それと同時にご自分を傷つける必要もないのです。ゆっくりお休みください。最期の日々を、安らかに過ごしてください。

 ——最期? どういうことですか。


 もちろん、オーレリアンも「寿命リミット」の存在は知っている。でも、自分に「寿命」が来たとは思えない。だって、身体は動く。感情だって存在する。思考だって残っている。すぐに自分が存在しなくなるなんて……いなくなるなんて考えられない。


 この寝台に縛り付けられているなんて、嫌だ。動いていないと自分は追い越されてしまう。自分は無能だから。努力していないと、皆においていかれてしまう。


 しばらくして、ひどくむせこんで、血をごふりと吐いた。——ああ、魔力の副作用が出ている。オーレリアンは魔力の副作用で肺が弱い。でも、こんなに血を吐くほどひどく副作用が出ることはなかった。


 看護の人間たちが急いで血を処理していると、ミルティアデスが来た。

 それで、「もう、無理はするな。お前を早くにこうしておかなかった私が悪かった」と頭を下げられた。それで、冒頭の会話をした。

 

 つい、と血の涙があふれる。頭が固い本当に嫌なひとだ。自分が「寿命」だなど、ありえない。


 ——あなたも、私を無能だとおっしゃるのですか。私に期待しているとおっしゃってくださった、あなたが!


 つやめく金髪を乱し、血の涙を流しながら叫ぶと、ミルティアデスが優しく手で目を覆ってきた。瞳を無骨な指で閉じられる。ああ、眠らされる、と思った途端、ふっと、意識が途絶えた。


 ***


「ふあっ!! 寝過ごしたああ!」


 ルネは跳ね起きた。身体が寝坊したと告げている。しかも、外の窓からは黄金の光が降り注いでいる。夕暮れだ。


「最悪だああ、寝過ごしすぎて、夕方になってしまったあ! こんなのある!? わたしの人生ではじめての出来事なんだけど……!」


 豪奢な部屋。ラスカリス大公妃としてルネに与えられている部屋だ。

 叔母のところへ赴いて、そこから先の記憶が一切ない。

 すると、ゆったりとした、だが確実に早い足音が聞こえてきて、扉が開いた。


「……目が覚めたか」


 大公の声が降ってくる。

 ルネは身体中が熱くなって、しずかにうつむいた。大公も、頬を朱色に染めて、顔を背けている。


「……」

「……」


 ふたりでなんとも言えない気分になり、お互いに顔を背けていると、くすくす、という笑い声が聞こえた。

 クロードがいつの間にか肩を震わせて立っている。男性の姿をしていた。


「これは失礼いたしました——」


 彼は立ち去ろうとするのを、大公が厳しい声でとめる。


「待て。この諸悪の根源」


 その端正な顔立ちに憂いを灯して、クロードは肩をすくめた。


「諸悪の根源?」


 ルネが問うと、大公が呪いのかけられた左肩を抑えながら答えた。


「イザベルにかけていた監視魔法で判明した。私の、この、呪いは、このクロードが作った」

「——え」


 寝台のなかにいるルネは目をまたたかせる。イザベル殿下がやっぱり、と胸をつかれた。

 クロードがバツの悪い顔をしている。

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